3話
「ヤヨイは異世界にいる」そう確信してからは、ユウリのヤヨイ探しは、異世界へ行くことに焦点が絞られた。
ヤヨイと違って感覚派のユウリは、ヤヨイのやっていたような検証の作業はほとんどしたことがなかった。
…もっとも、ヤヨイのように、閃きを実験などを繰り返して、すべからく理論の構築までに発展させるような者はあまりいないだろうが。
ユウリも、勉強が出来ないわけではなく、むしろ進学校でも安定して上位の成績を修めており、ヤヨイの残したメモを辿り、時間をかけて研究を行っていけば、あるいは核心に届いていただろう。
そう、時間をかければ。
それは、今の状態のユウリには許容出来るものではなかった。
(ヤヨイが待っている。)
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ユウリは、目を閉じて2人の出会いを思い出していた。
「赤い糸の伝説のイメージを掴むために」などと言い、長い長い赤い糸を、道に張り巡らせて、リアル赤い糸の実験を行っていたヤヨイ。
糸の端を自分の小指に巻いて手ぐすね引いて待っていたヤヨイの元を、道端に長々と置いてある赤い糸の存在が気になり、反対側の糸の端を何気なく小指に巻いて手繰ってきたユウリが訪れたのだ。
ヤヨイはこの実験を、場所を変え、時間を変えて3度行ったのだが、なんと偶然にも、毎度毎度その場に遭遇して、赤い糸を回収してヤヨイの元を訪れたのはユウリだった。
1度目は何があるのかワクワクしながら、2度目からは呆れながら。
「まったく、実験だか何だか知らないけど、こんな酔狂なこと、またやっていたの?」
「赤い糸はあくまで伝説ですが、感触は掴みました。」
3度目の実験後、そう言って照れたようにヤヨイは笑った。
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「さてと、行きますか。」
目を開けて、両頬を勢いよくパチンと手のひらで挟みこんで気合いを入れ、ユウリは立ち上がった。
2人の新居から出発するユウリは、何故かまたウェディングドレスに身をつつんでいた。
行き先は、2人の結婚式を行っていたあの教会だ。
異世界転移に、磁場などの場所的な要因があると考えられることもあるが、今回ユウリが教会に向かう理由は、単に、「仕切り直し」の意味が強かった。
ヤヨイを見つけ出したら、中断してしまった結婚式の続きをする。そう心に決めて。
戦闘服のようにウェディングドレスを着こんだユウリの、左手の薬指にはエンゲージリング、そして小指には、あの時の赤い糸が巻かれている。
異世界転移の方法を解明したわけでもないのに、実現すると信じて疑わない。
それがユウリのユウリたる所以である。
「魂は異世界を行き来できる。」
ヤヨイの作品の中で、主人公が導き出していたその説は、正解に近いものとして描かれていた。
それを前提に、ユウリは考えた。
ーーーあの日、結婚式から帰ってきた自分が、呆然として過ごした期間…。
あれは、魂と体との接続が切れた状態だったと言えないだろうか。
魂は体に入っているけれど、体を動かす意思が止まっていた状態ーーコンセントは繋がっているけれど、電源が入っていないような状態のようなものを想像した。
そうであるなら、逆の状態、つまりは体が休止して、意思だけが動いている状態になれれば、体は手放さずに魂状態になれたことにならないだろうか。
そうすれば、体ごとの転移も可能になるはずだ…!
ユウリは女優だ。
実は、父親にアメリカ人のハリウッド俳優、母親に日本の国民的女優を両親に持つサラブレッドである。
大好きな両親からの影響もあり、ユウリも子役から演劇の世界に身をおいてきたが、両親の方針と、ユウリ自身が七光を嫌ったことから、両親の事は世間から隠して生きてきた。
このため両親とは別居で、たまの面会時には、お互いに変装と演技で別人に扮することになっていた。
親の愛に飢えているという事はなく、むしろ父親などはユウリを溺愛してウザいくらいであったが、一人暮らしの長さは、ユウリの様々なスキルを育てていた。
この特殊な環境が、ユウリの演技力を磨いた。
15歳という若さで国際映画祭で女優賞を受賞した輝かしい経歴の持ち主であるが、これも、仕事の巡り合わせなどの幸運はあったかもしれないが、紛ごうことなくユウリの実力で成し得たものであった。
(魂になる演技か……難しいけれど、必ず演じてみせるわ。)
ユウリは決意を固め、教会へと入っていった。