第3話 俺は帰ってきた(I have returned)3
俺たちに襲い掛かってきて、なぜか無口になった3人組からありがたく寄付金をいただいた。正確にはヒエラルキー底辺の二人からは寄付金をいただけなかったが、ヒエラルキーの少し上にいたと思われる男からだけまあまあの寄付金をいただくことができた。募金活動とすれば悪くない収穫だった。
どれ、目の前で3人組に袋叩きにされていた男の様子でも見てみるか。
うつぶせになった男の胸がわずかに上下しているようで、生きてはいるようだが手足があらぬ方向を向いている。
あちゃー、こいつは放っておけば直に死ぬな。一応慈悲の心で助けてやるか。
「トルシェの方がフェアの万能薬より早そうだから、この血だらけの男にヒール・オールをかけてくれるか?」
「はーい。
ヒーール、オーール!」
何を思ったかトルシェは妙な身振り手振りで小路の真ん中で血を流して死にかけている男にヒールオールをかけた。たぶん今着ているローブが気に入ってその気になっているのだろう。そのうち、四国の高知にでも連れていけば『よさこい』のいい踊り手になりそうだ。どんなふざけた格好で妙なジェスチャーをしようが魔法の天才トルシェには関係ないわけで、魔法効果はちゃんと発揮される。
トルシェのヒールオールで男の体が一瞬柔らかな光に覆われたような気がした。気付けばすでに血は止まったようで、顔や腕などの露出部分のあざも薄れ始め、折れ曲がっていた腕や足も元の位置に戻りつつある。ビデオの逆再生を見ているようで結構面白い。
1分ほど男の体が元に戻っていくのを眺めていたら男が呻き始めた。第3者がこの道を通りかかるかもしれないので、そろそろ起こそうと男の襟首を持って引き上げ、道端に一度座らせ軽く平手で頬を叩いてやった。
けっこう鼻血が飛んだが、それはボコられていた時の血のはずだ。
俺の優しいビンタのおかげで、男が気付いたようだ。気絶から回復したのはいいが今度は咳込み始めた。血が喉に入っていたのかもしれない。背中を軽くたたいてやったら、鮮血が口から吐き出されて、咳が止まった。
俺には応急処置のセンスが知らぬ間に芽生えていたようだ。10年ほど前に気絶した悪者にカツを入れようとして、そのまま背骨を折ってしまったことがあったのは、今となってはいい思い出だ。
俺の応急処置のおかげで咳の止まった男は目を上げて俺たちを凝視した。さすがにボコられてもうだめかと思っているうちに気絶して、気が付けば絶世の美女と美少女に囲まれていたわけだ。自分が極楽浄土に転生したのかと勘違いしたかもしれない。
「許してください! 殺さないで!」
こいつ何言ってるんだ?
「おい、周りをよく見ろ。お前をボコっていた連中は俺が片付けておいた。そこに伸びてるだろ? お前の全身の大けがはそこの左の美少女が治した。感謝しろよ」
「えっ?」
「えっ、じゃないだろ? 何か言うことはないのか?」
「あ、ありがとうございます」
「感謝の気持ちはな、形で表してこそなんだ。俺たちは今現金をわずかしか持っていないので大変不自由な思いをしている。そこでだ、お前から何か俺たちに提案があるんじゃないか?」
ヒントまでつけてやった。トルシェとアズランが俺の方を尊敬のまなざしで見ている。
男は俺の言っていることが理解できたようで、上着の内ポケットから財布を取り出した。中から万札を何枚か出そうとしていたので、財布ごと取り上げて中身の札を全部いただいてから返してやった。万札が6枚に千円札が3枚ほどあったのをローブのポケットに突っ込んでおいた。
トルシェとアズランが俺と男との一連のやり取りを感心したような目で見つめている。
あれ? 待てよ。俺は今、男に向かって日本語で話しているつもりなんだが、トルシェとアズランには理解できていたのか? 異世界を行き来してるとそういうこともあるのかもな。それに二人は俺の眷属でもあるし、いまや半神、日本語くらいペラペラなのかもしれない。いや、そうに違いない。
「そう言えばお前の体はさっきのケガと一緒に悪いところは全部治ったはずだがどうだ?」
「あれ? 俺の小指がまた生えてきてる!」
業界によっては、小指の無い方が周りの受けが良くなるような業界もあると聞く。そこまで気が回らなかった。
「おい、お前の業界じゃあ小指が無い方が受けがいいんじゃないか? 一緒くたにして治してしまって悪かったな。どっちの手の小指がなかったんだ? 俺が切り飛ばして元に戻してやるから言ってみろ。両方なら両方でもちゃんと切り飛ばしてやるから」
「ひ、左手だけでしたが、このままで大丈夫です。このままでお願いします」
「ふーん。俺には経験ないが、痕がずきずきするだけで、ほんとに痛いのは一瞬だけと思うがな。遠慮するなよ」
「遠慮はしていません」
「そうか? そういえばお前刺青はしてたか?」
「ちょっとだけしてました」
「そうか。おそらくその刺青はもうなくなっていると思うぞ」
「???」
「そのうち自分で確かめてみろ。面倒だからここで確認はするなよ」
「は、はい」
「そうだ。お前、日陰の仕事に詳しそうだからちょっと聞くが、ここらで金貨やら金を現金に替えることができる場所を知らないか?」
「それでしたら貴金属商ですかね。一応身分証明書が必要ですがお持ちですか?」
「その系統は一切何もないから日陰の仕事と聞いたんだがな」
「すみません。それくらいしか知らなくて。それで何もないってことですが、もしかして外国の方?」
「俺は昔日本人だったが、いとやんごとない理由で戸籍をなくしてしまった。後ろの二人は見てのとおり日本人じゃない。まっ、そういうことだ」
「戸籍がないといろいろと不便ですし不都合が出ると思いますが、手配しますか?」
「できるのか?」
「少々値は張りますが何とかなります。一人頭、100万ってところが相場だったと思います」
「戸籍が一人頭100万で手に入るなら安いもんだが、手に入るまでは金を現金化できないから結局何もできないんじゃないか?」
「戸籍の方は、あっしのほうで支払いを1日か2日延ばしてもらいますから大丈夫です」
「それはすまんな。それじゃあ、戸籍を売ってるところに行ってみるか? どこにあるんだ?」
「ここからだとちょっと遠いんで、あっしの車でお送りしましょう」
「そうか。ありがとうな。血だらけのその格好でそこらを歩き回ると警察やら救急車を呼ばれるかもしれない。今綺麗にしてやるからちょっと待ってろ。
コロ、こいつの服やら体に付いている血をできるだけ食べてくれるか」
俺のベルトに擬態しているコロから極細の触手が伸びて男の服や体に付いた血をきれいに食べていった。少しシミは残ってしまったが、そこは仕方ない。
男はみるみる自分の体と服がきれいになっていくのを、なにか奇術でも見ているつもりになったのかぼーっと眺めていた。そもそも自分の無くしていた小指がまた生えてきたことにそこまで驚いてはいなかった男なので、まだ頭がぼーっとしているのかも知れない。ボコられた時の後遺症がもしあったとしても、トルシェのヒールオールで治っているはずなので、ぼーっとしてるこの状態が普段通りなのかもしれない。そこはおいおい分かるだろう。
なんであれ、この男は誠実そうに見えるのは確かだ。俺の目に狂いはないはずだ。通常俺は人の名前などはすぐ忘れてしまうので、名まえを聞くことはないが、今回は珍しく男の名まえを尋ねた。
「ところでお前の名前は何て言うんだ?」
「銀二と呼んでください、姉さん」
常闇の女神さまがとうとう姉さんになってしまった。それでもいいか。