プロローグ
-ー-病める時も、健やかなる時も、
富める時も、貧しき時も、
愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?
窓から祝福のような陽光が降り注ぐチャペル。
進行中の若い2人の結婚式は、幻想的な雰囲気に包まれていた。
静まり返った空間に、エコーをかけたようによく響く、外国人牧師の少し訛りのある日本語での問いかけは、まるで真偽を見極める魔法の呪文のようだ。
「はい。誓います。」
雰囲気に呑まれることなく、淀みなく、誇らしげな新郎の宣誓が朗々と響く。
「新婦ユウリさん。あなたはここにいるヤヨイさんを、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、
愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
(ああ、幸せだな。
この人とであれば、本当にどんな時でも、愛し、敬い、慈しむ事が出来るって、確信を持って言える。)
多幸感に満たされ、感極まって喉の奥がつまりかけたが、お腹の底から上がってくるような熱を感じながら、まっすぐに顔を上げて、新婦もしっかりと前を向き宣誓する。
「はい、誓います。」
続く指輪交換で、こちらを向いた新郎の、滅多に見ることのないキリリっとした表情に、新婦が思わず笑みこぼれる。
何度も練習して、スムーズに出来るようにしてきたが、それでもお互いに少し手が震えるのは、緊張というよりは、幸せを噛み締めてのものだろう。
そして、ヴェールアップ。
なんとなく恥ずかしくて、はっきりとした打ち合わせを避けていたけれど、新郎はきっと、おデコにキスを落としてくれるはずだと新婦にはわかっている。
いつの日だったか、大事な本番を前に柄にもなく緊張していた新婦に、落ち着かせるおまじないのように新郎が優しくしたおデコへのキス。
それが、今では2人の間での大切な時の挨拶になっていたから。
「それでは誓いのキスを」
牧師さんが優しく微笑んでから一歩下がったのを合図に、新婦のヴェールが優しくあげられ、二人、見つめ合う。
ヴェールの下から現れた、優しく幸せそうな美しい新婦の微笑みに、一瞬見惚れたように、ピクリと新郎の動きが止まりかけた。
(ふふ。さっきまでのキリリ顔はどこへいったの。)
新郎の少し潤んだ瞳に愛しさが溢れ、新婦は幸せを強く噛み締めていた。
新婦より15センチくらい上にある新郎の顔が、少しずつ、ゆっくりと下に近づいてきてーーー
次の瞬間、
「っ!!!!!」
目を開けていられない程の眩い光が、一瞬でその場を満たした。
……何が起こったのかよくわからないまま、ようやく目を開けたそこには、
新婦のすぐ側にあったはずの、新郎の姿だけが消えていた。