第25話 女神(おれ)さま、目覚める。
一人、金属バットを持って前に出てきた少年Aくんの言い分でも聞いてやろうと、大人の余裕で何を言い出すのか待っていたら、Aくんはいきなりこの女神さまに向かって、
「ババァ! うるせえんだよ! 邪魔だからあっちに行ってろ!」
バチーーン!
気付けば俺の平手がAくんの頬をひっぱたいていた。それでもインパクトの瞬間これはマズいと思って力を抜くことだけはできた。
Aくんは頭を90度真横に向けたまま、道路の左側に建つビルの壁に衝突してしまった。持っていた金属バットは、さっきまで立っていたところに転がってしまった。
Aくんはそのまましばらく壁にくっ付いていたが、壁に血でできた横顔の跡を残して、アスファルトの地面に滑り落ちてきた。俺に叩かれた方の奥歯は何本かいかれた手ごたえはあったが、壁に当たった方の奥歯も数本折れたかもしれない。奥歯より顎の方が心配か。折れてないかもしれないが、外れてはいそうだ。
これこそまさに『口は災いの元』だな。本人にこのありがたい教訓が今現在伝わったとは思えないが、今のインシデントによってAくん以外の少年たちが急に静かになったところをみると、俺の真意は彼らだけには伝わったはずだ。
彼らはこれからの人生で役立つ貴重な教訓を今ここで得たわけだ。そう考えると学校に行くより有意義な時間を彼らは過ごしたのかもしれない。これぞまさに『福の禍と為り、禍の福と為る』だ。ちょっと違うか。
「で?」
俺が残った連中に向かって首を廻らせながら一言言ったら、連中はてんでに逃げ出していった。可哀そうなのは一人取り残されたAくんだ。逃げ出した連中は薄情にもAくんのことを見捨てていた。かく言う俺ももちろん見捨てる。あたりまえだろ?
俺からすれば、防波堤釣りに行って、クサフグを釣り上げたようなものだ。タダの釣り人ではクサフグなんぞは何の役にも立たないのでそこらに投げ捨ててしまうが、海鳥も食べない。そのまま干からびていくだけのクサフグそのものだ。
それでも、この国の人は優しい人が多いからきっと誰かが助けてくれるだろ。たぶん、おそらく。
Aくんから見れば不幸な形になってしまったが、Aくんは身をもって多くの若人たちに教訓を残したわけで、そこだけは草葉の陰で誇っていいぞ。いや、まだ草葉の陰には行ってなかったか。
まだ少し時間はあるが、そろそろデパートに行ってみるか。デパートでなくとも服を売ってるところならどこでもいい。
とはいうもののデパートというか、新宿駅はどっちだろう? アズランがいないにもかかわらず、自力で移動し続けてしまった。これでは生還がおぼつかない。何とかせねば、このまま新宿界隈で遭難してしまう。どうにかしてタクシーを見つければ帰還だけは可能だ。
さすがの俺も、太陽の方向と位置から東西南北の見当くらいつくので、南西方向に歩いていけばいずれ新宿駅にたどり着けるハズだ。だがそれが成り立つのは俺が今現在新宿駅の北東部、歌舞伎町界隈にいるという大前提が成り立っている必要がある。
南西と思われる方向に向かってしばらく歩いていくと、また人通りが多くなってきた。どうやら正解だったようだ。
キョロキョロとデパートだか洋服屋を探しながら道を歩いていたらやっぱりウザがらみの連中がどこからともなく湧いてくる。
人通りが多いので、張り倒すわけにもいかず無視して歩いていたらさらにウザがらみがエスカレートしてきた。しまいには俺の肩や腰に手を回そうとするものまで現れるにおよび、俺もキレた。とはいえ、皆殺しにするわけにもいかないので、
『コロ、こいつらの下半身に着けているものを全部食べてくれ』
ここのところコロに変なものを食べさせてばかりだが、我慢してくれ。
あっという間に、4、5人で俺を取り囲んでいた連中の下半身が露わになった。下に着ているものの中に靴下と靴も含まれてたようで、全員裸足の下半身マッパだ。
「キャーー!」
俺はことさら可愛らしく、かつ大声で悲鳴を上げてやった。ついでに正面に立っていた男を突き飛ばしそこから逃げるように立ち去った。
俺に突き飛ばされた男は吹っ飛んでいき、両足を広げて下半身を露出させたままうつぶせになって路上で伸びてしまった。うつぶせになるよう吹っ飛ばしたつもりはないが、世間様の被害はこれで少しは軽減されただろう。
別にこの程度のこと、悲鳴を上げるほどでもないだろうが、こういったものはなんとなく伝染するようで、最初に上げた俺の悲鳴に呼応するように俺の背後で悲鳴が何度も上がった。ビッグウェーブに乗り遅れるな、とでも思っているのかもしれない。
道を歩きながら今日新宿であったことを振り返ると、日本は治安がいいと昔は言われていたが、今は相当治安が悪くなってきているとつくづく感じてしまった。この国の行く末が心配だ。
何も俺自身はこの国の八百万の神さまの一柱ではないのだが、こうしてこの国で生活している以上この国には一宿一飯の恩義がある。さっきのような青少年が大人になると、都会の真ん中で下半身をさらけ出すようになるのだ! そんなことをさせてはこの国のためにならない。
よーし、やってやろじゃないか。青少年の健全なる育成を!
となると、まずは全国的に青少年団を結成して、ダークン・ユーゲントとでも名付け、この国を背負って立つ人材を育成してやろう。この俺の表の顔はダークン・ユーゲントの世話役、しかしてその実体は秘密結社の首領。将来この国を陰で操るのだ! もちろんトルシェとアズランも秘密結社の幹部だから、秘密結社の名まえは『秘密結社、三人団』だーーー!
ダークン・ユーゲントのモットーは『健全なる肉体には健全なる精神が宿る』。キミに決めた!
俺のように完全なる肉体を持つ者には完全なる精神が宿っているという意味だ。ならば、若人たちの肉体を徹底的に鍛えあげれば自動的に素晴らしい精神が宿るに違いない。いや宿らせてみせる!
さて、俺たちに鍛えてもらいたいような青少年はいないかな?
「鍛えてもらいたい子はいねがー!、偉人になりたい童子いねがー!」
俺たちの青少年育成計画が万が一失敗して偉人になれなかったとしても、少なくとも異人には成れる。それだけでそこらの凡人とは一線を画した一芸に秀でたひとかどの人物になるということだ。
そう思って通りを見回すと、これまでとは違った風景が目に入ってくる。ってこともなく、何も変わった風景が目に映ってこなかった。
まあ、おいおいだな。
そんなことより俺と花子の服を探さねば。
こっち方向かな? とか思いながらフラフラしていたら何とかデパートを見つけることができた。ちょうど開店したところのようだ。どこに婦人服を売っているのか知らないが、デパートの中のエスカレーターに乗って上に上がっていけばそのうち婦人服売り場の階に着くだろう。
このデパートの中にもウィークデーのハズなのに就学中と思える中、高校生?が沢山いた。『この国を背負って立つ人材を育成してやろう』という俺の決心がゆるぎないものになっていく。もしや、ウィークデーと思っているのは俺だけで、実は今日は休日だったらお笑いだな。まさか、そんなことはあるまい。ないよな?
3階だか4階までエスカレーターで上がったら、婦人服の階にでた。花子は背丈は俺とそんなに変わらなかったが肉がない分俺より細身だ。とはいえ、俺とおなじ服を着せてもそこまで違和感もないだろう。面倒なのでそれでいい。どうせ花子は文句言わないし。それ以前にカタカタ言葉(注1)しか喋れないし。
注1:カタカタ言葉
スケルトンには肉がないため発音できない。そのため、顎を動かして歯を打ち鳴らすことで何かを伝えようとするのだが、たいてい何も伝わらない。ただ笑う(嗤う)場面だけは一般人が笑う以上に場面にマッチしている。




