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この赤い糸、異世界まで繋がっていますか?  作者: みきいけ こた
第一幕:領主の娘〜フィーユ・アスプラール
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6話

1か月半が経過し、今日は、イリスからユウリに行われる、採用試験の日だった。


イリスに魔物から助けられ、仕事の勧誘を受けたあの日、ユウリは全ての事情、異世界人であり、消えた新郎を探すためにこの世界に来たのだということをイリスに説明した。

イリスは、驚きはしたものの、荒唐無稽と切り捨てずにユウリの話を信じた。


実は、この世界には、過去に異世界人が来たことがあるという文献が残っており、イリスも話しに聞いたことがあった。

何より、目の前にいるユウリの、どこか不思議な魅力の説明には、「異世界人」というのが妙に当てはまるような気がしたのだ。



イリスからの提案は、ユウリがイリスの元で働く代わりに、イリスはヤヨイに関する情報がないかを集めて提供するというものだった。


「とは言え、あくまでここは一領地。他領や、ましてや他国の事となると、全ての情報を集めることは出来ない。

何の手がかりもない状態となると、オレから出せる情報が全くないなんてこともあるかもしれない。

……ま、闇雲に探すよりは、オレの領主という立場は使えると思うが、どうする?」


確かに、ノープランで飛び込んで来たユウリだ。

この世界の知識もない、人脈もないユウリにとっては、渡りに船の提案だった。


「やります!お願いいたします!!」



イリスには13歳になる娘がいた。

名をマリエットといい、貴族の中でも稀な、強い回復魔法の才能に恵まれ、誉れ高い「見習い聖女」として国中を巡っていた。


4カ月前のことだった。

遠征先での役目を終え、領地に向かうマリエットの馬車が、盗賊に襲われた。

当然、マリエットには優秀な護衛隊がついていたが、敵の数は護衛隊の10倍以上おり、更に敵は、凶悪にも毒を攻撃に用いていた。

馬車から出るなと言われたマリエットであったが、毒に倒れていく護衛隊を見殺しになどできず、回復魔法で参戦した。


護衛隊たちの実力と、マリエットの必死の回復魔法とにより、次々に敵が倒されていく中で、こちらは1人も欠けることなく善戦をしていた。

しかし数の暴力に、皆、満身創痍となり、魔力も底が近くなっていた。


そして、隠れて隙を伺っていた最後の敵が現れた。

護衛隊の1人が気づき、気力を絞り猛スピードで駆け寄り斬りつけたのと、毒矢が放たれたのは同時だった。

敵の放った毒矢は、無情にもマリエットに命中してしまった。


それから、マリエットは眠ったまま、今も目を覚ましていない。




ユウリには、王都にある学園の新学期に、今年から入学する予定だったマリエットに代わり、「アスプラール領主の娘」として、入学する役が与えられていた。


貴族の子供というのは、お茶会などでも開催しない限り、学園に入学するまでは他人と顔を合わせる機会を持たない。

早くから見習い聖女として忙しく活動していたマリエットは、お茶会には参加したことがなかった。


さらに、聖女の活動中は、深いフードのローブをかぶっているため顔が隠れており、見習いのうちは名を呼ばれることもない。


このため、「アスプラール領主には、見習い聖女として活躍している娘がいる」ということは知られていても、その名や顔は意外にも知られていなかった。

マリエットではなくユウリが入学したからといって、それを指摘する者はいないだろう。



マリエットは、盗賊に襲われたとされているが、その襲撃には不審な点が多々あった。 


まず盗賊の人数だが、この辺りに現れる盗賊グループは、多くても20名程の集団である。

生活に困った元農民や、解雇された商人崩れなどが人を襲うようになった、不成者たちの集まり、それが盗賊だ。

元が武力とは縁のない生活を送っていた者たちのため、襲うのは多くの場合が、商人たちの利用する乗り合い馬車か、用心棒を雇えても5名程度の小規模の商隊くらいのものだ。

対して、マリエットの馬車は、中規模の商隊を装った編成で移動していたため、通常であれば、それだけで十分に盗賊への抑止力となっていたはずだった。


それが、あの場には100名以上の盗賊が集まっていた。


そもそも、アスプラールの領政は、イリスの代で実現した失業者救済の制度がしっかりと確立しており、盗賊に身を落とすような者は、ここ十数年は出ていない。

襲われた場所は、他領内ではあったが、王都方面からアスプラール領のすぐ近くまで来ていた道で、あれ程の人数の盗賊がいたことは不自然であった。

王都方面からアスプラールに向かう場合にはいくつかのルートがあるが、その道はルートが絞られる最後の一本道で、まるで待ち構えたかのように現れた、その場所には不自然な盗賊団。


また、盗賊たちの中には、剣術を使いこなす者が数十名混じっていた。

そして、用いていた毒を使った戦法。

毒は、その入手経路も限られており、薬同様に高価な物だ。

仮に商人を襲った際にたまたま入手したものだったとしても、裏のルートで売れば大金に変えられるのに、果たして、どれだけの収穫が得られるかが不明確な突発的な襲撃に用いてくるものだろうか。


そして、多くの者が倒され敗北必至の状態になっても引かないなど、生きるために盗賊となった者が取る行動ではない。

まるで訓練された兵士が、服装だけ盗賊の服装で紛れていたような違和感があっだ。



イリスは、マリエットの襲撃の裏には貴族がいると考えていた。

聖女を抱える領地は、国内での地位が上がる傾向にある。

ここ何年もどの領地からも見習いが輩出されていなかった中で、実力は既にベテラン聖女並みにあるマリエットの存在は、既得権益を守りたい他領の貴族達には脅威に映っていることだろう。


実際には、領地の境などなく活動するのが聖女だ。

聖女が1人いなくなることで起こる影響を考えれば、それこそ国全体に経済的な大打撃を及ぼすほどの深刻な問題に繋がることもある。

しかし、欲というのは、視野を狭くするものなのであろう。


始末したはずのマリエットが、学園に問題なく通い始めた場合、再度、何らかの動きがあるはずである。


イリスは領主として、冷静さを失わず振る舞ってきたが、その内では、眠ったまま目を覚さない愛する娘に心を痛め、卑劣な襲撃への激しい怒りにハラワタが煮えくりかえっていた。

ユウリは、マリエットの襲撃について話す際に、一瞬だけイリスから剥がれた領主の仮面に気付き、その心情を察していた。

女優であるユウリだからこそ気付けた一瞬の揺らぎであったのかもしれない。

ユウリは、領主としての信念と行動力を持ち、それと同じくらい、深い愛情も持っていると分かった目の前の男を、信頼出来ると思えた。



「護衛はつけるが、危険を伴う役目だ。ーーそれでも、引き受けるか?」


イリスは、まっすぐにユウリを見つめ問いかけた。


「ふふ。13歳に、貴族に、聖女…。役の難しさに武者震いはしますけど、、やりますよ、もちろん。」

ユウリはニコリと微笑んだ。


「ヤヨイにこのままずっと会えない事の方が、私にはずっと恐ろしいですから。」



この一カ月半、ユウリは、執事のフォルカーに、この世界のこと、領地のこと、貴族の常識や振る舞いについてなどをみっちりと叩き込んでもらった。


幸いにも、言語は違うのに、不思議と読み書きと算数は問題なく出来た。

ユウリの感覚としては、日本語をそのまま話していて、相手も日本語を話しているように聞こえる。相手には、ユウリがこの世界の言語で話しているように聞こえるという。たまに「演技」のように、通じない言葉はあるが、それは訳す言葉が存在しないからであった。その場合はそのままの発音で聞こえる。

文字は、この世界の文字だが、ユウリには何が書いてあるかが自然と理解出来たし、書こうとすると自然に書く文字が頭に浮かぶ。

なんとも不思議で便利な機能だ。

この世界の別の言語でも同じように機能してくれるのか気になるところだが、この世界では少なくとも交流を持つような国では、少の方言のような違いはあれど、どので国も共通語が使われているらしいので試す機会はないだろう。


入学は13歳になる年からで、この国にはそれまでの年齢で通う学校はないため、皆同じスタートラインとなり、ユウリ1人だけが授業についていけないという事態は避けられそうだ。


そうなると最大の懸念点は、実際には17歳で、別世界の平民であるユウリが、13歳の貴族が集まる集団の中に入って、問題なく溶け込めるのかということだ。


通常の演劇では、その作り出した世界が、物語の外にいる観客に、ある種のリアリティとして伝われば成功と呼べるだろう。

しかし今回は、言わば観客が物語の中の登場人物だ。

観客にとっての日常の中に、演技で作り出した世界が異質に映ってしまえば、物語は成立しなくなる。

それは、演劇のない世界であっても、イリスにも容易に想像のつくことであった。


そこで、今日のイリスによる試験は、学園の入学式を1週間後に控え、そのまま計画を突き進めるのかを見極めるために設けられていた試験日であった。



そして、見事にお父様大好きの、可憐な貴族の少女役を演じきり、ユウリは合格を得たのであった。



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