第17話 大川組
涼音に案内されて俺たち3人が後をついて歩く。結構な美人2人と美少女2人の4人組が歩いているものだからかなり人目を引く。
「ねえ、ねえ、きみたちー、モデルのお仕事してみないー?」
などと軽そうな男が寄ってくる。無視して歩いていてもしつこくまとわりついてくるものだから、五月蠅い上に歩くのに邪魔だ。
ここで俺が対応を誤ると、池袋でトルシェの凶行(注1)が始まってしまう。街中で頭の上半分が吹き飛んだ死体ができ上り、それを誰かが見ていれば阿鼻叫喚の地獄絵が展開されてしまうので、俺は男の首を右手でのど輪して声が漏れないようにしたうえ、男の耳元で『五月蠅いんだよ。死にたくはないんだろ?』そう呟いたら、男はコクコクと頷いたので手を離してやった。男はせき込みながら走ってどこかに行ってしまった。トルシェの横顔を見たら目を細めて逃げていく男を見ていた。本人はひどい目に遭ったと思っているのだろうが、実際は命拾いしたんだからな。これこそわが権能『慈悲』の現れだ。
涼音はいったん地下道に下りてそのまま山手線の下を横断して西側の出口に出ていった。そこから北にしばらく歩いたところ低層マンションの並ぶ住宅街?っぽいところに着いた。
「あそこのマンションです」
あまり大きくない低層マンションを涼音が指した。マンション自体はかなり新しい。
そのマンションに入り、出入り口の何とかいう機械に付いていたボタンを涼音が慣れた手つきでピッポッパッパッパッと押したら内側のガラスドアが開いた。
その先の通路の脇のエレベーターに乗って、涼音は最上階6階のボタンを押した。
指定された時間より30分は早かったが、最上階のエレベーターホールを出るとそこは露天の通路で、その通路に沿って屋根のある部屋が4軒ほど並んでいた。エレベーターホールに一番近い部屋の玄関のドアだけ開いていて、そこに紋付き袴をはいたおっさんと、一歩下がった両脇に黒いスーツを着たガタイのいい男が二人立っていた。
「涼音!」
「お父さん」
おっさんが少し訝しそうな顔で俺たちを見ながら、
「そちらのお三方がおまえを助けたという恩人なのか?」
うら若き乙女とお子さま二人だ。疑問に思うのも当然だ。
「そう。こちらが黒木真夜さん、そして斉木登枝さんと、真中由美さん」
しかし涼音は本当に覚えがいいな。当の本人でさえ覚えていない名まえを一度聞いただけで覚えている。それも3つ一緒にだ。
「人は見かけによらないとはよく言ったものですな。いや驚きました。
いずれにせよ、娘を助けていただきありがとうございます。まずは家の中にどうぞ」
おっさんの後について玄関に入ると、上り口の先は、相当広いワンルームの居間が広がっていた。正面の壁には酒のボトルが並んでいて手前がカウンターになったバーになっている。
そういえば『組』の打ち合わせに使っている部屋と言っていたが、まさか酒を飲みながら学校の組ということはないだろう。考えられるのは、あっち系統。あれ? 涼音の父親はきっと苗字は娘と同じ大川だよな。あれ? 『大川組』? それって銀二のいるところじゃなかったか?
ソファーに座るよう言われたので3人掛けの方にトルシェとアズランともどもゆったり座っていたら、先ほどの黒服の一人がバーから銀のトレイに冷たいジュースの入ったグラスを3人分持って来てくれた。どうせなら濃い方がよかったのだがな。
「娘と連絡が取れなくなって、きのう線路の東側を縄張りにしている連中から脅迫電話がかかってきたところで、とうとう私も腹を括ろうかと思っていた矢先でした。娘を助けていただき本当にありがとうございます」
そういって小テーブルを挟んだ反対側のソファーに座ったおっさんが俺たちに深々と頭を下げた。おっさんの後ろに立っていた二人の黒服も頭を深々と下げた。
「例の物を」
おっさんがもう一人の黒服に一言いうと、漆塗りの四角いお盆の上に紙袋を乗っけて持ってきた。
「ほんのお礼の気持ちです。些少ですが、お納めください」
「お父さん、たまたまお嬢さんがとあるビルで捕まっていたので助けただけだ。気を使う必要はないがこれはありがたく頂いておく」
紙袋を持った感じ300万ほど入っている。俺たちの素性も知らないのにこれだけ出すのは、まあまあなんじゃないか。
「お嬢さんを最初見つけた時は相当ひどい状態だったが、なんとか回復することができた。詳しいことをお嬢さんに聞いても良いが、良い思い出ではないから聞かない方がよいかもな。それと、お嬢さんを捕まえていた連中のビルはついでだったんで俺たちでぶっ壊してやった。そこの一番偉そうなやつはビルから逃げ出していなかったはずだから今頃はお空の上でのんびりしてるだろ。そのうちニュースで流れるかもな」
「そ、そうですか」
「ところでお父さん。お父さんのところに銀二っていないかな?」
「銀二? あ、はい。若い連中の中に川口銀二という者がいます。銀二は昨日3人組の女性に命を救われ、小指も元に戻してもらったとか言っていました。小指は確かに生えていて不思議なことがあるなーと思っていたんですが、まさかお三方が?」
「まあ、そういうことだ」
「これは重ね重ねありがとうございます」
「あれもたまたま通りがかりだったんだが、銀二が大陸語をしゃべる連中にボコられてたんだ。なんていったけな?」
「大中華興業です」
「そう、それだ。銀二にも言ったがその大中華興業を俺たちがぶっ潰してやってもいいんだぜ」
「あのう、ダークンさん。ダークンさんが壊したあのビルが大中華興業のビルでした」
「あれ? 知らないうちにぶっ壊してたのか。ワッハッハ」
看板くらい出しとけよ。
「なんと!
そうだ、おい、銀二を呼んでくれるか?」
「はい」
黒服が少し後ろに下がって携帯で連絡を取ったようだ。
「10分ほどで銀二が来るようですのでしばらくお待ちください。お飲み物の方のお替わりはいかがですか?」
そう聞いてくれれば、濃い方を気軽に頼めるからな。
「だったら俺は向こうの壁に並んでるのがいいな。二人もそっちの方がいいよな」
「あれってお酒ですよね? だったらもちろんです」「私も」
「俺はストレートでウイスキー」
「わたしもそれ!」「私も!」
「お嬢さんたちはまだ?」
「いや、こう見えても二人は18歳、ということになっているので立派な成人だ」
「そ、そうでしたか。アハハハ。宅飲みで年齢を気にしても仕方ありませんでしたな」
あれ? 飲酒は成人からだったと思うが、成人は18歳からだよな? 違ったかな?
黒服に用意してもらったウイスキーのグラスを受け取って一気に飲み干す。
ウンマーイ!
銘柄は日本製の高級ウイスキー。一本数万円だったと思うがそれだけの価値はある。ウイスキーでのど越し云々は無いのかもしれないが、心地よい刺激がのどから胃の方に下りていく。もう一度言おう。俺の体内構造は人と同じなのかどうか確かめたことなどないので実際のところ俺の腹の中に胃があるかどうかは分からないが、気は心だ。あれ? ちょっと違うか?
ウンマーイ!
駆け付け3杯のつもりではないが、3分の1くらいグラスに入ったウイスキーをそれこそグビグビと飲んだところ、黒服がボトルごと持ってきてくれたので、手酌でグラスにトクトクと入れて飲んでやったら、すぐに一瓶空いてしまった。黒服は慣れているのか今度は銘柄はちがったが3本ウイスキーのボトルを持って来てくれた。
つまみが欲しくなったがさすがの俺も言い出せなかった。
「お三人とも実にお強いですな」
などとおだてられたので、
「いやー、いい酒はうまい!」
とか言って返しておいた。
注1:スッポーン
トルシェの複合魔術。人間の頭蓋骨の真ん中あたりにくるりと風魔法で刻みを入れたうえ、その頭の中に小型ファイヤーボール発現させて爆発させる。刻みの深さと爆発の強度の関係で、うまくすると頭が粉々に吹き飛ぶことなく、頭の上半分だけが真上に飛び上がる。音がするわけではないが『スッポーン』と弾け飛ぶ。トルシェはギネス認定されてはいないが現在10メートルのレコードホルダーである。ここのところスッポーンから遠ざかっているため記録の更新は途絶えている。逆に言うと、そろそろトルシェが無差別スッポーンを再開する時期かもしれない。