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アホノマキアalter  作者: 宇野大江
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藪漕ぎしてたら蜂に襲われた件

何時だか私は詩の中で自然の中にいる時人は見えないものに見られている、見えないものは悪戯したがっている、というようなことを書いた。先日見えないものに細やかな悪戯されたのでそれについて書いてみようと思う。


自然を守ろうとかいうお題目が宣伝される昨今だけれど、自然は本来荒々しく人をどうとも思わない側面があって、反面人に食料や鉱物資源をもたらすところもある。人間よりも一段上にいるという感じで、自然様からすれば守ってもらう、なんてつもりは全くなく、逆に日々の食い扶持を与えてやっているという感覚かもしれない。今自然環境が変わって人が住みにくい世界になりつつあるのも、人間に何かとてつもない悪戯をしてやろうというつもりかもしれない。そうでなくてもただ自然の中に踏み込んだだけでろくでもないことが起こる可能性がある。


私は趣味の関係で山に入ることが多く、先日も山で藪漕ぎしていた。ナイフで藪を払い視界を確保し、すぐ横が断崖になっているので下と前を交互に見てゆっくりと進む。目的地はあるのだけれど、そこまでの道筋がわからないから闇雲に探し回る。もし踏み外せば下の川に落下する憂き目に遭う。聞いた話では十年前までは車で通れたらしいが豪雨でこの川が氾濫してあちこちが一メートル近く抉れて低くなったそうで今ではこうする以外にこの道を進むことはできないという。確かに歩いていると道の真ん中を小川が流れていたり陥没したりしている。最早道ではなかった。藪以外の何物でもなかった。


そうして刃物を振り回しているうちに道は更に低くなり、川岸に出る。そこは二つの川が合流する地点で、色の違う石が川底で混じり合っている。錆びて朽ちたレールや油圧ポンプが断崖に突き刺さっている。そこから石の色を頼りに進む方向を決め、苔むした倒木の下を潜り更に上流を目指していたところで悪戯されたのだ。


不意に背後で野太い羽音がして振り返るとスズメバチがホバリングしながらこちらを睨んでいる。顔から僅か十センチくらいのところまで迫っていた。種類まではわからない。私は蜂にはあまり詳しくはないが、まだ六月の頭なのにちょっと大きいから、オオスズメバチの初期のワーカーかもしれないと思った。


もっともそれは私が上下とも黒い長袖の服を着ていたせいで、熊の仲間には入れてもらえるかもしれないが蜂からは歓迎されなかった。手袋だけは赤いのでそれで許してくれないだろうかと交渉したかったのだが、生憎話が通じる相手ではない。もし刺されて毒を打ち込まれてもここは山奥。麓に旅館があったけれども、聞くところによるとスズメバチの毒は打たれて十五分ほどで症状が出始め初回でもアナフィラキシーが発生する可能性があるという。その旅館はここから数キロ離れているのでどうしようもない。然りとて虫取り網も持ってきていなかったので下がったり前に出たりと蜂との距離を一定に保ちつつ、睨み合いながら逃げるタイミングを窺っていた。そのうちスズメバチが逃げるのを待っていたのだけれど、少し距離が離れたところで急接近してきた。


と、幸運にも下に払った手が蜂を直撃した。蜂は岸の岩場に叩きつけられ、そのすぐ下を川が流れている。

同時に私は飛び退き、川の中に片足突っ込んで膝下まで濡れた。濡れるつもりはなかったが、もうどうとでもなれ。聖書に右の頬を打たれたら左も差し出せとあるのでそれにあやかって逆の足も流れに突っ込み、後退りしながら距離を取った。


蜂は羽が濡れると飛ぶことができなくなる。この激流に落ちれば助かるまい。藪の方に逃げれば視界不良で分が悪い。仕留めるにせよ刺されるにせよ、水上なら次の一撃で決着する。そういう思惑があって川に入ったのだが、危険を冒してまで私の相手をするつもりはないらしく蜂は逃走した。


恐らくここは巣から離れた距離にあって、それで諦めたのだと思う。もし巣の近くで出会っていたら刺されていたかもしれない。川に入らなければ良かった。

スマホを弄り虫除けスプレーを吹き回り、刃物を振り回して、ひたすら文明の利器に頼っていた私だったが、危機ともなると一気に人がまだ自然の一部でしかなかった数万年前の狩猟時代に戻っている。蜂にこれ以上ないほど接近された時には恐怖でしかなかったが、その後の立ち回りでは何の感情も働いていなかった。ただ目の前の毒虫からどうやって逃げきるか。或いはどうやって殺すか。それだけしか頭になかった。


或いは、悪戯したのは私の方だったかもしれない。熊のような黒い服を着た阿呆に近付いたせいで、蜂は危うく水の中に沈められそうになったのだから。


思えば自然には立ち入る者を強制的にその輪の中へと引きずり込む側面もあったのかもしれない。自然に組み入れられた私が、動物的な本能で近づいてきた蜂を攻撃した。これも見えないものの悪戯なのかも。そんなことを帰りの車内で考えた。



秋になると蜂に刺されたとかいうニュースが流れますが蜂は冬以外ほぼ一年間活動しています。一年間危険なので山に入る際には色が明るめの服装をお勧めします。

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