第28話 IEA、5課
ダークンたちが秘密結社三人団の相談をイタリアンレストランで終えた前日の昼過ぎ。
ここはローマのバチカン市国。ようやく夜が明け始め、各所で朝のお勤めが始まっている。
そんななか、市内のとある建物の地下の一室。
部屋の入り口には『IEA、5課』と書かれた目立たないプレートが掲げられている。部屋の中では早朝にもかかわらず会議が開かれていた。
ここでのIEAとは国際エネルギー機関ではなく国際エクソシスト協会の略号で、表向きは、ヨーロッパ、アメリカ、アフリカ、アジアを各々担当する1課から4課まで存在することになっている。
実際の活動は1課から4課が各々の担当する地域で収集した情報を分析し、中下級悪魔の存在が確認された場合、各課に所属するいわゆるエクソシストを送り悪魔祓いを行う。
上級悪魔とみなされる存在が確認された場合、各課はその悪魔の情報を悪魔討滅専門部署である5課に送り悪魔討滅の要請を行う。5課は各課からの要請に従って悪魔討滅専門のエージェントを送り悪魔を速やかに討滅することになっている。あともう一つの5課の仕事は悪魔崇拝者組織の殲滅である。基本的に対人戦闘となるため、現代武器を使用するスイス人傭兵部隊を殲滅部隊と名づけこれに充てている。
「アジア担当の4課よりエージェント緊急派遣要請があった。場所は日本の東京だ。
対象は、デジタル機材では正常に撮影できないということと、異常なまでの膂力を持ち一瞬で禍々《まがまが》しい漆黒のプレートメイルを着込むそうだ。そのプレートメイルは強靭で、拳銃弾はもとより、小銃弾も跳ね返すそうだ。もちろんサブマシンガンなど全く通じなかったらしい。現地の出先は既に対象をマークしている」
「デジタル機材では正常に撮影できないということは完全にクロですね。どのような形でその悪魔を排除しますか? 場所が東京ですとあまり大掛かりなことはできませんので、少人数でとなると、1級エージェントの派遣ですか?」
「それも複数だな。1人だと危険だ」
「まさか?」
「その悪魔は、漆黒のプレートメールを一瞬で着込んだと報告にあったが、鎧ではなく上級悪魔がその実体を現した可能性が高い。しかも対象は大きくはないがビル1棟丸ごと単独で破壊している。それもほんの数分でだ。未確認情報だが破壊された後ビルにはなぜか鉄筋や鉄骨が見当たらなかったようだ。そのかわり、瓦礫のコンクリートにはそういったものが入っていたと思われる空洞が見つかっている」
「手抜き工事ではなく、その悪魔が何らかの能力を使ってビルの構造物内の鋼材を消し去った?」
「おそらくな」
「それほどの悪魔となるとたしかに1級エージェントとはいえ1名では荷が重いかもしれませんな」
「そういうことだ。いま空いている1級エージェントは誰だ?」
「休暇中のナンバー1を除いてあと4名全員揃っています」
「そうか、大事を取ってナンバー2と3を送り込むか」
「課長、ナンバー2と3は相性が悪いのでナンバー2と相性の良い4でいきましょう」
「そうだったな。それでは、ナンバー2とナンバー4を派遣しよう。二人への指示と手配は頼む」
「はい」
こうして、悪魔討滅のスペシャリスト、IEA5課の1級エージェント序列第2位と序列第4位の2名が極東の島国、日本の東京に送られることになった。
当日午後、二人のエージェントがレオナルド・ダ・ヴィンチ空港から大型ジェット旅客機で日本の成田に向け旅立った。成田ではIEAの日本事務所の職員が二人を出迎えることになっている。
以前は1級エージェントともなれば航空機はファーストクラスを使用していたが、今では予算削減のあおりを受けビジネスクラスを使っている。とはいえ、ナンバー2はともかくナンバー4はまだ若く、ファーストクラスは昔はそうだったという話として知っているだけだ。
翌朝。
二人は日本時間で10時過ぎに成田に到着した。二人とも荷物はなく手ぶらなのでそのまま空港のロビーを抜け正面玄関に向かった。正面玄関では二人と同じような黒い詰襟に白いカラーを着けた神父の外出着を着た迎えの者が待っていたので、二人はその男の運転する車に乗り込み、1時間ほどで都内のIEA日本事務所に到着した。
事務所に到着後、すぐにランチョンミーティングが開かれ、二人はさっそくターゲットについての詳しい説明を受けた。その中で、ターゲットの白黒写真が二人に見せられた。
デジタル機器ではどうしても撮影できない対象も銀を主体としたアナログ白黒フィルムでは撮影できる。上位悪魔、ないし上位悪魔に取りつかれた者がデジタル機器で撮影できないことはよくある現象のため、こういったアナログ機材も事務所に整備されて置かれている。
担当者から渡された写真をナンバー2、ヤーマン・バイザーが太い指先でつまみ上げ、顔に近づけ、
「これがターゲットの写真か? まだ若い女じゃないか。悪魔ないし悪魔に取りつかれた女はどこか人とは違うある種の不気味さがあるが、この女には不気味さは感じられない。それだけ、高位の悪魔の可能性がある」
「なんであれ、早いことカタをつけて、東京観光でしょ」と軽い口調でナンバー4、ルイージ・アリギエーリが一言いった。
「そうだな。俺と、お前、わざわざ二人で東京まで来たからには、仕事はきっちり片付けてうまい酒を飲もうぜ」
「いや、酒はいいから観光でしょ」
「じゃあ、俺一人で飲むから、お前ひとりでそこらを周ってろ。
それで、どこで仕事をすればいいんだ?」
「ターゲットの棲家を見つけています。そこでカタを付けてください。これがターゲットの棲む高層アパートです。この最上階30階の3004という部屋です」
「ここから近いのか?」
「そんなに離れてはいませんが、ターゲットの棲むアパートに1室を確保しましたので、退屈でしょうが、お二方はそこで待機していてください。鍵はこれです。ターゲットが棲家に帰ったことが確認されれば部屋に連絡を入れます」
「了解した。ところで、その悪魔の棲家は壊していいんだろ?」
「集合住宅ですので、なるべく壊さない方向でお願いします」
「なるべくな。ルイージ、だそうだ」
「僕は物をそんなに壊さないから平気だよ」
「そうだったか?」
「バイザーさんこそ、大丈夫なの?」
「俺はその気になりさえすれば、物を壊さずに悪魔を斃せるからいいんだ」
「バイザーさんが悪魔とやり合うと、周りがめちゃめちゃになって後片付けが大変だって何度か聞いてるけど」
「たまたま、その気にならなかっただけだ」
「日本の人たちにあんまり迷惑はかけないようにしないと、5課の評判が落ちるから気を付けようよ」
5課の評判も何も、5課は表向き存在しないのだが、そのことは指摘せず、
「じゃあ、今度だけは気を付けてやるか」
二人の固有の武器は、別途米軍機により横田米軍基地に送られており、こちらは既にIEAの日本事務所に届けられている。
各々の武器の入ったケースを持った二人は、事務所の車に乗ってターゲットの棲家のある高層アパートに向かった。
バチカンの朝が早いのはもちろん想像です。




