第101話 決戦前夜
瘴気サウナで英気を養いつつ、次の戦略を練った俺たちは、サウナにつながった気密通路の先の大浴場に移動した。瘴気サウナの扉は、元はお宝の祭壇があった部屋のレリーフ付きの扉を気密扉に改造したものなのだが、そのレリーフの絵柄が実に悍ましく、いい雰囲気だ。
大浴場の広さは15メートル四方。たしかタートル号の風呂場は4メートル四方くらいだったので格段に広くなっている。そこらの銭湯よりも広いんじゃないか?
浴槽の大きさは縦横7メール、深さはタートル号のときと同じ七十センチほどのものだ。洗い場は10人分付いている。浴槽の脇には温水器を兼ねたトルシェ謹製のゴーレム製ガーゴイルが2基置かれ、その口から適温のお湯が浴槽に流れ出ている。
脱衣場で裸になって、さっそく浴室に。ここの浴室の天井はなんでもカリブ海上空なんだそうだ。時差は12時間なので今は星の輝く夜空が見える。ちなみに東京の現在時刻は午前10時。れっきとした朝風呂だ。
トルシェとアズランも風呂に入ってきた。アズランはいちおうかけ湯をするが、トルシェは脱衣場で服を投げ散らかして裸になったら、そのまま湯船にドボンだ。それでも、脱衣場で服を脱いでいるし、裸で屋内をうろつきまわらないだけ進歩はしている。トルシェの投げ散らかした衣服は花子が拾い集めて俺たちの汚れ物と一緒に洗濯してくれている。
いったん湯に浸かって温まった俺は、湯船から上がり体と髪の毛を洗っていたら、湯船の方で、バシャバシャと水が跳ねる音が聞こえてきた。
見れば、トルシェが湯船の中で泳いでいた。泳いでもいいがバタ足するするなよ。トルシェの上げる水しぶきを、頭の上にフェアを乗せたままアズランが微妙に避けている。首から下はお湯の中なのに器用なものだ。
体と髪を洗った俺は、もう一度お湯に浸かってから風呂を出て体と頭をトルシェの温風ゴーレムで乾かし、花子が用意してくれた着替えを着て大広間に戻った。
広間の脇を拡張したトルシェの作業場では、20体ほどのブラックスケルトンがそれぞれガスコンロの上に置かれた大型の寸胴鍋を大きなしゃもじでかき回している。20体ものスケルトンが同じ動きをしていると壮観だ。寸胴鍋の中身は、夜の梅用の小豆だ。
小豆が煮上がると、いったん冷まして、砂糖蜜に数日漬け込み、甘さが染み込んだら悪魔コンニャクから作った羊羹の素に混ぜ合わせて型にはめて固まるのを待ち、出来上がりを竹皮で包んで贈答用夜の梅が最終的に出来上がる。悪魔コンニャクのエグみを取るためか本物よりもやや甘みが強いが十分美味い。
ガスコンロはプロパンのガスボンベにつながっている。プロパンガスをどこで仕入れてきたのかは知らないが大型のボンベが10本ほど脇に置かれている。
悪魔スキンの方は培養法を確立したそうだ。これでいくらでもスケルトン改造人造人間をレベルアップできる。
今では悪魔スキンに貼り替えるため、業界の重鎮に入れ替わった改造人間たちが、毎日2、3人涼音のマンションを訪れている。
俺たちは来るべき日に備えて準備を着々と進めていき、10月に入って政治結社『大日本育英会』を設立した。結社名の上に『大』をつけたのは、何かつけないとまずいと思ったからだ。
代表者は大川涼音。副代表が白鳥麗子だ。
『大日本育英会』の綱領は『日本国民を育み、日本国をあらゆる意味で秀でた国にする』
この『日本国民を育み』はもちろん、日本の青少年たちに健全な肉体を育ませることを目的とした全国組織、仮称ダークンユーゲント設立への含みである。
『大日本育英会』の本部事務所として涼音のマンションの下の階の空き部屋を1室買い取ってやった。そこに電話回線を何本か引いてスケルトン改造人造人間たちが事務員として働いている。この連中には一応戸籍を買っているのだが、業者によると戸籍の仕入れが極端に細っているらしい。行方不明者が減って供給不足になったのだろう。
間をおかず政治団体設立届を各都道府県に提出している。これで、政治結社から政治団体へ格上げだ。俺たちの場合、いまのところ公に政治活動するわけでも募金活動をするわけでもないが、早いに越したことはない。
そんな感じで俺たちの準備は順調に進んでいった。
涼音も白鳥麗子も来年の6月までに25歳になる。
年が明けた。
すぐに通常国会が開かれ予算の審議なども始まった。
このような状況で、今国会の会期末辺りで解散があるのではと3月あたりからメディアが盛んに喧伝し始めた。はっきりした理由はないにもかかわらず永田町に解散風が吹き始めた。
もちろん俺の指示だ。白鳥麗子には先に区長選挙を経験させたかったが面倒になったので衆議院選解散総選挙を仕掛けたわけだ。
そんな中、俺は銀二を巻き込むため涼音に銀二の属する大川組の組長である父親に電話をかけるよう指示した。
「おとうさん?」
『涼音、どうした?』
「この7月に衆議院が解散して、総選挙があるはずなんだけど、総選挙の話聞いてる?」
『そういう噂があることは聞いている』
「それでね、私25歳だから立候補しようと思っているの」
『ちょっと、電話が遠いんだが、もう一度言ってくれるか?』
「私、今度の選挙に立候補しようと思っているの」
『立候補って、そんな思いつきみたいに立候補なんてできないだろう』
「思いつきってわけじゃないんだけどね。
そういえばお父さん、去年山陰の○×市の市長選で新人候補が圧勝して市長になった話知ってる?」
『あれだけ話題になればな』
「あの選挙って、私を以前助けてくれた黒木真夜さん、本当の名まえはダークンさんっていうんだけど、その人が仕掛けたことなの」
『なんだって!?』
「で、今回もダークンさんが仕掛ける選挙だから、必ず私は国会議員になる」
『夢のような話だが、あの人が仕掛けているとなると、お前の選挙がどうのの前に応援しないわけにはいかんな』
「うん。
それでね、お父さんのところの銀二さんなんだけど、銀二さんにも立候補してもらいたいのよ」
『ぎ、銀二がか?』
「そう。ダークンさんがそう言ってたの」
『わかった。銀二を明日お前のところにやるからちゃんと話をしろ』
「ありがとう、お父さん。
あと、もう一つ」
『まだあるのか?』
「お父さんは、私なんかが国会議員に成れるはずないと思っているでしょうけど、○✕市の市長選と同じで間違いなく当選するわ。そしたら私は衆議院議員。しかも私は新しく立ち上げた党の代表だから、その党が選挙で過半数を取ってしまうと総理大臣になっちゃうの。その時は驚かないでね」
『お前の話しぶりからして、頭がいかれたわけじゃなさそうだが、そのうち病院に行ったほうがいいかもしれんぞ。ひどい目にあって体は良くなっても心は壊れているってこともあるらしいからな』
「もう、お父さんったら。そんなことはないから大丈夫。それじゃあね」
『じゃあな』
翌日訪ねてきた銀二は組長から何も事情を聞かされていなかったようだが、俺がちゃんと説明してやった。
「銀二、お前を国会議員にしてやるから大船に乗った気でいろ。それとお前は今日から堅気なんだから、妙な事件を起こすなよ」
「姉さん、俺にはおっしゃっていることが今ひとつ理解できないんですが?」
「7月に衆議院が解散されて総選挙がある。その時お前は俺の作った『大日本育英会』のナンバー3として立候補するんだ。必ず当選させてやる」
「俺が選挙に?」
「今言った通りだ。選挙に出るといっても特になにもする必要はない。ポスター用の写真を撮って、政見演説をテレビ局で録画するくらいだ。とにかく任せておけ」
「よくわかりませんが姉さん方にお任せしておけば大丈夫ってことですね?」
「そういうことだ。最初に言ったがバカなことだけはするなよ」
「はい! 姉さんの頼みなら、わたくし川口銀二はバカなこと以外どんなことでもいたします!」
「よく言った!」
という具合で川口銀二は俺の頼みを快諾した。