暗殺者の君は遅い遅い遅いって言うけど、なにが遅かったのか教えてよ。〜世界で一番ゲシュタルトなプロポーズを君に捧ぐ〜
簡潔に話そう。真夜中、僕と君は屋根の上で戦っている。僕たちは同じ組織の暗殺者で仲間割れの最中だ。そして、僕にとってはプロポーズの最中だ。
君は僕に何度もナイフを投げて来た。屋根はナイフだらけで、至るところにナイフが刺さっている。
ナイフを投げる度に君は言った。
「遅い」
僕と君はコンビを組めば最凶の暗殺者だった。例え、神経に毒が回っても君のナイフだけは避けれた。君とずっと一緒にいたから。
僕は、君がナイフを投げるフォームもタイミングも分かっている。今だって。
君のナイフは今日、一度も当たらなかった。
僕は刺さったナイフを抜き取り、君の方へ投げ返す。君はまた――。
「遅い」
と言って、僕が投げたナイフの柄だけを器用に掴んで、奪い取った。
僕が「遅い」理由なんて本当は分かっているんだろう?
「僕は、君が……好きだ」
「……遅い」
そう言って君はボウガンを手に取って、僕の足に狙いを定めた。
飛び跳ねる僕に君は言う。
「遅い」
僕は、君の遅いボウガンの矢を掴んで、事実を報告した。
「僕、暗殺者やめるんだ」
「遅い」
「そうかな?」
ダーツのように君の腕を狙って、矢を投げた。君は、遅いとは言わなかった。君は僕の矢を――避けなかった。
腕に矢が刺さって大げさに倒れた君に僕は駆け寄る。ブラウスの袖が赤い血で染みていく。君の腕を掴んだ。
「ぐっ……腕を怪我してしまったら……」
暗殺者の仕事に支障が出るとのたまう、君の言葉を遮った。
「僕と一緒に消えよう」
「遅い」
「遅くないよ。君は死んだことにしよう」
「……遅い」
君は本当に頑固だな。
「遅いのは君の方だよ」
僕は笑えてるかな? とっさにマントを被った君に僕は、勢いよく両腕でナイフを振り下ろした。
人間一人が入っていそうな、ずた袋を路地裏のゴミ箱に投げ入れて時間が経った――。
ただのチンピラがゴミ箱を開けて、得体の知れないずた袋を引きずっていく。
監視の目は撒けたようだ。しばらくは泳がしてくれるだろう。
「……遅い」
「仕方がないよ。組織も一枚岩じゃない」
確かに、僕が「君は死んだ」と組織に報告してから、構成員が死体を回収しに来るのは遅かったけど。
「君を殺すのが組織を抜ける条件だったんだ」
「遅い」
「君も最後は分かってくれたでしょ」
僕の目的は君に一言も話さなかったけど、最後は僕の演技に一枚噛んでくれた。僕たちいつも一緒だったからね。
これからも……ずっと、一緒だよ。
僕たちはそれから、ずっと――旅をして、綺麗な宝石店に辿り着いた。今の僕たちは誰が見てもクリーンなカップルだろう。
僕は、金色の飾りボタンが揺れるブラウスの袖、がよく似合う君の腕を掴んだ。
「僕と結婚してください……」
「……遅い、よ」
「結婚したら、なにが遅かったのか教えてよ」
そう言ったら、君はだんまりとした。
お喋りな店員に話しかけられて、僕たちは二人のために婚約指輪を選んだ。
僕が迷う度に君は言う。その口癖がとてもたまらなく愛おしかった――。