第31話 捕虜と尋問
花子がかわいいエプロン姿で、一人残った賊に向かっていった。エプロンは当然前に着けているだけなので、後ろから見ればマッパだ。肉までついていないので、スーパー裸エプロンだ。
どういう仕組みで筋肉など全くついていない骸骨がバラバラにならずに動き回れるのか分からないが、戦闘態勢である知覚加速状態に入っている俺から見ても素早い動きで、花子はカシャカシャ音と一緒に大男の前に立っていた。大男は花子の動きに反応できていない。大男の構えたメイスが動き始める前に花子から右腕が伸びて大男の顎を突き上げた。
たったそれだけで、大男は大きな音を立てて仰向けに倒れてしまい、そのまま動かなくなってしまった。下の階に迷惑になるな。あとで、涼音に言って菓子折りでも持っていって謝らせた方がいいかもしれん。こういった集合住宅では、気配りが大切だ。ちゃんとしないと後で何を言われるか分からないからな。
「花子の戦闘能力を全く計れなかったじゃないか。もっと骨のあるやつはいないのか?」
俺がそう言うと涼音が、
「スケルトンの花子さん以上に骨のある方はいないんじゃないですか?」
などと、誰もが凍り付くような冗談を言った。
俺は反応に困って黙っていたら、花子がいきなり顎をカタカタ鳴らし始めた。花子は空気を読んで今笑ったのか? これは俺の方が花子以下だった。もっと大人の対応が必要だったな。遅ればせながら俺も、
「アハハハ」
中学校の演劇クラブでさえダメだしされるほどの、取って付けたような笑い声になってしまった。俺は女優志望の劇団研究生でもなんでもないのでそこは許してくれ。
それでも俺の涙ぐましい努力のおかげで涼音も決まりの悪い思いをしなくて済んだろう。
笑ってばかりではいられないし、リビングの床の上で大男に寝ていられても困るので、
「花子、そいつの頬をひっぱたいて起こしてくれるか。こういう時、トルシェやアズランがいれば楽なんだがな。その前に大男が持っていたそこの凶器を渡してくれ俺が仕舞っておく」
俺がダークサンダーのガントレットをしたまま頬をはたくとタダでは済まないので、『慈悲』の権能を持つ俺は、花子に大男の覚醒を頼んだ。
花子から渡された大男の持っていた凶器は俺のキューブに仕舞っておいた。こんなのに殴られてもなんともないが、この部屋で暴れられて物を壊されたり涼音にもしものことがあっては申し訳ないので没収したわけだ。手に取った時よく見たが鋼でできた頭の部分から柄にかけてレリーフでいろいろな模様が掘り込んであり、素人の俺でも結構な値打ち物に見えた。床で伸びてる一介のコスプレイヤーが持っていていいものではない。俺には打撃武器としてこん棒のリフレクターがあるので、いくら立派な作りのメイスでも不要だ。そのうちどこかに持っていって売り払ってしまおう。
花子は大男の太ももの上に腰を下ろして、俺の指示通り大男の神父風の上着の喉元を左手で掴んで上半身を起き上がらせ、右手で大男の頬をぴしゃりぴしゃりと往復ビンタをかました。
大男はよほど丈夫だったらしく、口から血を流すこともなく目を覚ました。
目の前でエプロン姿の真っ黒なスケルトンに腰を下ろされて襟首をつかまれている状況を大脳が理解したとたん大男は目を見開いたが、懸命にも叫び出さなかった。これは、高得点だ。
一応英語は万国共通だからこの大男でも理解できるし話せるだろう。
「Who are you?(おまえは誰だ?)」
「……」
「こいつ黙秘か、それとも英語が分かんないのか? まさか俺のEnglishじゃ通じないのか? 確かめてみるか。涼音、どこかにペンかエンピツないか?」
「は、はい。……、ボールペンですが、どうぞ」
「サンキュウ。
This is a pen」
涼音に手渡されたボールペンを片手の持って、大男の目の前でそう言ってやったら、頭を縦に振った。
なんだ、ちゃんと俺のEnglishは通じるじゃないか。
「Where do you come from?(どこから来た?)」
あれ、これは生まれを聞いたことになるのか? まあいい、大男も俺の意図してることくらい察して応えるだろう。
「From Italy」
イタリアからきたのか、イタリア生まれなのか知らんが、イタリア生まれがイタリアからきていれば同じ答えになるからな。
「Why did you break in?(なんで押し入った?)」
「Because I'm from IEA.(私はIEAの者だからだ)」
「こいつ、IEAと言ったようだが、何のことだ? 涼音、スマホでIEAを調べてくれるか?」
「はい。えーと、……、IEA、|International Energy Agency、国際エネルギー機関だそうです」
涼音がインターナショナルエネルギーエージェンシーと口にしたところで大男が諦めたように首を振ったのだが何を意味しているのか分からない。
「なんで国際エネルギー機関が神父のコスプレして俺たちを襲うんだ?」
「さあ。ダークンさんが何かエネルギー問題を引き起こしているとか」
「んなわけないだろ!」
「Are you Satius Lava?」
俺と涼音で漫才をしていたら、大男が聞かれもしないのに俺に質問してきた。いつもならその越権行為をとがめてこいつの顔をひっぱたいたところだが、話しが進まなくなるのでそこはぐっとこらえた。
「Are you Satius Lava?」
サチウス・ラーヴァか? と俺に向かって聞いているようだが、サチウス・ラーヴァってなんだ? うーん、確かどこかで聞いたことがあるような気がするのだが。何だったっけなー?
鳥かごに入れたまま忘れていた悪魔はサティアス・レーヴァだったハズ。発音はちょっと違うがよく似ているのは確かだ。この世界であいつ何かしでかしてたのか? いくら何でもあいつが国際エネルギー機関に関係あるはずないものな。名まえがよく似てるだけにちがいない。主人公がいたことすらすっかり忘れてしまうようなモブキャラだったんだから、こんなところで名まえが出てくるはずはない。
じゃあ、サチウス・ラーヴァって何のことだ?
「What is Satius Lava?」
「Devil. Devil of the highest order(悪魔だ。それも最高位の悪魔だ)」
俺の英語力で訳すと「サチウス・ラーヴァは最高位の悪魔」となる。確かにサティアスは悪魔だったがタダのモブキャラ。ということは全くの別キャラってことだよな。
しかし、こいつ、手間をかける必要がなくていいことではあるが、べらべらよくしゃべるよな。まさかコスプレイヤーの妄想を口から垂れ流しているってことないよな。




