力の継承
西暦2020年12月31日。
年の瀬も佳境となり、人々は陽落ち、月が昇り、そして新たなる陽が再び昇ることでやってくる2021年に胸をときめかせていた。
2021年になったからといって何かが大きく変化するわけではない。しかし、新たなる年を迎えることに人々は喜びを抱えていた。来年こそは、今よりももっと良い年になるように……来年も今年と同じように平穏な年となりますように……様々な想いを胸に老若男女関係なく今日だけは心穏やかに過ごす。
「ようやく時間ですか」
「さて……本番はもう始まっちまうんだ。さっさと終わらせようぜ」
「アベル、もう少し節度のもっと言葉を選びなさい。これから何万人も死んでしまうのだから」
「そいつは悪かったな。だがこれも……俺達が望んだわけじゃない。望んだのは他でもない人間だ」
「その通りだ。だから、俺達は俺達にしかできないことをする。開戦の時は近い。各員用意しろ」
黒いローブをまとった集団は胸にかけていたペンダントを手にとる。細い糸の先にはそれぞれ何かを模したような形となっていた。
「共鳴魂」
一瞬の閃光をまとい、彼らは漆黒の闇に飛びだって行く。これから始まる戦いへ向けて彼らは飛んでいく。
〇●〇●〇
「もう、お兄ちゃんっ!」
「え、あ、なんだ?」
「私の話、聞いてた?」
「ごめん……」
「いっつもそうだよね!」
「ごめんって……機嫌を直してくれよ、奈央」
大切な妹の奈央は「知らない」と言ったままそっぽを向く。それでもどこかへ行ってしまうわけではないのだから、本気で怒っているわけではないのだろう。
なんとかして奈央の機嫌を直さないとな……
久々の奈央との外出に気分は上がっていた。おまけに、もう間もなく時計の針が0時を刺し、新たな時代の幕開けを告げようとしている。
「それにしても、どうして一緒に初詣に行こうって誘ってくれたんだ?」
「うん……」
辺りにはむせかえるようなほど人がいる。ある者は家族と、恋人と、友達と……皆が今日のこの一瞬を大切な人と過ごそうとしていた。
「おとうさんとおかあさんが死んで、今年で10年になるじゃん? 私達が大人になったよー! ってことをしっかりと伝えたいと思ってさ……」
「あぁ……そうだね。奈央も高校生か……」
「そういうお兄ちゃんは3月から就職でしょー? 私のことを養っていけるのかなー?」
「余計なお世話だ。これでもしっかりと準備はしているだぞ」
父と母が死んでから10年が経ったことにいまいち実感はない。
両親は交通事故であっけなく死んでしまった。大きな列車事故だった。俺と妹も巻き込まれたのだが、奇跡的に一命をとりとめ、両親の死を受け入れながら生き続けている。
最初は施設に預けられ、親戚をたらい回しにされた。行き着いた遠い遠い親戚は、妹の身体で金儲けを狙っていることに俺は気がつき、妹を連れて着の身着のまま逃げていった。幸いだったことは、両親が残してくれていた莫大な遺産をちゃんと相続していたことだろうか。何故、まだ11歳と7歳だった俺達に遺書を残していたのかは未だに不可解な点だ。しかし、しっかり者の両親に感謝をしなくてはいけないと常々思っている。
「あれ? 今何か……?」
「お兄ちゃん?」
「何か空を横切らなかったか?」
「さぁ……? 私見てなかったから……それよりも! ほら、順番来たよ! カウントダウンしよっ!」
「そ、そうだな」
『10……9……8……7……6…』
数字の大合唱が境内に響き渡る。
年が明けてからは、本当に就職活動にしっかりと取り組んで、妹が大学に行けるくらいの余裕は作ろう。いくら遺産があるといっても、いつかは底をついてしまうのだから。妹が安心して暮らせる世界を俺がつくろう。俺が欲しいものは今年も同じだ。
『5……4……3……2……1……』
熱狂が最高潮に高まる。
しかし、0が告げられることはなかった。
代わりに上がるのは悲鳴の協奏曲。隣にいた人の首が吹き飛んだ。前にいた人の足が引きちぎられた。何もかもが赤の世界に変わりゆく。
「逃げるぞっ!」
俺は奈央の手を取って走り出した。
「えっ?! なにっ?! なんなの?!」
「わからないっ! でも、逃げようっ!」
走り続ける。あてはない。とにかく、境内にいることが危険だということは理解できる。一刻も早く、ここから抜け出さなくてはならない使命感に駆られていた。
階段を下ろうと眼下の街並みを見た俺は絶望する。
街の至るところから炎が上がっている。上空から白いローブをまとった何者か達が街の人々に向けて攻撃をおこなっている。
一方的な大虐殺が繰り広げられている。
ここが戦争を放棄した日本だと誰が信じることができるだろうか。
「お兄ちゃんっ!」
奈央が叫ぶ。
白いローブの何者かが槍をこちらに振り下ろそうとしていた。
「ド畜生目がっ!」
突然上空の白いローブが矢に討たれ、落ちていった。死体は残ることなく、光の粒子と変わり、消えていく。
「坊主、生きてるか」
木々の隙間から、今度は黒いローブを着た男性が現れた。
「おいおい、俺は敵じゃねぇ」
咄嗟に俺は奈央を後ろに隠し、戦闘体制に入っていた。
男はため息をつきながらも、近づいてくる白いローブを次々と撃破していく。射的の様子を見ているかのようだった。男の動きに無駄はない。もちろん、余計な被害を広げることもない。
「ここは危ねぇ……逃げな!」
「逃げるっていったってどこにっ!」
「んなこと俺の知ったことか! お前には守りたい奴がいるんだろっ! だったら、それだけで走る理由は充分だろっ!」
「……あぁっ!」
俺は再び奈央の手を繫いで走り出した。
だが、妙にその手の軽さを感じる。
何かが足りない。
決定的な何かの欠如が焦りを生む。
後ろを振り向くことが怖い。
それでも俺は確認をする。
「あぁぁぁぁぁぁっ!」
俺は奈央の手を繫いでいた。
だが、その先には何もない。あるのは「手」という存在だけ。
あの笑顔の彼女は、あの温かな彼女はどこにもいない。
目に見える世界から消え去ってしまった彼女。
俺は奈央と一緒に生きていたかった。
まだ返せていない想いが言葉がたくさんあるというのに。
こんな別れをするだなんて誰がわかるというのだろうか。
「うっうぉぉぉぉぉぉぉ!」
「咆吼を忘れるな」
聞いたがない声が俺の頭上からかけられる。
白いローブをとり、中には対照的な黒いスーツを着た中年の男が俺の真後ろへと降りてきた。
「悲しみは戦場ならばどこにでもある。だが、人はいつしか戦場に立ち続けることで悲しみを受け入れられなくなる。大切な者だったのだろう。済まなかった」
「謝って……謝ってどうにかなるのかよっ!」
俺は男へ殴りかかる。
数秒後、俺の体は吹き飛ばされ、樹木に強く打ち付けられた。
「どうにかなるとは思っていない。だが、謝罪の気持ちはある」
「だったら返せっ! 奈央を返せって言ってんだよ!」
「僕にそんな力はない。残念ながら僕には奪う力しかないんだ。それでも……いつかキッと、この力で世界を平和にしてみせる」
「ふざけるな……ふざけんなよっ! 俺の平和を壊しておいてっ!」
俺は再び男へ走り出す。
俺を止める者がいた。
先ほど白いローブを射っていた男だ。
「離せ……離せって言ってるだろ!」
「坊主正気になれっ! カシエルとやり合おうってのか?! 人間よりも4段階も高位の存在だぞっ!」
「……その弓。第14柱レラジェと見た」
「そうだぜ。だが、こいつは何だ! こいつはいったい何がどうなってやがるんだ!」
「少年の大切な人を奪ったことは申し訳ないと思っている。だから次は少年を救済しよう」
「救済だ?! こいつは殺戮だ! この世界の言葉を学び直しなっ!」
レラジェと呼ばれた男がカシエルへ走り出す。
手には鋭く彎曲した独特な剣を持っていた。
レラジェの攻撃をカシエルは苦もなく避け続けた。隙をついて、レラジェに攻撃をすることもある。第三者から見て、レラジェが勝つ可能性は限りなく低かった。それでも彼は諦めることなく、向かい続けている。
「なぜ人を守る」
「さあな!」
「志は同じでも過程が違うのであれば殲滅する。それが僕の使命だ」
「ぐがっ!」
レラジェの胸に銃弾が撃ち込まれる。
続けて銃弾が撃ち込まれる。
しかし、レラジェは俺の前に立ちはだかり、決して膝をつこうとしない。
戦いには負けたが、勝負には勝った。
先に根負けしたのはカシエルだった。
カシエルは構えていた銃を下ろすとため息をついた。
「僕はどうかしている。だが、致命傷に変わりはない。戦場という場所には悲しみの上に成り立つ。ここは悲しすぎる」
カシエルは背を向けるとその場から立ち去っていった。
俺は弾かれたようにレラジェの元へと駆け寄った。
「おい、しっかりしろ! おいっ!」
「坊主……怪我はないか……」
「あぁ、ねえよっ!」
「そうか。だったら、お前は戦えるな」
レラジェが俺にペンダントを差し出す。
矢の形の赤い石が付いた不思議なペンダントだ。なぜだか力を感じる気がする。
「お前の妹はまだ生きている。魂は奪われた。だが体はある。俺が死ぬことで呼び出してやる。だから、お前は俺の願いを叶えるんだ」
「……妹は生きているのか?」
「それが生きているのかお前の感じ方次第だ。それでも魂さえ取り戻せば、また日常を遅れるようになるはずだ。だから戦え。俺の代わりに戦えっ! レラジェの名を継ぐんだ」
「……俺が戦う」
「さぁ、誓えっ!」
「わかった……俺が戦うっ!」
レラジェが笑う。
「それでいい。お前には諦めない心がある。だから諦めるな。絶対に諦めるな」
レラジェが光の粒子となり消えて行った。
残されたのは俺と意識のない奈央だけだった。
戦いの炎はまだ続いている。
「俺は……戦うさ。絶対に負けない……!」