1,異世界
メインキャラクターを新たに二体製作できるというのは、基本的に他のVRMMOでは一つのアカウントに一つのメインキャラクターが常識だったからだ。この決まりにはやはり不満を持つものもそれなりにいたため、《クリエイティブライフ・オンライン》に人がながれてきたのだ。
こうして、ファンタジー世界を舞台としたレベルプラススキル制VRMMORPG《クリエイティブライフ・オンライン》は今もなお、愛され、人気ゲームの座を守り続けているのだ。
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かくいう俺こと六月翔も、《クリエイティブライフ・オンライン》を愛しているプレイヤーの一人だ。
俺はリリース当初からこのゲームをプレイしていたいわゆる古参プレイヤーである。
高校を卒業してすぐに就職をし、一人暮らしを始めた俺は、まだあまり値段が落ちていないものの流行りだしていたVRゲームに手を出したのだ。
初めは、VRゲームを買うなら、MMORPGにしようと決めていた関係で、このゲームを手に取った。その頃はまだゲームも種類はあまりなく、VRMMORPGもこれを入れても十に満たない程度しかなかったのだ。だから、その中でも比較的自由度の高そうな《クリエイティブライフ・オンライン》を選んだのだ。
その結果、友人がほとんどいないうえキャラメイクも好きなことが幸いして、俺はこのゲームにドはまりしてしまった。それからはほぼ毎日のようにゲームを起動していたのだ。
今は毎日の日課のようになっているこのゲームを、いつもよりも少しばかり遅い時間で、起動しようとしているところだった。
「しかし、今回のアップデートはずいぶんと時間がかかったなぁ」
そう、大型アップデートが実施されたのだ。そのせいで、俺はいつもなら仕事が終わって帰宅し、飯や風呂などを済ませた、夜9時の起動ではなく、予想よりもアップデートに時間がかかってしまったために夜10時の起動となっていた。
俺は確かにこのゲームが好きだが、こういう時は細かく内容を見ないようにしている。あくまで大雑把に確認をして、後はゲーム内でのお楽しみ、というのがいつもの俺のスタイルだった。
そのせいもあってアップデートがどれほどのものなのかしっかりと判断ができなかったのだ。
「ま、いいや。さっさと始めよう。ただでさえ遅れての起動なんだから時間がもったいない」
《クリエイティブライフ・オンライン》がプレイできるVRゲーム機はヘルメットのような形で、それを頭にかぶり、目を瞑った状態で特定のワードを発することで起動され、柔らかい何かに沈み込むような感覚とともにゲーム空間に移動できる。
「ログイン、ダイブ・スタート」
俺は布団で横になり目を瞑って起動するためのワードを口にした。
途端に意識が何処か別の場所へ落ちていくかのような感覚に襲われる。
その日の起動は、普段とは違っていた。
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俺は今までとはどこか違う感覚を覚えた開始時に疑問を抱きつつも、目を開けた。
そこは、本来なら前回ゲームを止めた位置である宿屋の個室のはずが、爽やかな風が吹き抜ける、踏み固められてできたような一本道のあるだだっ広い草原だった。
「あれ? バグか?」
実はこの《クリエイティブライフ・オンライン》はあまりバグが発生しないことでもひそかに有名なのではあるが……。
これはさすがに大型アップデートの後だから仕方がないのか?
「そういえば、位置ズレ以外には変なこと起こってないよな?」
ふと思い立ったその可能性を確認すべく、軽く右手を横へスライドさせるように振りメニューを開く。
すると目の前に、インターネットのウィンドウのようなものが表示された。
そこにはペーレイアという今俺が操っているキャラの名前と、バックなどのさらに細かなメニューが表記されていた。
俺はメインキャラをすでに三キャラ作成していた。男一人と女二人だ。
初めはその自由度故いろいろといじくっているうちに、なんとなく自分のタイプの女キャラをクリエイトした。そしていざ作っては見たもののあくまで自分のタイプというだけであって操作したいわけではないと、冷静になりまともに男キャラを製作したのだ。この時の女キャラはタイプ通りに作ったこともあってなかなか消す気になれず、とっておいた。
しかし、プレイしているうちにどんなゲームでもあるようなレベル上限に達してしまい、結局新しく別にキャラを作って始めた。それがもう一人の女キャラである。
俺のタイプの女キャラはやっぱり操作するのはなんか違うと思い、しかし、このゲーム特有の自身とは異なる性別のキャラを操作したかった俺は、タイプの見た目ではなくこんなキャラいたら面白そうという考えのもと製作した、見た目はおかしくない程度に能力によせた女キャラを創りだした。その時のイメージは、普段は勝気で慎重、しかし一度スイッチが入ると周りが見えなくなり、簡単には止まらないそんなキャラのイメージだ。
だが、結局はそのキャラもカンストしてしまい、消す気にもなれなかったため、仕方なく自分のタイプで作ったキャラも育成し始めたのだ。
そして今はそのキャラがちょうどカンストして、久しぶりに前のキャラに戻っている最中だった。
それが、ペーレイアという二回目に製作した能力からみた目をなんとなくイメージした女性キャラである。名前の由来は初めはレイアとなずけようとしていたがありきたりだと思い、何か付け足そうとした結果、ログインする前に見ていたテレビに映っていたペンギンを思い出し、頭にペーを付けたのだ。決してピンク色のよく笑う芸能人ではない。
「ふむふむ。キャラステータスに異常はなしと。所持金も変わらずで、装備もきっちりとつけてある――あれ?」
そこでだいたい大丈夫かと思われたメニュー画面で一つだけ異常に気が付いてしまった。
「ログアウトコマンドがねえ……」
ゲームから異世界に行っちゃうような小説にありがちな、ログアウトボタンの消失現象が発生していた。
もちろんどれだけVR技術が発達しようとも、小説というものは消えたりはしなかった。
俺も、社会人になってからはあまり無時間もなかったが、それでも好きな小説はすきを見て読んでいたのだ。そんな中でも俺が好きだったのが、異世界やら転生、転移といった要素の入った話だった。
そういった話にはMMORPGの世界からそれによく似た異世界へというものもあったのだが、それらを判断するのは大体が妙な現実感のある風や地面を踏みしめる感覚や、ログアウトボタンの何の脈絡もない消失だった。
ちなみに、《クリエイティブライフ・オンライン》では、ログアウトコマンドを選択すると、即時ログアウトではなく、ログアウト、キャラチェンジ、ホームワープ、の三つが表示され、その中から一つを選んで実行するとログアウトなどができるという仕様となっている。キャラの変更はそのログアウトコマンドをタッチした後に出てくるメニューにあるキャラチェンジから行うことができる。
ホームワープは、宿屋や自宅(クリエイティブライフ・オンラインではゲーム内で購入できるギルドホームを示す)などの拠点を二つまで登録しておくことができ、そのコマンド一つでその登録してある場所にワープできるというものである。
「そういえば確かに、妙に風の感覚が生々しい気がする……。てっきり大型アップデートで現実感が増したのだとばかり思っていたけどこれは確かに再現されすぎだなー……」
そもそもここで考えていても仕方がない気もするな。最後に二つだけ確認して近くの町まで行くか。それでここがゲームの世界なのか、何かが起こってしまい異世界とやらに飛ばされてしまったのかなど、いろいろわかるはずだ。……もし本当に異世界に来てしまっていたらどうしようか。当然、一人とはいえ親しい友人もいるし、家族もまだ健在。帰りたくないわけはないが……。
まあ、今考えても仕方がないものは仕方がないのだ。
さて、確認しておきたいことの一つはアイテムである。
当然のように《クリエイティブライフ・オンライン》にもアイテムは存在し、各プレイヤーは100までアイテムを持てるアイテムボックスを使用できた。この100という数字はストックしたうえで持てる個数なので、正しくは100種類までもてるわけである。
それ以外にも1000種類ものアイテムを預けておけるアイテム倉庫も存在するが、あれは基本的に宿などの拠点登録できる箇所でしか開くことができないので今回は放置する。
それで、俺のアイテムボックスだが、この世界に来る前はアイテムをあまり預けなかったせいで、九割方埋まっていたはずだ。それが今はどうなっているのか、残っていてくれるとありがたいのだが……。
アイテムボックスはメニューから開くことができる。
恐る恐る、しかし素早くメニューからアイテムボックスを開く。そこにはゲームを終了したときと同じであろうアイテムがそろっていた。さすがに何がどのくらい入っていたのかをきっちり把握しているわけではないが、おそらく減っても増えてもいないだろう。
「よかった……」
これで安心してもう一つの確認したいことを確かめられる。
それは、掲示板である。
このゲーム、自由度が高いゆえに様々なシナリオが用意されており、初心者はたまに何から始めればいいのかわからなくなる、といった事態に陥るのだ。もちろん玄人も、情報量が多すぎて、シナリオとシナリオが交差し次の手順がわからなくなるといったこともあった。
そこで運営が用意したのが、掲示板である。
これは一昔前に流行ったネット掲示板の形式で、メニュー画面より選択できる。すると目の前にメニュー画面と同じような画面が現れた。
しかしそこには《Error》とだけ無機質な文字で表示されていた。
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「早くしろ! 都が沈むぞ!」
凛とした女の声が響く。しかし、声は力強くとも、言葉の端々には焦りや緊張といった感情が見えた。
「しかし陛下、兵を出すのはそれなりに時間がかかります。それに、何人かの貴族が私兵を出すのを渋っている有様です」
「貴様、ふざけているのか? 都の一大事だというのに、兵を出し渋る? その間抜けはいったい何を考えているのだ。それをただ聞いてこうして伝えに来たお前もお前だ。無理やりにでも連れて来ぬか、このたわけが!」
よほど腹に据えかねたのか、一息で罵声を言いきり、深呼吸を一つする。
怒鳴られたにもかかわらず、騎士はみじんも動揺を見せず立っていた。
「……すまぬ。あまりの内容に怒りで何も見えなくなった。騎士副団長とはいえ、たとえ私の命令でも上流貴族に無理を言うことなどできんな。それで、なぜだせんか言い分くらいは聞いてきているのだろう?」
「まことに申し上げにくいのですが、奴らはわけのわからないことを百や二百も並べ立てておりまして」
あまり申し上げにくさを感じさせずに、徐々に雑になるその連絡のために訪れた副団長に、おもわず笑みがこぼれる。
「ふふ、とうとう奴ら呼ばわりとは、おぬしなかなかに肝が据わっておるの。まあ、このような状況では誰も気にせんな。で、なんだ、結局はわかっておらぬのか?」
「いえ、建前がはっきりとしないというだけで、結局のところ、この地を捨て逃亡するつもりなのでしょう。その際の護衛として残しているかと思われます」
その言葉に、陛下と呼ばれた女性は、予測していたとはいえ思わず眼を細くした。
「全員か?」
「いえ、私兵団の所有を許可されている貴族で、わずかな私兵しか持たない四公爵を除き、出兵を渋っているのは、侯爵にはおらず、伯爵三家、子爵五家、男爵にもおらず、です」
「そうか。細かくは後でリストアップしておけ。しかし……それなら、ぎりぎり足りるか?」
軽く悩むような素振りの後、副団長が口を開く。
「本当にぎりぎり、しかも『予想外』がなければ、ですがね」
「仕方あるまい。団長が準備をしていたな、行くぞ」
妥協すると決めてからの行動は早く、確認を取りながら歩き出す。副団長もそれに黙々と従った。
なんとなく投稿。
適当な作者ですがどうか、よろしくお願いします。