第18話 大川涼音1
銀二がやってくるのを待つ間、ウイスキーを3人で美味しく頂いていた。
小テーブルの上の最後のボトルの封を開けたところで、玄関のドアの開く音がした。
『銀二です!』
ようやく銀二がやって来たようだ。
居間にやってきた銀二が、
「あれ? 姉さん方じゃないですか!」
それは驚く。
銀二に向かって黒服の一人がいきさつを簡単に話した。
「俺がだけじゃなくて、お嬢さんまで助けていただきありがとうございます」
銀二も深々と俺たちに頭を下げた。なかなか大川組はそこら辺の教育はしっかりしているようだ。好感度アップだ。
「銀二、お前の言っていた大陸系のヤクザだがな、涼音を助けた時ついでに叩き潰してしまった。アハハハ。ほんとは逆で叩き潰そうと思っていたら、涼音がいたんで助けたんだがな」
「やっぱり姉さんたちだったんですね。ビルが倒壊したっていう話は流れてきてたんですが、あの辺りに近づきたくないので見に行ってはいないんです。話しだけでは連中のビルかどうかはっきりとは分からなかったんですよ。テレビのニュースには流れてるかも知れませんがテレビを持っていないもので」
「涼音が大中華興業のビルだったと言っているからそうなんだろ。確かに中に居たのは大陸系の連中ばかりだったしな」
「ほんとに姉さんたち、スゴイと思ってたんですが、さらにそのはるか上だったんですね」
「まあな。ところで連中の本社?だか本部とかないのか? 下っ端どもはどっかに逃げていったし、池袋の半分をシマにしている程度のくせに大掛かりなこともしてたしな」
「その池袋の残った半分をシマにしているのが大川組ですが申し訳ありません」
「おお、これは失礼なことを言ってしまったな。すまん」
「いえいえ。はっきりとした場所は分かりませんが、連中の本拠は新宿にあるようです」
「新宿にいってなんかの加減で連中を見つけたら、ぶっ潰しておいてやるから、気長に待っていてくれ。
さてそろそろ俺たちはお暇しよう。
それじゃあ、お父さん、礼は確かに受けとったから」
「こちらこそありがとうございました」
「それじゃあ、涼音、俺たちは行くから」
「いえ、先ほどご一緒すると言った以上、ご一緒します」
「え? 涼音はここのマンションにお父さんと一緒に住んでるんじゃないのか?」
「いえ、私は別のところに住んでいます」
「お父さん、いいの?」
「涼音は以前より一人で暮らしておりますし、お強いお三方と一緒の方が安全かもしれません」
「そうか。ならわかった。涼音一緒に行こう」
「はい! まずは私の自宅にご案内します」
「それじゃあ、お父さん、俺たちは失礼する」
「あっ! 姉さん。銀行のカードですが送られて来たら、お嬢さんの自宅にお届けします」
「おお、頼んだ」
部屋に残った連中が深々と頭を下げる中、俺たちはその部屋を後にした。
大川組とも縁ができたが、朝方考えていた予定は終了したので、次は不動産屋にまわって適当な物件を探すことにした。涼音の自宅に案内される前に、どうせそこらに不動産屋があるだろうと適当に街を歩きながら、
「そう言えば涼音はどこに住んでいるんだ?」
「恵比寿にある高層マンションに一人で住んでいました」
「ふーん、いいところに住んでるんだな」
「もうかなり古い物件ですのでそれほどいい部屋ではありません。何年か前に大規模修繕をしましたから、そろそろうちの中もリーフォームをしたいと思っているところでした」
「ふーん。そこの広さはどれくらいある?」
「たしか150平米だったと思います」
「ほう。150平米に一人ということはかなり贅沢ではあるな。そうだ! 涼音がよければ家賃を払うから俺たちにその部屋を貸さないか? どうだ?」
「ダークンさんたちが私と一緒に住んでくれるということですか?」
「そういうことだ」
「それでしたら、家賃なんていりませんから是非そうしてください」
「いいのか?」
「もちろんです」
「それならお言葉に甘えることにしよう。
150平米といったら、俺たちのワンルーム(注1)よりは少し狭いが、トルシェもアズランもいいよな?」
「良いですよ。狭いようなら広げればいいだけだし」
「モーマンタイ」
アズランがNETかどこかで覚えてきた変な言葉を使った。吸収が速いことはいいことだが、たった一日でこれだと、明日には何か失敗でもしたらリアルで『orz』とかやりだしかねんな。
俺たち4人は不動産屋巡りは中止して、涼音のマンションに行こうとしたところで、
「そういえば、ホテルに金を払っていなかった。明日からの分キャンセルして今日までの分の支払いをしないとな。ある程度のペナルティーは仕方ないが、払わないわけにはいかないものな」
そういうことなので先にホテルにまわり、支払いを済ましせておいた。明日以降のキョンセル料はとられなかった。なかなか良心的じゃないか。
池袋での用事はなくなったので、涼音のうちに行くとするか。
ホテルの車寄せの前で、
「タクシーでいくか?」
「そうですね」
俺は涼音に聞いたつもりだったが、トルシェが答え、アズランが頷いていた。この二人、タクシーも普通に知っているようだ。この分だと二人とも電車も地下鉄も知っている気がする。俺がこの世界の知識をひけらかして優越感に浸ることはもはやできないようだ。それどころか、最新の情報を持っている二人に優越感を感じさせてしまう悲しい羊になってしまいそうだ。
あいにくホテルの車寄せにはタクシーはいなかったので、トルシェが慣れた感じで手を上げて流しのタクシーを捉まえ、涼音が助手席、俺、アズラン、トルシェの順に後部座席に座った。何も言わなくてもトルシェとアズランは座席のシートベルトを締めていた。俺は二人に遅れてシートベルトをした。なにげに負けた。
美人が4人タクシーに乗り込んだので、運ちゃんが何か話しかけてくるかと思ったのだが、そういうこともなく普通に涼音が行き先を一言いっただけで、タクシーは問題なく涼音のマンションのあるビルのエントランスまで俺たちを運んでくれた。
一番奥に座っていた俺が料金を払っておいた。万札で料金を払ったのだが、きっちりお釣りをもらっている。小銭がどこかで必要になるかもしれないからな。今まで会計担当はトルシェだったが何となくこの世界に戻ってきて俺が会計担当になっている。トルシェも社会の仕組みを含めてこっちのことを十分理解しているようなので、会計担当を代わってもらった方がいいな。
「トルシェ、現金を渡しておくからこれからは今までのように会計をたのむ。銀二が銀行カードを届けてくれるだろうからそれも持っていてくれ」
「はーい」
手元にあった1000万の万札の塊を5個をトルシェに渡しておいた。銀行口座には5億を超える金が入っているはずなので当面金の心配はいらないだろう。それに、街中をフラフラしていたらまた現金収入もあるだろうしな。
「アズランにはどこで何があるか分からないから、100万ほど渡しておくな」
アズランにも現金を渡しておいた。移動にタクシーでも使いたいとき現金がないと困るからな。
注1:ワンルーム
異世界のダンジョン内にあったダークンの拠点内の部屋。広さは200平米ほどで、いろいろな設備が完備している。