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この赤い糸、異世界まで繋がっていますか?  作者: みきいけ こた
第一幕:領主の娘〜フィーユ・アスプラール
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7話

王立貴族学院レ・ヌアージュ。

この国、コリネア王国の国中から、貴族の子息子女が集まり、13歳になる年からの5年間を通う学校である。

1年のうち、春から秋にかけて開校され、開校期間中は全寮制となっている。


日本の学校のような最低出席日数などの決まりはなく、学年ごとの進級試験と卒院認定試験さえ受かれば卒業資格がもらえる。

極端な話、1日も出席せずとも、決められた試験日に試験さえまとめて受けて合格してしまえば、何歳でも仮に13歳でも卒業出来てしまう。


貴族の子息子女は、領地によっても異なるが、多かれ少なかれ、大抵は15歳くらいまでには領地で何らかの役割に就く事が多い。

学院の卒業証明は、貴族にとって必須のものであるため、学院のシステムは、生徒各自の裁量で自由に通えるようになっている。

とは言え、在学期間中、王族や各領地のなるべく多くの有力貴族の家との顔つなぎを行い、人脈を築いておくことも、学院に通う年齢の子供達に与えられている重要な役割である。


また、18歳が成人のこの国で、年頃を迎える子供たちにとっての婚活の場としても重要な場所となる。

たいていの者は、スケジュールを極力調整して、開校中は、なるべく長い期間を学院で過ごしている。



今日は、学院の入学式である。

昨日に他の学年の始業式が行われ、上級生に迎えられる形で、新入生の入学式および入寮式は行われる。

ちなみに、保護者の参加はない。


ユウリは、名前を、この国の響きに合わせて、本名をもじって「ユリアン」とイリスに名付けてもらった。

愛称で呼べば「ユーリ」と本名に近い呼び名になる名前だ。

これからユウリは、「アスプラール領主の娘ユリアン」として学院に通う。


毒に倒れたマリエットの代わりの役ではあるが、マリエットの名前や顔が世間に割れていないこともあり、今回はマリエット本人の名前は名乗らない。

今後マリエットが目を覚ました場合に、途中からでも学院に通えるように考慮した形だ。

貴族は、他家からの余計な詮索や横槍を防ぐため、子供が何名いるといったことを公にはしないのが通例だ。

養子を取ることも珍しくない。


今後もしマリエットが学院に通うようになった場合には、ユリアンは「マリエットお姉様の妹」という設定に切り替えることになっている。


もっとも、ユリアンと名前で呼ばれるのは、友人など親しい者ができた後に、私的な場でのみである。

領主の子供は、基本的には、息子なら「フィッス+領地の名前」、娘なら「フィーユ+領地の名前」となる。

自分からの名乗り、他人からの呼称、どちらの場合も同様だ。

ユリアンの場合は、「フィーユ・アスプラール」である。

ちなみに、領主は公の場では領地の名前そのまま、イリスの場合は「アスプラール」が領主個人の呼び名となる。

通常の貴族は「さん」付けのところ、領主の子供は「どこどこ領の息子・娘」と呼ばれるわけだ。


領主の跡取りが正式に承認されて発表された場合には、その他の兄弟姉妹は、通常のさん付けに戻るが、それまでは一律にこの呼び方となる。

領主が原則的には世襲で決まるが故に、それだけ、領地を背負った行動が求められるという表れなのだろう。


(う〜ん、貴族社会、めんどくさーい!!!) 



ユリアンは、学院にはあくまで領主の娘として通い、マリエットの代わり役とは言っても、自らを「見習い聖女」と名乗るわけでない。


「仮に、周りがユリアンを見習い聖女だと勘違しても、それは、周りが()()()マリエットと混同したものだ。

マリエット襲撃の裏に、もし黒幕がいるのであれば、あちらさんが()()()勘違いして釣れるだろうさ。」


イリスが悪い顔をしてそう言っていた。

嘘は言わないけど、本当の事も言わないよというスタンスである。

まあ、そもそも領主の娘というのが嘘ではあるのだが。



アスプラールは、コリネア王国では中堅どころの領地である。

王国にある22の領地の中で、中の上といった存在力だ。

しかし近年、イリスの領地経営の手腕と、見習い聖女として活躍するマリエットの存在とで、めきめきと存在力を増してきている領地である。

あと10年のうちには大領地の仲間入りを果たすのではとさえ噂されている。


その注目の領地から、領主の娘が入学してくるということで、ユリアンは、今年の新入生の中で注目すべき1人として、各領地からマークされていた。



アスプラールの新入生は23名。

授業が始まると、領地は関係なく、学科と履修科目からクラス編成が行われるが、入学式などの行事は、領地単位で行動する。

4日前に領内で学生達の出発式が行われ、既に同級生との顔合わせは済んでいた。

23名中15名が男性、8名が女性である。

この国の男女比がほぼ半々の中でのこの比率は、「未来の領主の婿」の座を狙って、優秀な者を養子に迎え送りこんできた家があると予想された。


もっと言えば、アスプラールの他の学年の平均人数は10名程度である。

婿の座は家格的に厳しいと判断し、ワンチャン親友の座であれば狙えるのではと、同性の養子を用意してきた家もいくつかあったようである。


(う〜ん、貴族社会、めんどくさーい!!!)



入学式は、領地ごとに整列した新入生の入場行進から始まる。

ユウリは、オリンピック開会式での選手団の入場のようだなと思った。

「貴族」と「行進」という単語がなかなか結びつかなかったが、揃いの制服を着て、洗練された動きが身に染みついている貴族が、動きを揃えて歩く様というのは、なかなか見事なものである。


会場となる講堂は、オペラ座のように座席が円形にぐるりと舞台を囲んでいる。

座席には、領地ごとに上級生が着席している。

入場の行進は、先輩方に見せるように舞台上を一周してから、中央で整列する。


先輩方は、ただ単に入場行進を見物をしているわけではない。

上級生を中心とした各領の首脳陣たちの指示が飛び交い、領地間の勢力図を占うように、事前調査の資料と照らし合わせ、新入生達の分析を行う。


学院内の勢力図は、そのままではないものの、大人たちの貴族界にも影響を及ぼす。

したがって、学院が休みとなる冬の間、社交の水面下では、領地をあげて情報収集を行なったりと、学院の新学期に向けた準備が着々と進められている。

各領の新入生をじっくり観察できる入学式の入場では、どの領地でも上級生達が、真剣に舞台を見つめ、新入生たちの姿を見極めるのである。



入場の列は身分順となるので、アスプラールの先頭はユウリである。

他領からも、先頭に立つのが大注目のフィーユ・アスプラールその人であるとわかるので、どんな人物が現れるのかと、好奇の目が寄せられていた。


そこに現れた、宵闇色の中に練絹ねりぎぬのような白練色が輝く美しい髪を揺らし、凛として歩く少女。


その歩く姿は、羽根が舞うように軽やかであり、しかし同時に、存在感を放っているようでもあった。

真理を見渡すような黒い瞳は、なるほど聖女のそれであろうと皆が感じていた。



初手となる入学式の裏で繰り広げられる情報戦。

その佇まいでのみ勝負したユウリは、まずは勝利を収めたと言えるだろう。


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