1話
「お嬢様、お館様が到着されました。」
「まあ、お父様が!すぐに参ります。」
鈴を転がしたような弾んだ声の返事とともに、読んでいた分厚い本から弾かれたように顔をあげ、嬉しそうな笑みを浮かべる少女。
澄んだ黒い瞳に、肩までまっすぐに伸びた艶やかな髪は、宵闇のような黒に、左の前側半分ほどが絹のような白という特徴的な髪色で、神秘的な印象を与えている。
大人びた雰囲気を持ちながらも、透明感のある白い肌を桃色に染めて、喜びを素直に表す顔は、無邪気な少女らしさを感じさせた。
父親を出迎えに玄関へと向かうその姿は、貴族らしい優雅な動きでありながらも、スキップをしているかのようにどこか弾んでいる。嬉しさを隠しきれないといった少女のその様子に、声をかけたいぶし銀の完璧執事フォルカーも思わず目元を綻ばせる。
「光の道を正しく進み、訪れた出会いに感謝を申し上げます
…お帰りなさいませ、お父様。予定よりずいぶんお早いお戻りでしたのね!」
淑女の礼をとり、貴族の再会の挨拶を優雅に伝え、少女は父親を出迎えた。
「光の道を正しく進み、訪れた出会いに感謝を
…ただいま、ユリアン。今日はユリアンと過ごす約束だからね、仕事を頑張って片付けてきたよ。
書斎で話しをするとしようか。フォルカーも一緒に来てくれ。」
娘からの礼を受け、同じく貴族の再会の挨拶を返し、父親が微笑んだ。
書斎に移動して、フォルカーがお茶をいれると、父娘のお茶会がはじまった。
デザートは、父親からのお土産である、今、王都で女の子たちに大人気だというケーキだ。
「私はあまり詳しくはないが、娘への王都土産なら絶対にこれがいいと勧められたので買ってみたよ。」
それは、女の子に人気だというのもうなづける、ピンク色の苺クリームで造られたお花がたくさんデコレートされている、見た目も華やかなショートケーキだった。
「まあ!とっても可愛いらしいですわね!」
少女がケーキを見た瞬間、声を弾ませた。両頬を押さえ、キラキラと目を輝かせる少女の姿は、
「お嬢様の方が可愛いですわぁ〜!」と、給仕した熟練のメイド長が、思わず鼻息も荒く心の中で反応してしまうほどに愛らしい。
そんなユリアンの様子を、父親も目を細めて眺めている。
「お父様、王都のお話しを聞かせてくださいませ!王都では他にどのような流行があるんですの?」
父娘のお茶会は、ユリアンがウキウキと質問をして、それに父親が穏やかに答え、ユリアンが目を輝かせてその感想を言うといった風に、終始和やかに進んだ。
ユリアンの、貴族の令嬢としての品を備えながらも、久しぶりに帰ってきた父親に甘える無邪気な可愛らしさには、側に仕えるメイド長や執事のフォルカーなど、優秀な使用人の面々も、思わずほっこりとタレ目になるほどだった。
ケーキを食べ終えると、ひと息ついてから、書斎から人払いがされた。
2杯目のお茶を一口飲むと、いよいよ本題というように父親が椅子に足を組んで座りなおした。
父親ーーイリス・アルフォンス・アスプラールは、この地アスプラールの領主である。
長身でがっしりとした騎士のような体つきをしていて、茶色味かかった赤い髪を、銀の髪留めで緩くまとめている。
整った顔立ちに、力強く輝く濃紺の瞳は、見た者を惹きつける。
「さて、ユリアンよ、」
ユリアンに向けられた濃紺の瞳がギラリと光る。
「ーー化けたな。」
ニヤリと、イリスは楽しそうに口の端をあげた。
「あらありがとうございます、イリス様。
ということは、合格ですか?」
そう微笑むと、ユリアンの纏う空気が変わった。
先ほどまで、お父様と呼んで嬉しそうに甘えていた相手を名前で呼び、王都の話しをねだり、久しぶりの親子の時間に嬉しそうに甘えていた幼さはすっかり消え、どこか艶やかさすら感じる大人の雰囲気に変わっていた。
「ああ、見事だ。演技というものでここまで変わるものなのだな。
これであれば学園に入学して、学生達と交流しても問題あるまい。」
ふぅ〜。
イリスのその言葉を聞き、ユリアンこと、西園寺 侑梨は、安堵の息をはいたのだった。