第12話 殴り込み2、怪物
女神であるこの俺に畏れ多くも殴りかかったあげく、自爆でこぶしを傷めた男に向かって、正当防衛成立とばかり股間を軽く蹴り上げてやった。本気で蹴り上げてしまうと文字通り又裂きになってしまうので手加減は忘れていないのだが、足の甲に妙な感覚があった。こっちは忘れることにしよう。
男は声すら出さず、白目を剥いて口から泡を吹き出し道端に倒れてしまった。俺がピンピンしていて相手がこのザマだと過剰防衛と取られる可能性があるが、そこはほれ、俺は女神さまだから、女神さまに手を上げた不届きものに天罰が下っただけ。いわば宗教法人の宗教活動に対する非課税措置のようなものだ。誰にも文句は言わせないぞ!
非課税措置はいいとして、白目を剥いた男が道に伸びてしまったものの、ちょうどビルの玄関口の前なので、さっきの男と違って交通の妨げにはならないようだ。面倒だったので後片付けはしないで放っておいた。
先に逃げ出した男のご注進に反応してすぐに4、5人ビルの中から表に出てくるだろうと白目をむいた男の横に立って待ち構えていたにもかかわらず、ビルの中が騒がしいわりに誰も出てこない。
これでは俺がわざわざ間口が6メートルくらいしかない細長いビルの中に入っていくしかないじゃないか。
今日はトルシェを連れてきていないので、お宝がビルの中に落っこちていても回収しきれない。俺が入っていった以上このビルは廃墟になるだろうから、ちょっともったいなかったか? こういった反社組織の場合、一番上のヤツがふんぞり返っている部屋にたいてい金目のものを隠しているハズだから、手あたり次第コロに孔を空けさせて隠し金庫か何かを見つけてやろ。
ビルの入り口は道路から一段高くなっていたのでそこに上がり、扉の開いたまんまの出入り口から中に入っていった。
ビルの中の片側の壁には郵便受けが並んでた。昔は雑居のビジネスビルか何かだったのだろう。この連中がカタギの入居者を追い出したに違いない。まあ、今の推測が別に外れていようが俺にはどうでもいいことだ。反対側には管理人室かどうかしらないが無人の小部屋が一つあった。
ビルの奥の方には上り階段とエレベーター。エレベーターだけ地下に行くということはないだろうからこのビルには地下はないようだ。
どう見ても1階には何もないようなので、俺は2階に上がるためエレベーターのボタンを押した。階段で上るより、エレベーターの扉が開いて俺がいきなり現れる方が、待ち伏せなりなんなりしている連中に対してインパクトがあると思ったからだ。
やってきたエレベーターに乗って2階へ。
古いビルのエレベーターは遅いという常識通り、エレベーターはゆっくり上っていき、2階でドアが開いた。
パン、パン、パン、パン、……。
エレベーターの扉が開いた瞬間、乾いた音が響いてお出迎えの4人から拳銃で撃たれてしまった。ダークサンダーを着ててよかった。全身鎧ダークサンダーを着てなかったら、せっかく昨日買った服に孔が空くところだった。
エレベーター前はエレベーターホールっぽく少し広くなった場所でそこから拳銃を連射してくる。
出迎えとすれば悪くはないが、何せ狭い場所だ。俺が一歩前に出て拳を振り回せば、簡単に倒せるシチュだ。
ということで、右腕を折り曲げて、ラリアット風に拳銃を俺に向けて連射し続けている連中の首に片端からかましてやった。ここなら目撃者がいないから、ダークサンダーの必殺技ライトニングムーブを発動しても良かったが、それをするとこの連中が軽くミンチになりダークサンダーがベッチャリと汚れてしまうので控えることにした。第3者的に見ると凄惨な現場。当事者から見るとダーティーな現場ということだ。
俺の素人ラリアットを受けた男たちはその場で昏倒して伸びてしまった。みんな咽喉が潰れているので息はしていないようだ。このまま放っておくと死んでしまいそうだが、そういうことも長いか短いか知らないが人生の中で一度は経験していた方が後々役に立つはずだ。例えば地獄に堕ちて鬼に追われた時など死人以上に死んだふりがうまくできるといったメリットがある。そう俺は思っている。
俺がお出迎えを受けたエレベーターホールの先はビルの壁に沿って狭い通路があり、壁の反対側にドアが並んでいた。廊下の突き当りにもドアがありその先が道路に面した部屋なのだろう。昔は小さなオフィスが並んでいたのかもしれない。今は変な連中が巣くっているわけだが、時の移ろいを感じるなー。始めてきたところだがな。
一つ一つドアを開けて中を見てみたが、金目のものが落ちている雰囲気はない。
一通り2階は確認したので、次は3階だ。何故かビルの中が静かになっている。拳銃の発射音があれほどしたら、普通なら侵入者はどうにかなっているはずなので確認に人が下りてきそうなものだが、誰も様子を見に下りてこない。薄情なやつらだ。
考えられるのは、各階のエレベーター前にさっきみたいに息を殺して拳銃を構えて待っているということぐらいか。ここでしばらく寛いで、連中をじらしてやるのも面白そうだが、そろそろ貴金属商の開店する時間だ。少し巻いていくとするか。
エレベーターは俺が使った時のまま2階で止まっている。今度はいきなり一番上の6階に行ってやるか。だいたい偉そうにしているヤツは高いところに上りたがるからな。
エレベーターに乗り込んで、6階のボタンを押す。
ゆっくり上っていくエレベーターの床には先ほど拳銃を連射された時の潰れた弾が転がっていた。
チン!
音がしてエレベーターの扉が開いた。
予想通り、扉の前にはまた4人。今度はマシンガンを全員持っていて、それを連射してくる。BB弾を連射されているようなものなのだが、体感的にはBB弾以下にしか感じない。
マシンガンの連射に構わずエレベーターから1歩踏み出す。
弾を撃っているあいだはそっちに意識が行くようで、4人とも俺が近づいていっても後ずさるわけでもなくその場で突っ立って引き金を引いている。いくらマシンガンとは言えそこまで弾数があるわけもなく、ほんの10秒もしないうちに弾を撃ち尽くしたようだ。
さらに一歩踏み込んだ俺は、2階の時と同様ラリアットで首を刈ってやった。俺を殺しにかかってきた連中ではあるが、人道主義の観点から一応首チョッパはせず、喉を潰しただけにとどめておいた。
もしここにトルシェを連れてきていたら、おそらく新品の服に孔を空けられた腹いせに全員スッポーンしただろうから、こいつらは今のところラッキーしたわけだ。即死するか放っておいて窒息死してしまうかの違いでも本人たちにとっては大きな違いだ。
経験したことはないのでそこらは分からないと思ったのだが、そういえば俺は死んだ経験が人間だった時と最初のゾンビの時の2度もあったことを思い出してしまった。2度あることは3度あるかもしれないが、まさか女神さまとなったこの俺が3度目の死亡経験することはないだろう。
最上階の6階は2階と違いエレベーター前が広くなった先には通路はなく、その代り正面に扉が1つあった。その扉の向こうにも何人か人がいるようだ。
それでは、ご挨拶させていただきましょう。
俺が扉のノブに手をかけたところで、中から発砲音と同時に銃弾が扉に孔を空けて飛んできた。おそらく俺が着込んでいるこのダークサンダーは陸自の最新鋭戦車の特殊徹甲弾を0距離射撃で受けてもなんともないと思う。今回の銃弾は先ほどまでのBB弾以下の弾と違って少し大きな弾だった。小銃を撃ってきたのだろう。何であれ所詮鉄砲の弾。50歩100歩のヘナヘナ弾ではある。
小銃射撃を気にせず、孔がたくさん空いた扉を開けると、そこにはそれらしい格好をして小銃を構えた2人の男と、ちょっといい身なりをした小太りで細目のおっさんが一人。部屋は結構広くて、部屋の真ん中に6人掛けくらいの応接セット、一番奥の窓際に大きな机とそのわきにがっしりした大型金庫。壁には飾り棚とキャビネットが並んでいた。
「Guàiwù!(注1)」
俺の雄姿を見た身なりのいいおっさんが叫んだ。
何を言っていようがどうでもいいが、
「おい、ここの頭はおっさんか? お前のところのバカが俺にちょっかいをかけてきたんだが、どう責任取るつもりだ? 世の中には、踏んじゃいけないしっぽがあるんだぞ」
おっさんは俺の言った言葉が理解できなかったのか、小銃を構えていた男に何やら聞いていた。聞かれた小銃男がそれらしいことをおっさんに説明してやったようだ。
「それで、どう詫びるんだ? ……。返事がないってことはそういうことでいいんだな?」
俺がおっさんたち相手に遊び心を出していたら、部屋の外が騒がしくなってきた。俺が最上階に現れたことで慌てて駆け付けようとしているんだろう。手間が省ける。
注1:Guàiwù
「怪物」の北京語?のつもりです。