第24話 都会の釣り3、青少年
外道が釣れてしまったので放流してやった。外来種を自然界にリリースすることはご法度だったかもしれないが、長いブランクがあったせいか失念していた。
そこらに妙な外国語の看板を立てるくらいなら、そういった注意書きを立てろと言いたい。俺は所得税も住民税も今のところ払ってはいないが消費税は払っている。従って、そういった主張をしてもいいはずだ。まさに青年女の主張だ。ところで、少年少女という言葉は聞くが、青年の女版は青年女でよかったのだろうか?
金を売った所得税を税務署に来年の春納めれば、住民税が来てしまうし、年金やら国保といった社会保険料もかかってくる。戸籍を買ったのも善し悪しだな。トルシェとアズランを扶養家族にするとどれくらい控除できるるんだろうか?
あれ? そういった書類は怪しい男から買った戸籍一式の中に入ってたかな? 戸籍とは関係ないから入っているはずないか。
少なくとも俺は住民税に関してはふるさと納税で返礼品を貰うからな。
女神さまが年金とか国保とかふるさと納税を気にしても仕方ないか。まして扶養控除額の心配をしてもな。
俺はここで何をしているのかすっかり忘れて、この国の在り方から所得税の扶養控除まで、ビルの合間から都会の薄雲のかかった空を見上げ思いを馳せていた。
「プップー!」
道の真ん中に立っていた俺の脇を宅配のスクーターがクラクションを鳴らして通り過ぎていったことで、俺は釣りに来たのだという本来の目的をやっと思い出した。今の運ちゃん、ダークサンダーを着ている俺の姿を見てどう思ったんだろう? まさかなんちゃらライダーのコスプレイヤーかなんかと思われてはいないだろうな。
それはどうでもいいが、この格好だとさすがに目立つ。いったんダークサンダーを体の中に収納して、パンツスーツ姿に戻ろう。
意外と釣りは奥が深い。エサがいいから何でも簡単に釣れると思っていた自分が恥ずかしい。ここは初心に戻り、さっきの二人組の片割れが逃げていった方向に釣り場を変えてみるのも手だな。
パンツスーツ姿に戻った俺は、なんとなくではあるが、男の逃げ去った方向に歩いていったら、50メートルも歩かずに人通りの多い道に出てしまった。
こんなに人が多いとどっちに行っていいか分からない。今日は諦めるか。
トボトボとタクシーの拾えそうな通りを探して歩いていたら、変な男が片言の日本語で俺に声をかけてきた。今度のヤツは大陸系ではなく中東系なのか、顔が浅黒く彫りが深い。東アジア系というより西洋気のある顔をしていた。理由は分からないが、どうも日本語の不自由な連中に俺は声をかけられる。俺の顔は純日本式だと思うが、どこかエスニック風な何かが混ざってしまったのだろうか?
「アナタ、モデルニナリマセンカ?」
俺にモデルにならないかと言っているようだ。こいつ俺をバカにしているのか? 女神さまが妙なモデルになるはずないだろ!
殴りつけてやろうかと思ったが、こいつからすれば、俺のこの神々しさが分からず気安く声をかけてきたのかもしれないと思い直し、一応相手になってやることにした。いかがわしさ120パーセント充填完了のこのシチュエーションのこれからの展開に期待したともいえる。
「何のモデルだ?」
「エーブイダヨ」
「この野郎!」
今後の展開があまりに馬鹿らしいので、男の顔を軽く平手で叩いてやった。力を込めて叩いてしまうと頭が首から外れてラグビーボールになってどこかに飛んでいってしまうからな。
軽く叩いただけだったが、それでも男は吹っ飛んでいった。男が路上を吹っ飛んでいるさまがどこか特撮のような雰囲気があったせいか、大騒ぎにもならず俺はその場所から静かに立ち去った。その場から立ち去る俺の後方で、誰かが非日常的なことを叫んでいる声が聞こえてきたが、空耳と思って聞き流しておいた。
「今日はボウズだった。……」
釣果を期待して都会という大海原に繰り出してみたものの、ボウズとは、われながら情けない。
俺のクロノメーターによると時刻はまだ10時だ。そういえば俺は釣りの後時間があれば、服の予備を買おうと思ってたんだ。花子の衣装も探さないといけない。デパートは何時から開くのか知らないが、妙に遅かった記憶があるからまだかもしれない。
どうしようか?
デパートも開いていないような気がしたのでもう少し時間を潰さないと。何か面白いものがないかと、歌舞伎町の裏通り界隈をぶらぶら歩いていたら、今度は高校生らしき2グループが路上でにらみ合っているところに出くわした。言っておくが、俺は今俺のいるところを勝手に歌舞伎町と思っているがもちろん確証はない。
釣り上げたところでオキアミ程度の価値しかなさそうなこいつらでは、釣果は期待できない。オキアミならまだしもこいつらではちょうかはちょうかでも長靴とかビニール袋のようなものだ。
今日はウィークデーのハズだが、こいつらは学校をさぼってこんなところで遊んでいるらしい。この国はやたらと祝祭日を作るのが好きなので、俺がいなかった10年余りの間に新しい休日が増えている可能性は否定はできない。俺の記憶だけに頼って、目の前の連中が学校をさぼっていると決めつけるのは早計かもな。ただ、双方10名ばかりの高校生くらいの連中がにらみ合って、道を塞いでいるのはいただけない。通行の邪魔にならないどこかよそで遊んでいただきたいものだ。
大人が未成年者に対して社会正義を振り回すのはあまり褒められたものではないことはもちろん俺も承知しているが、邪魔なものは邪魔だ。こんな連中では釣果は全く期待できないが、大サービスで教育的指導をしてやろう。釣果ゼロの腹いせとも言う。
「おまえら、邪魔だからどけ。往来で喧嘩するな。するなら、そこらの駐車場があるだろ!」
駐車場の経営者と駐車中の車の所有者には迷惑な話だが、俺は今現在車を持っているわけでもないので、俺にとっての最適解が今の言葉である。もしも俺がそこらの駐車場に車を駐めていてたら、もちろんそんなことは言わない。そこらのビルの中で喧嘩しろと言っただろう。もしそこらのビルが俺の物だったら、……。以下略。世の中そんなもの。自分を中心に回っているのだ。
「禍根を残すな。やるなら徹底的に、皆殺しにするつもりで殺れ。確実に息の根を止めるんだぞ!」
一応喧嘩の心構えもサービスで教えておいた。昔トルシェが言っていたように復讐の連鎖を生まないよう、相手を根絶やしにするくらい徹底的に叩き潰すのがベストだ。今の日本でそれをやる勇気のある〇キはそんなにいないだろうがな。
それはさておき、俺は未成年者たちに対し優しく、かつ懇切丁寧に美しい日本語を使って教育を施したつもりなのだが、どうもその真意が目の前の連中には伝わらなかったようだ。こういうところをみると若年時英語教育などとばかげたことに時間を使うくらいなら、ま〇が日本昔話でも視聴させて日本語教育をしっかりするべきだと思うぞ。
そんな中、Aグループ代表の少年Aくんがいっちょ前に金属バットを持って2、3歩俺の方に向かってきた。Aくんは背の低い部類で俺より頭半分ほど背が低い。Aくんの頭髪は本人自身は金髪と思っているのかもしれないがツヤのない黄土色でさしずめトウモロコシのヒゲだ。そのトウモロコシのひげを短めに刈り上げている。Aくんの顔をよく見ると眉毛は無く、両耳にピアスをそれぞれ2、3個付けている。さらによく見ると鼻にもピアスをしていた。どうせ安物のピアスだろうから超強力磁石にくっ付くのではと思ったが、残念なことに超強力磁石の持ち合わせがなかった。
他人が耳にピアスをすることに対して俺自身は忌避感はないが、鼻ピアスには生理的に拒否反応が出てしまう。どうもドナドナの牛を連想してしまうのだ。連想ついでに俺がドナドナしてやろうかと思ったが、Aくん一匹を屠殺したところで、処理に困る。
ここまで俺に解説されたAくんがいったい何を言い出すのか待ってやることにした。
次話『第25話 女神さま、目覚める』ついに、タイトルが回収されます。




