36.東のオジジ
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「さて、東のオジジの家はこの辺だな」
「だねー。……でも、たくさんのプレイヤーが周囲を見張ってるよ?」
「暇人だな」
「だね」
スキル伝授を止めたのだから見張っていても仕方がないだろうに。
こんなことに時間を割くなら、別のことをしたらどうなんだろう?
「それで、どうやってこの中を入っていくの?」
「仕方がないから、真上から急降下」
「ですよね」
サイも諦めていたのかため息をつく。
俺は滑空でうまいことオジジの家前に位置取り……。
「急降下!」
「うひゃあ!?」
合計三十メートル近い急降下はさすがに応えたらしい。
サイが変な声を出してしがみついてきた。
「もう地上に着いたから大丈夫だぞー」
「うー、私は落ちたら転落死なんだから大事に扱ってよね!」
「落ちないようにしっかり支えていただろう? 非力な鳥人だからって心配しすぎだ」
「もう、そういう問題じゃない! ……そういえば、周囲が静かよね?」
「専用フィールドみたいなものに入ったんじゃないか? オババの家みたいな」
「ああ、あり得るわね。それじゃあ、東のオジジとやらに会いに行きましょう」
先ほどまでの不機嫌な態度もどこへ行ったのやら。
急に切り替えたサイが先を歩きドアをノックする。
「ごめんください。ここに東のオジジと呼ばれている人はいますか?」
サイの呼びかけに対し、扉の向こうからは返答がない。
「ごめんください!!」
「そんな大声を出すな! 聞こえておるわ!」
どうやら居留守だったようだな。
扉の向こうから、しわがれた男性の声が聞こえてきた。
「結界を張り直したというのに、どうやってここに入ってきたのじゃ。いや、また空色マーチのやつの知り合いか?」
うん、この人が東のオジジで間違いないようだ。
掲示板情報によれば、空色マーチとやらが破門されたのは東のオジジだったらしいからな。
「私たちは空色……なんとかさんの知り合いじゃありませんよ。西のオババからの手紙を持ってきました」
「なに? 西のからじゃと? ……ふむ、それならば結界をすり抜けてきたのも納得できる。いま鍵を開けてやるからちょっと待っとれ」
扉の向こうでガサゴソと音がしたあと、ガチャリと鍵が開く音が聞こえた。
そして、ドアが開くとひとりのお爺さんが出迎えてくれた。
「儂が人呼んで東のオジジじゃ。それで、西のオババはなんと?」
「いま手紙を出しますね。……ほら、フィート、手紙」
「ん、ああ。はい、これです」
オババに言われたとおり、緑色の便せんをオジジに手渡す。
するとオジジは乱暴に便せんを破り開け、中の手紙を読み始めた。
「ふむ……なるほど……。どうやら儂の軽はずみな言動がこの騒ぎの元凶のようじゃのう」
「えーっと、それは……」
「まあ、答えづらかろう。このあと姫様のところにも行くんじゃろうが、少し茶でも付き合っとくれ」
「……どうする、フィート」
「お茶ぐらいなら」
「うむ。こっちじゃよ」
オジジの家の中に入ると、オババの店とは違い薬品類は並んでいなかった。
代わりに薬草や資料が並んでおり、どちらかといえば研究者よりの人と見受けられる。
「……なんじゃ、儂の家がそんなに珍しいか?」
「ああ、いえ。オババの家とは大違いだなと」
「あそこの家は代々薬師の家系じゃからな。儂のように一代で研究者になったわけではない」
ああ、やっぱり研究者だったんだ。
「とりあえず、そこに座って待っておれ。すぐに茶を持ってくる」
四脚の椅子があるテーブルを指さしたあと、オジジは奥の方へと姿を消した。
台所のような場所がこの奥にあるのだろう。
俺とサイはおとなしく指示されたとおり、椅子に座ってオジジを待つことに。
「……さて、フィート。この状況、どう思う?」
「うーん、どうなんだろうなぁ?」
「あのオジジっていう人は冒険者に思うところがあると思うのですよ。それなのに私たち簡単に招き入れられてる」
「……そこは引っかかるよな」
「これが罠だったら笑うけどね」
「そうなのか?」
「うん、わらえる。ちなみに、私は【毒耐性】のスキルをかなり高レベルで持ってるから大抵の毒は効かない」
「そんなスキルもあるのか……」
「そうそう。取得条件はそんなに難しくないから、フィートにも今度覚えてもらうね?」
「わかったよ。でも、オジジがそんなまねするかな?」
「可能性の話をしているだけよ。もし毒を入れられても私が守ってあげるからね?」
情けない話ではあるが、ゲーム内ではサイの方がはるかに先輩だ。
荒事になったらサイを頼るしかないだろう。
「物騒な話をしておるのう」
「あら、聞かれちゃった?」
「途中からじゃがの」
途中からとはいえ、話を聞いていたらしいオジジはあっけらかんとしている。
特に気を悪くした様子もない。
「お嬢ちゃんの警戒も当然じゃて。先ほども、儂の家に無理矢理入ろうとした冒険者が痺れ罠に引っかかっておったからのう」
「……いろいろ物騒ですね」
「まったくじゃ。じゃが身から出たさびと思えば受け入れるしかあるまいて」
持ってきたお茶をすすりながらオジジはそう話した。
俺たちも出されたお茶に軽く口をつけ、話を続ける。
主に、サイが。
「それで、オジジはどうして私たちを受け入れてくれたの?」
「あのオババの知り合いというからじゃの。オババは儂以上に冒険者嫌いじゃて。オババの推薦ならば最低でも悪い人間ではなかろうよ」
ふむ、オババの信頼からか。
住人のつながりって侮れないなあ。
「それに、種明かしをすれば、コールカフで先ほど連絡が来ておったんじゃ。鳥人の青年とドワーフの少女がそちらに行くとな」
「……コールカフって便利ですね」
「便利じゃよ。さて、本題じゃが、儂も冒険者を調合ギルド……と言うか併設している学院に入学できるよう働きかけるとしよう。それで騒動が沈静化するかはわからぬが、騒動の原因となった身じゃ。協力するのもやぶさかではない」
「ありがとう、オジジ!」
「ありがとうございます」
「なーに、気にするな。……このあとは姫様のところじゃろう? じゃったら、姫様へのお土産にこの封印箱も持って行っておくれ」
オジジから手渡されたのは、装飾のあまりない無骨な箱。
なんとなくだが、不気味な印象を受ける。
「これは?」
「封印箱と言ってな、魔力の強い品や危険な品を運ぶ際に用いられる道具じゃ」
「つまりこの中は危険物と?」
「少々危険な薬草じゃ。間違っても封を開けてくれるなよ?」
オジジから念を押されながら、封印箱を受け取る。
これで、ここでの用事はもう済んだな。
「それじゃ、オジジ。私たちはもう行くね」
「うむ。騒動がこれ以上広がる前に沈静化したい。早く姫様も呼んできておくれ」
「わかりました。それでは」
サイを抱きかかえて再び上空へと飛び上がる。
今度の目的地は街の北側。
ミニマップの表示に従い、空を滑空で滑り飛ぶ。
そして着いた先だが……。
「ミニマップが示しているのは間違いなくここよね?」
「だなぁ?」
街にそびえ立つ白亜の塔だった。
ここに住んでいる姫様って一体何者だ?




