第35話 序列第1位(ナンバーワン)
一方こちらは、ダークンの前から主観的に命からがら逃げだしたIEA5課、1級エージェント序列第4位ルイージ・アリギエーリ。
高層マンションの1階まで下りたエレベーターから転び出て、そのまま出入り口から全力で500メートルほど走り続けたところで、やっと一息ついた。
ルイージは後ろを振り返り、自分が飛び出してきた高層マンションの最上階を仰ぎ見ながら、
「ハー、ハー、ハー。
バイザーさん、今は無理でも俺が必ず仇を討ってやるからな!」
自分の実力と相手の実力からいって、すぐに仇は討てないとの認識はルイージにあったようだ。
因みに涼音の部屋はルイージの立っている方角の反対側でルイージの位置からでは何も見えない。
歩道上を行き来する人に奇異の目で見られながらも、そこでしばらくじっとして息を整えたルイージは、専用スマホからIEA5課に国際電話をかけた。
「……。俺です。ルイージです。バイザーさんがやられた」
『なに? もう一度言ってくれ』
「先ほどバイザーさんとターゲットに接触したが、相手はとんでもない怪物だった。バイザーさんは俺を逃がすため一人残って怪物の相手をした。俺は逃げることしかできなかった。すまない」
『とんでもない怪物ということは、ターゲットはサチウス・ラーヴァ級ということなのか?』
「俺はサチウス・ラーヴァを知らないから何とも言えないが、これまで戦ったどの上級悪魔より桁違いの化け物だった」
『分かった。お前は東京の事務所で一度休んでこちらに戻れ。休暇中のナンバーワンを連れ戻す』
「ナンバーワンが東京に来るのか?」
『それしかあるまい』
「じゃあ、俺はナンバーワンがバイザーさんの仇を討つところを見ててもいいか?」
『分かった。ナンバーワンがそちらに到着する予定を後で知らせる。分かっていると思うがナンバーツーが悪魔に取り憑かれている可能性もある。気を抜くなよ』
「もちろんだ」
ルイージがバチカンのIEAに国際電話をかけていたころ、ルイージの主観ではすでにこの世にいないか悪魔に取り憑かれてしまったナンバーツーのヤーマン・バイザーは、先ほどルイージと二人で押し入った涼音のマンションのリビングで窮屈なソファーに座りながらお茶を飲みすっかり寛いでいた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
IEA5課、1級エージェント序列第1位。その名はメッシーナ。シチリア島メッシーナの出身で本名は不明だ。
足のつま先から頭皮まで体中に聖印が入墨されており、悪魔は触れることはおろか近寄ることもできない。普段はつば広帽子をかぶり、黒い覆面と一体となった細目を空けた白い仮面をかぶって、頭皮と顔に刻まれた聖印が人目に触れぬようにしている。同じく手に刻まれた聖印を隠すため白い布手袋をはめている。
メッシーナの武器は『聖なる目』と呼ばれる両目だ。聖なる目で凝視された悪魔はなすすべなく聖なる青い炎で焼き尽くされる。5課では対悪魔戦での最終兵器と考えており、メッシーナはこれまでその通りの実績を残している。
メッシーナは休暇中であったが、いつものようにバチカン内の専用宿舎にいたため、すぐに連絡がつき呼び出すことができた。
「メッシーナ、休暇中のところ呼び出して済まなかった。緊急事態だ。東京に飛んでくれ。
東京でバイザーとルイージがターゲットに接触したが、バイザーががやられた。ルイージはバイザーがターゲットの相手をしているあいだに命からがら逃走したそうだ。ルイージは現地に残っている。ルイージはきみがバイザーの仇を討つのを見たいそうだ。連れていってやれ。ターゲットの詳細は現地の事務所で確認できる」
「了解」
仮面の下からくぐもった声が聞こえた。
翌日。
メッシーナは、先に日本入りした二人同様、日本時間で10時過ぎにイタリアからのジェットで成田に到着した。IEAのエージェントのうちメッシーナだけはその風体のこともありファーストクラスを利用している。乗客などはジェット機内や空港で異様なメッシーナの風体に奇異な目を当然向けたが、特に問題は起こっていない。
日本事務所の者とルイージがメッシーナを迎えに成田空港へ車で赴いており、メッシーナも空港から1時間ほどで都内のIEA日本事務所に到着した。車内でルイージがターゲットとの昨日の戦闘について説明している。
その時のメッシーナの受け答えは、
「分かった」と仮面の下からのくぐもった声だけだった。
IEAの東京事務所ではメッシーナを囲み、先の二人同様ランチョンミーティングを開こうとしたが、メッシーナは食事を断り、説明だけを求めた。ターゲットのアナログ白黒写真以外、ルイージが車の中で説明していたため、特に詳しい説明はなく5分ほどで説明は終わった。
「仕事に取り掛かる」
席を立ったメッシーナに続きルイージが席を立ち、2人は事務所の担当者が運転する車で、件の高層マンションに到着した。
「最上階の部屋です。俺たちが突入した時は扉の鍵はかかっていませんでした」
「分かった」
預かっていたマンションの鍵でマンション入り口の内ドアを開けてエレベーターホールに入り、ちょうど1階に停まっていたエレベーターに乗り込み最上階のボタンを押した。途中4階でアパートの住民がエレベーターに乗ろうとしたが、異様な仮面に帽子をかぶったメッシーナの姿を見て、エレベータを見送った。メッシーナにとってはいつものことだ。仮面の下の表情をうかがうことはできないため、メッシーナが何を思っているのかわからない。
エレベーターの扉が最上階で開いた。
「メッシーナさん、あの扉です」
ルイージが指さす扉に向けてメッシーナが近づき、扉の取っ手に手をかけ、押し下げると簡単に扉が開いた。
[あとがき]
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