第15話 殴り込み5、ビル崩壊
このビルの連中に捕まってひどい拷問を受けていた女を、たまたまではあるが助けてやった。 傷はトルシェのヒールオールで、精神の異常は俺の祝福で治している。汚れを取った女は結構な美人で、俺が与えたダブダブの服を着てもそれなりの見てくれのお嬢さまに仕上がってしまった。
俺自身正義の味方を自認しているわけではないが、ここの連中、一人も逃すんじゃなかった。
「ところでお前の名まえは何というんだ?」
「失礼しました。私の名まえは大川涼音と申します」
何だかカッコいい名前だな。トルシェに最初会った時、俺もカッコいい名前を付けていればよかったが、いまさら後の祭りだしな。大川というのはどこかで聞いたことがあるような気がしたが、どうせ思い出せないので無駄な努力はやめておこう。
「わかった。俺の名前はダークン、日本名は? えーと、……、なんだっけ?」
「ダークンさん、黒木真夜ですよ」
これもミサとか瞳とかだったら受けがよかったのになー。あっちは黒木じゃなくて黒井だったっけ?
「そうそう黒木真夜だ。そして、今口を出したのがトルシェ、えーと」
「日本名は斉木登枝」
「もう一人が、アズラン、日本名は」
「真中由美」
「……だ」
「日本名ということはみなさん外国の方?」
「俺たちの出身がどこかというと、それなりに難しい問題があってな」
「申し訳ありません、詮索するようなことを言ってしまって」
「別に構わない」
「私はかなりひどい状態だったはずですが、今はこの通り傷一つありません。これは奇跡?」
「奇跡と思ってくれてもいい。簡単には信じることができないとは思うが、俺は実は女神だ。そこの二人は俺の眷属で半神。トルシェの魔法の力でお前の体を癒し女神の祝福で精神も正常に戻した」
涼音が俺たちを見る目が変わった。奇跡の前にはどんな言葉も不要かもな。
「これからはお前のことを涼音と呼ぶからな」
「はい」
「俺のことは、ダークン、こっちのはトルシェ、で、そっちのがアズランだ。日本名は俺自身慣れていないんで使わないでいい。さっきも言ったが俺は女神だ。我が名は一度しか言わないから良く聞いて覚えておけ『常闇の女神』ダークン、権能は『闇』と『慈悲』だ。さっきも言ったがトルシェとアズランは半神だ。人ではない」
「ダークンさんの権能には他に『破壊』と『殺戮』もあるけどね」
こら! トルシェ、いらんことは言わんでいい。
「ダークンさまに、トルシェさまに、アズランさま」
「さまはつけなくてもいいぞ。
一度に3人の名まえを覚えるとは大したものだな。自分の日本名さえすぐに忘れてしまう俺にはない特技を持っているとは恐れ入った。それなら、ついでにこの飛び回っているのが妖精のフェア、アズランのペットというと語弊があるから、アズランの友達と言っておこう」
フェアが涼音の肩の上にとまって軽く挨拶した。ここまでくると驚きは無くなってしまうようだ。
「そして、俺のこの真っ黒くてカッコいい鎧、ダークサンダーのベルトに擬態しているが、俺のペットのコロだ。コロ、床の上で丸くなってくれるか?」
俺の言葉を聞いたコロが床の上に落っこちてそこでうごめく黒くて丸い塊になって見せた。
「見ての通りコロはスライムというモンスターだが、スライム種の中での最上位種になる。その気になればこの池袋の街そのものも1時間もあれば食べ尽くすんじゃないか。それほどとんでもない能力のあるスライムだ。
コロ戻っていいぞ」
コロはシュルシュルとダークサンダーを伝わってまたベルトに擬態してしまった。
「自己紹介はこんなところだ。俺たちはまだこのビルの中にある金目のものを回収するつもりだがお前はどうする? 自分で帰れるならこのまま行ってもらっても構わないし、俺たちについてくるならそれでもいいぞ」
「できればダークンさんたちと一緒に居させてください」
「分かった。ただ俺たちの近くにいると荒事に巻き込まれるが、そこは覚悟していてくれ。だからといってお前を危険な目に遭わせることはないから、そこは安心してくれていいぞ」
「一度助けていただいた命ですからその程度の事はどうってことはありません」
「それならいいがな。
それじゃあ、下の階に行って落とし物探しの再開だ」
「はーい」「はい」
「このビルの中に、何か落とされたのですか?」
「いや、ビルだろうと何だろうと床の上にある物や地面の上にある物は、落っこちてるってことだからそれを拾っていこうとしてるだけだ。気にしたら負けだぞ」
「本当に面白い方たちですね」
「まあな。俺たちのそばにいれば、いずれお前も俺たちのことが理解できるようになると思うぞ」
冷静に考えて、俺たちのそばにいたら、俺たちのことを奇人変人と思うだけかもしれないが、そこはそれ、言葉のアヤというものだ。違うか。
その後俺たちは、建物の中を順に漁って1階まで下りてきたが結局めぼしいものは無かった。エレベーターの前でのどを潰した連中もいなくなっていた。ボスは見捨てても同僚は見捨てなかったようだ。一寸の虫にも五分の魂。こういった善行を一つだけでも行っておけば、地獄に堕ちた時、天井から救命ロープが下りてくるかもしれないから積極的に善行を積んだ方がいいぞ。
「それじゃあ、帰るとするか。このビルは連中の持ち物かどうかは知らないがとりあえず壊しておこう。外に出たら『神の鉄槌』(注1)で叩き潰してやる!」
ダークサンダーを収納し普段着に戻って建物の外に出たところ、出入り口周辺で寝込んでいた連中の姿も見えなくなっていた。どうでもいいか。
振り返ってみた件のビルだが左右のビルに挟まれて間口がいかにも狭い。
「ダークンさん、『神の鉄槌』だと左右のビルごと壊してしまいませんか?」
アズランの指摘通りだ。トルシェなら気づいていても気にせずぶっ壊してしまうのだろうが、淑女かつ真っ当な社会神の俺は他人に迷惑をかけないことをモットーとしている以上、そんな蛮行はできないからな。
「確かに。それじゃあ地味だが、コロに食べさせるか? そうすると瓦礫も残らずただの更地になって逆に業者に喜ばれてしまうな。
そうだ! コロに建物の中の鉄骨やら鉄筋だけ食べさせてしまえば、コンクリートも脆くなって勝手に重みでつぶれるだろう。そしたら残骸の片付けも必要だしいいこと尽くめだ」
涼音は俺たちの会話を聞いて不思議そうな顔をしていたが、俺たちについてくるなら、そのうちいろいろな驚くべき事柄が普通になって驚くことはなくなるだろう。まあ、そうしたらもはや普通の人間ではなくなっているかもしれないが。
「コロ、目の前の建物の柱や壁の中に鉄が入っている。それをみんな食べちゃってくれ」
俺の言葉を聞いたコロから細い触手が目の前のビルに無数に伸びていった。
ほんの10秒ほどでコロの触手が戻ってきた。もう全部食べ終わったらしい。だが目の前のビルに今のところ変化がない。と、思っていたはしから、
ビシッ! ビシッ!
ビルの中から変な音がし始めた。その音がひっきりなしに聞こえ始めた。そしたらその音と一緒に今度は、
ゴロッ! ゴロッ!
と何かが落っこちるような崩れるような音がし始めた。
いよいよビルの崩壊が始まったみたいだ。あまり近くにいると舞い上がる粉塵で着ているものが汚れてしまうので、
「ビルが崩れると粉塵で凄いことになるから、もう少し離れて見ていよう」
50メートルほど俺たちがビルから離れたところで、いきなりビルが下の方から上に向かって加速をつけて潰れていき、ビルの屋上が下に落っこちていった。もちろん、もうもうとした粉塵が舞い上がり付近の建物は真っ白になってしまったが、そっちの方はそのうち雨でも降れば流れて綺麗になるだろう。
注1:『神の鉄槌』
『神の~』シリーズの一つ。対象を凍結脆弱化させた上、超重力で粉砕する。『神の~』シリーズには他に『神の怒り』、『神の城塞』などがある。