第32話 尋問から会話へ
俺は捕まえた国際エネルギー機関から派遣されたというコスプレ大男を尋問していた。
どうも、会話がかみ合わないというかそもそも会話になっていない。やはり日本語でしゃべってもらわないと俺自身賊を尋問しているという雰囲気が出ない。
なんとかして、この大男が日本語を話せるようにできないものか。
試しにこいつを祝福してみるか。そうしたら、俺の信者以上だ。俺との意思疎通が円滑になる可能性は十分ある。俺自身が女神という謎存在だから、謎が謎を呼んでもいいはずだ。ちょっとうまいことを言ったかな?
「よーし。それじゃあ、試しに祝福だ。おっと、ヘルメットを取って、それから忘れずに後光スイッチオーン!」
俺の背後が金色に明るく輝いている。これには涼音も驚いたようだ。
俺は、花子に跨られたうえ襟元を掴まれておとなしくしている大男に向かって、それらしく右手のひらをかざし、
「汝に闇の祝福を与える『祝福!』」
今回はサービスで一言添えてやった。
俺の右手から不可視の《・・・・》光線が大男に発射され、大男の体が不可視の光に包まれた。ハズだ。俺の視力ですら何も見えなかったので、
「光あれ!」
格好つけて光線が見えなかったことを誤魔化してみたのだが、その言葉を聞いた男が目を見張って俺の方を見た。
「それは創世記の一節! そして、この金色の光は神の光!」
大男が意味のある日本語をしゃべった。今まさに俺は神の奇跡をなしたのだ!
いつまでも背後が明るいと自分自身鬱陶しいので、後光スイッチはオッフしておいた。
大男は「創世記云々」と一言いった後、首から下げていたらしい銀色の十字架のペンダントに手を当てた。本人はペンダントを目の前に持っていきたかったのだろうが花子が体の上に跨って襟首をつかんでいるのでそこまでしかできなかったようだ。
「花子、そこをどいて男を自由にしてやれ。何かあればまた殴って気絶させればいいからな」
大男の体の上でマウントを取っていた花子が、そこからどいて立ち上がったので大男は座り直して、跪き十字架を両手でおしいただき、
「あなたは、一体?」
「俺は女神だ」
「聖女ではなく、女神さま?」
「そうか、お前のその十字架を見るに、お前の宗派では神さまは1柱だけだったんだな。多神教を信じないというならそれはお前の勝手だが、誰が何と言おうと俺は女神なんだから仕方ないだろ。その証拠にお前今日本語をしゃべっているが、それは俺がお前に祝福を与えたからだ。これほどの奇跡をお前の言う聖女とかができるのか?」
「わかりません」
「そもそも、お前は奇跡を目にしたことなど一度もないのだろう?」
――宝具ジ・アノインテッド・メイスの悪魔への一撃は奇跡と呼んでも良いかもしれないが、武器が悪魔に特効性があるだけで、全く親しみのない極東の一言語を、一瞬のうちに何不自由なく操ることができるようになったこの大奇跡に比べるべくもない。と、バイザーは悟った。
「残念ながら、その通りです」
「だろ。
お前を最初に見た時神父の格好をしてるからコスプレしているいかれた大男だと思っていたが、実はコスプレ神父じゃなくて本物の神父かなにかなのか?」
「これでも私はグレゴリアン大学(注1)を出て助祭を1年務め神父の資格を得ています」
「グレゴリアン大学が何だか知らんが、神父がどうしてメイスを持って人のうちに押し入ってきた?」
「あなたは誤解されているようですが、IEAとは国際エネルギー機関の略号でもありますが私の属している機関はIEA、国際エクソシスト協会です」
「エクソシストというと、悪魔祓いのことか?」
「そうです。ですが私は払うのではなく悪魔ないし悪魔に取りつかれた者を討滅する部署に所属しています」
「この世界に悪魔っていたんだ。俺みたいに女神がいるくらいだから不思議でもなんでもないか。そうなると、ひょっとして吸血鬼や狼男もいるのか?」
「狼男は知りませんが、吸血鬼はいます。そういった連中は可愛いもので世間から隠れ住んでいるので実害はほとんどありません。実害があるのは悪魔とその崇拝者たちだけです」
「なるほど勉強になるな。
話がそれてしまったが、その悪魔討滅屋がどうして押し入り強盗まがいのことをしたんだ?」
「申し訳ありません、IEAの者があなたを悪魔だと勘違いしてしまい、われわれ、先ほど一人逃走しましたが、われわれ二人が派遣されたわけです」
「どこをどうすれば女神さまが悪魔になるんだよ?」
「デジタル機器で姿が映像化できない事。単独でビルを破壊したこと。真っ黒な外見だったことなどで判断したようです。真っ黒な外見はこうしてヘルメットを外されたお顔を見れば黒い鎧だったことが分かりました」
ギクッ!
言われてみれば、確かに当てはまる。これはこいつにきついことは言えないかもしれない。このことは流してしまうに限るな。
「だいたいのことは分かった。お前はいきなり押し入ってきたが部屋の中の物を壊してもいないし、素直に俺の質問に答えたからもう帰っていいぞ」
「失礼ですが、女神さま?のお名前をお聞かせくださいませんか?」
「一度しか言わないから良ーく聞けよ。俺の名は『常闇の女神』ダークンだ。闇と慈悲を司っている」
破壊と殺戮も実際のところ司っている可能性がわずかにあるが、怖くて自分自身をいまだに鑑定していない。未だ観測されてない事象を云々することには意味はないからな。慈悲についても観測していないが、それは問題ないだろう。
「『常闇の女神』さま。闇と慈悲」
男の言葉に大きくうなずき、
「そうだ」
「……。そろそろ私は失礼します。
えーと、私のメイスが見当たらないのですが?」
「あれは、迷惑料として俺がもらっておいた。結構値打ちものに見えたが、返してほしいのか?」
「できれば。一応あれはバチカンの宝具ですので」
「バチカン? お前、バチカンからきてたのか?」
「はい」
バチカンにIEAがあったのか。知らんかった。
「ほらよ」
収納キューブからさっき回収しておいたメイスを取り出だして大男に返してやった。そういえば大男の名まえを聞いていなかったが、もう顔を見ることまないしどうせ聞いたところで30分もすれば忘れてしまうからわざわざ聞く必要もないな。
「女神さまはここにお住まいのようですが、そちらの方は?」
「彼女は、涼音といって一般人だ。この部屋は涼音のもので、縁あって俺たちはここに住まわせてもらっている」
「俺たちとは?」
こいつ何気に鋭いな。隠す必要もないか。
「今でかけていていないが、俺の眷属2人が一緒にここに住んでいる」
「そうでしたか。いきなり押し入ってしまい申し訳ありませんでした。では失礼します」
待てよ、ここでこいつを返してしまうと、トルシェが帰って来た時、また一人で面白いことをしたとブー垂れる可能性があるな。
「おい、ちょっと待て」
「なんでしょう?」
「まあ、お前もそこまで忙しくないんだったら、まずはその靴を脱いで、そこのソファーに座ってお茶でも飲んでいけよ。
花子、こいつにお茶を頼む」
花子はすぐにリビングにつながっている台所にいってお茶の用意を始めた。
怪訝な顔をしてはいたが、大男は素直に靴を脱いで揃えて部屋の隅に置き、涼音の向かいのソファーに座った。
注1:グレゴリアン大学
ローマにある神学校、教皇や枢機卿を排出している由緒ある大学。なおこの物語に登場する人物・団体・名称・国名等は架空であり、実在のものとは関係ありません。




