第11話 いつもの殴り込み。1
若い方の男の襟首を後ろから掴んで吊るし上げてやった。訳の分からない言葉をわめきながら手足をばたつかせるものの、後ろ向きなので土足が俺の衣服を汚さないところがありがたい。
こら! 俺の服の袖を汚い手で触るな!
そうだ! いいことを思いついた。最初からこいつの靴を脱がせてやれば確実じゃないか。
ということで、男の靴を左右とも後ろからそこらに蹴飛ばしてやった。ちゃんと短い靴下を履いていてくれたようで助かった。こんなチンピラの生足が俺の衣服にくっ付いたらキショイからな。
「おい! おとなしくしろ!」
足をバタつかせ続ける男の頭を後ろからはたいてやったら、文明開化の音の代わりにパカーンという軽い音がして、少しおとなしくなった。
その後、吊るし上げた襟首を揺らしながら、
「それでお前の事務所だかはどっちなんだ?」
「アッチ、アッチダ」
このまままっすぐ歩けばいいようだ。
男を吊り上げたままではどうも歩きにくいので、男を下ろして、襟をつかんだまま前を歩かせる。
道を行く連中が俺たちを避けて小走りに逃げていく。危ないものには近づかない。当たり前か。こら! そこで俺をスマホで写すな!
そのうち俺まで全国デビューしそうだ。だからといって、漆黒の稲妻模様の入る全身鎧ダークサンダーをここで装着してしまうと、それこそ全世界デビュー待ったなしだ。どうもこの世界、俺の不在中に生きづらい世の中になっていたようだ。
男の後ろから襟元を掴んで、まっすぐ歩いていたら十字路に出た。
「どっちだ。曲がるんなら早めに教えろ!」
パカーンといういやに軽い音。どうでもいいがこいつの頭の中には脳みそがちゃんと詰まってるのか?
「右、右ダ」
……。
「ソノ先ヲ、左」
男の指示に従って道を進んでいく。
「右手ニ見エル、細長イビルガウチノ事務所ダ。コレデイイダロ、放シテクレ」
「良いわけないだろ」
パカーン。
男の言うように確かに細長いビルが見えた。出入り口の前に男が2人立っている。朝っぱらから警戒してるのか? ご苦労なことだ。すぐにその仕事から解放してやるから待ってろ。
そうだ! こいつを逃がしてやれば、ご注進に行って、手間が省ける可能性があるか。大勢の男によってたかって暴力を振るわれるか弱き女性。やってきた連中を殺さずに半殺しくらいで生かしておけば、過剰防衛にはならず正当防衛が成り立つはずだ。よーし、その手でいこう。
「おい、俺の気が変わった。場所も分かったことだし、もう行っていいぞ」
そう言って襟元から手を放し軽く尻を蹴飛ばしてやった。
軽く蹴ったつもりだったが、男の頭がよほど軽かったのか、男はそのまま10メートルほど変な音を立てながらコロコロと転がって、そのまま動かなくなってしまった。
おいおい、脆すぎる。ガラス細工並みの脆さじゃないか。まさか今のでくたばってはいないよな?
ビルの前に立っていた二人組が、半分口を開けてコロコロ人間を見ていた。ただ、見ていただけで何もしなかった。いい判断だ。
俺は路上のコロコロ人間の横を通って、二人組の男の方に近づいていこうとしたのだが、通りすがりにコロコロ人間を見ると、着ていた服が丈夫だったのか、血を流しているのは頭と手からだけで、まだ息はあるようだった。頭が軽かった分ダメージが少なかったのかもしれない。頭の軽さが生存に有利に働いたということは、将来的に人類は頭が軽い人間ばかりになるかもしれない。こういうのを適者生存というんだったっけ?
コロコロ人間を路上に転がしたままにして、車にでも轢かれてしまうと轢いたドライバーが可哀そうなので、コロコロ人間の襟元を持って、道の脇に投げてやった。ゴミはゴミ箱へ。ゴミ箱がなければ、交通の妨げにならないよう道の脇にポイ捨て。社会の一員としての当然のマナーだ。
俺のボランティア精神にあふれた社会貢献を見ていた二人組の男は、明らかに俺のことを警戒したようだ。社会的好人物に対してこういった反社勢力は不思議と警戒する。
通りを見回したところ反社の男たち以外、観客はいない。これならSNSでの世界デビューはないはずだ。
せっかくの衣装を汚したくないから、どれ、久しぶりに、
「装着!」
俺は黒い全身鎧ダークサンダーを一瞬にして着込んだ。
ダークサンダーの表面には漆黒の稲妻模様が入っている。ある程度の素養を持った上で目を凝らせば、ダークサンダーの素晴らしい意匠に気づくはずだが、目の前にいる知性のカケラも感じさせない二人組では無理そうだ。
その二人組はいきなり目の前にいたはずの秀麗な俺がカッコいい黒ずくめのスーパーヒーローに変身したことに驚いていた。
悪の組織の下っ端構成員は、意味不明の奇声を発しながらスーパーヒーローにかなわぬまでも突撃をかますはずだが、目の前の二人は固まったまま動こうともしない。
一応、片手剣エクスキューショナーと片手こん棒リフレクター、それにダガーナイフ、スティンガーは『装着』の仕様なので腰に付けてはいるが、近接物理攻撃完全反射のダークサンダーを着ている以上、使う必要はない。せいぜい俺に殴りかかってきてこぶしを自爆で潰してくれ。よく考えたら、これほど固そうな鎧に殴りかかってくるようなバカはさすがにいないか。
固まってしまった二人組に向かって、一歩一歩近づいていくと、明らかに腰の引けた二人のうちの片方が、
「オマエハ、誰ダ!」
今の世界で赤の他人に名前を聞かれて軽々しく名前を教えるヤツはいないだろ? 個人情報保護法の時代のハズだぞ。それとも、大陸だと個人情報は保護されていないから、日本でもそうだと思っているのか?
俺は何も答えず、二人組に近づいていく。
そしたら、二人組の片割れが訳の分からない言葉を叫びながらビルの中に駆け込んでいった。どうせ、恐ろしくカッコいいスーパーヒーローがやってきたとでもご注進にいったのだろう。俺の思惑通りの展開だ。
残った一人は腰は引けたままだが、意を決したか自暴自棄になったか、俺に向かって腰の入っていないテレホンパンチを遠くの方から繰り出してきた。なんとなく牽制のつもりだったのかもしれない。そんな遠くからのパンチでは俺のダークサンダーには届かないので、パンチが俺に届くよう一歩前に出てやった。そしたらうまい具合に俺のヘルメットの左頬に男のパンチがヒットした。
バキッ!
腰の引けたテレフォンパンチだったが、ある程度の力も入っていたようで、男の握りしめた拳が変な音を立てた。