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四日目 異世界に通じる鏡

 今日もまた、あの学校に向かう。学校では「七不思議もう全部見た?」と聞かれ続けている。一日一つしか話せないから相手も焦れったいだろう。

 下駄箱の並ぶ中を通り抜ける。昨日見た掲示板は相変わらずボロボロのままだ。今日は花子ちゃんがいないみたいなので、昨日の骸骨さんの話を頼りに歩き出した。


「踊り場の、大きな鏡……」


 階段を一つ一つ上りながら呟くと、一つの影が踊り場に立っているのが見えた。その姿に驚いて息を飲む。私の気配に気づいたのか、それは私を見て妖艶に微笑んだ。


「あら、こんばんは」


 私と同じ背格好、私と同じ顔立ちでその人は言う。スカートをひらりと揺らして私の目の前まで踊り出た。


「一回しか見ていなかったからちょっと不安だったけども、割とちゃんと真似できたみたい。……ちょっと、貴方ぽけっとして大丈夫? そんなに驚いたの?」


 ふふ、と楽しそうに笑いながら彼女は私の頬を冷たい指でつつく。呆然と固まる私を見つめ、あらあら、と言って今度は抓まれた。痛い、と小さく抵抗すると、彼女は笑みを浮かべたまま手を引っ込めた。


「七不思議を探している柏井ちゃんでしょ? やっと会えて嬉しい」

「私、そんな有名なの?」

「えぇ、人間が来たのは久々だからね。物珍しいの」


 彼女は上機嫌に微笑んだまま、浮かれた声で話す。あっ、と言うと彼女は言葉を続けた。


「自己紹介を忘れていたね。私は鏡子(きょうこ)、鏡に住む……幽霊なのかな。まぁいいや、よろしくね」

「鏡の中に住んでいるの?」

「うーん、ちょっと違うのよねぇ。貴方には特別に見せてあげようか。私、柏井ちゃんのこと結構気に入っているの」


 鏡子、と名乗った彼女は幼く明るい笑顔を見せる。あんまりまっすぐに好意を向けられ、思わずキュンとした。

 鏡子さんはするりと私の手を取り、おいで、と歩き出す。どこに行くの、と問う前に、彼女は鏡の中に一歩足を踏み入れた。驚いて慌ててその場で立ち止まると、彼女は首を傾げた。


「柏井ちゃん?」

「ど、どこに……」

「大丈夫、安心して。ちゃーんと此処に戻るから。異世界に放置することなんてしないわ」


 ね、と私の顔をしたままウインクをする。手を引かれるまま一歩踏み込むと古い家の中に立っていた。……彼女の家の中だろうか。隣に目を向けると白装束を身にまとった、半透明の女性が立っていた。黒い艶やかな髪を揺らし、黒い目を細めてこちらを見た。


「……鏡子さん?」

「えぇ。何かお菓子でも……ううん、異世界のものは飲み食いしちゃ駄目よね」


 口元で拳を作り、彼女は目を伏せる。しかしすぐに何か思い立ったのだろう、鏡子さんはぱっと顔を上げた。そしてひんやりと冷たい白い手で私の手を握った。


「此処を少し案内してあげる。きっと気に入るよ」


 そう言って微笑みを浮かべた彼女は、私の手を引いて外に出た。外には木が沢山立っていて、緑広がっている。森の中で暮らしているのだろうか。おいで、と言って彼女は歩き出した。

 しばらく歩いていると木々の中に一つ池が見えてきた。その近くに私と年の近そうな男の子がしゃがんでいる。何か喋っているのか、木が風に揺られる音に混ざって微かな声がいくつか聞こえる。鏡子さんの後を追い、その池に近づいた。


「……鏡子?」


 可愛らしい声が鏡子さんの名前を呼ぶ。男の子と彼の足元で丸くなっていた猫も驚いたようにこちらに目を向けた。鏡子さんは笑顔のまま、ひらひらと手を振った。


「久しぶり、水月(みつき)も天邪鬼も猫又さんも、元気そうね」

「えぇ。あら、また随分と可愛い子ね。こんばんは」


 水の中から一人の女性に声を掛けられる。赤い着物を身にまとった優しそうな女性。足には青白い鱗がついている。昔絵本で見た人魚姫のようで……人魚?

 彼女の顔と青白い魚の尾を交互に見る。すると池の中の彼女は、ふふ、と声を上げて上品に笑った。


「ご覧の通り、私は人魚よ。名前は水月。そこの猫は猫又で、そっちの男の子は天邪鬼」

「えっと、私は柏井。それでえっと……本物?」

「面白いことを聞くの。作り物ではないぞ」


 尻尾が二つに分かれた猫はしわがれた声で言う。唖然としていると、男の子が私の顔を覗き込んだ。赤い目はじっと私を見据えている。


「お前は人間か? それとも妖怪の類のものか?」

「人間だよ」

「そうか。久々に俺らを見る人間に会えたな」


 赤い目を細めた天邪鬼は優しい声でそう言った。水月さんは水の中で尾を揺らして、にこにこと微笑みながら、そうねぇ、と言っている。久々、ということは昔にはこの人たちの姿が見える人が多く居たのだろうか。

 しかし鏡子さんだけがきょとんとした、どこか納得していないような顔をした。


「あれ? そうなの?」

「鏡子さんは幽霊だから、まだ多いだろうけどね。妖怪を見る人はほとんどいやしないよ」

「それでも稀にいるけどの。その子のように我らが見える子が」


 そう言いながら猫又が足元に頭をすり寄せた。そっとしゃがんで頭を撫でると、ご満悦な表情を浮かべてゴロゴロと喉を鳴らした。

 ザァ、と木を揺らす風が通り抜ける。それと一緒に微かに祭囃子と楽しそうな声が聞こえてきた。音の先を探そうと首を動かす。私たちの来た方とは逆方向から聞こえてきているようだ。


「夏祭りだよ、人の世でもあるだろう? 俺らの世にもあってな。興味があるなら見に行けばいい」


 天邪鬼が音の先に目を向けながら丁寧に教えてくれた。


「ありがとう。……少し変わっているんだね、天邪鬼なのにとても優しいなんて」

「それはの、こいつ初恋相手の人間の女の子に、意地悪言う人は嫌いだって怒られてな」

「余分なことを言うな爺猫」


 天邪鬼は猫又を睨み付けて低い声で言い放った。水月さんと鏡子さんはからかうようにくすくすと笑っている。

 さて、と鏡子さんが声を上げる。私の手を取って立ち上がらせ、綺麗な笑顔をこちらに見せた。


「七不思議の噂通り、見せてあげないとね。じゃあ、私たちは行くね」

「鏡子、日を跨ぐ前にはちゃんと此処から連れて元の場所に戻らせてあげなさいよ。またいつかね、柏井ちゃん」

「うん、またいつか」


 水月さんに手を振り返し、鏡子さんの後ろを歩き出した。徐々に三つの話し声は遠くなり、代わりに楽し気な祭囃子と騒ぎ声が近付いてくる。木々の隙間からちらちらと明るい光が漏れ出ている。二つの木の間にできた隙間をくぐり抜けると別世界のような光景が広がっていた。

 屋台がいくつも立ち並び、小さな提灯は真っ赤に輝いて充分すぎる明かりを放っている。道を行き交う影は誰も彼も変わった形をしていた。一本足の傘に一つ目の少年少女、角の生えた女性や顔のない人など、いわゆる妖怪が楽しそうに騒ぎながら歩いている。


「これが七不思議の一つ、鏡の中の異世界。異世界では、この世ならざるものの宴が開かれているっていう噂もあるんだよ」

「おや、鏡子さんじゃないか。その子は新入りか? それとも観光か?」

「あら、鬼さんこんばんは。この子は観光に来たのよ」

「そうかそうか。ようお嬢ちゃん。見た目は怖い奴らが多いが皆気は優しいからな。安心してくれ」


 一本角の男性が明るく笑いながら頭を撫でる。小さな背丈の妖怪たちが目をキラキラさせて近寄って来た。


「人間だ、人間だ! 僕、初めて人間を見たよ」

「本当だ! 私、ご本でしか人間を見たことなかったの、嬉しいなぁ」


 キャッキャと周りで楽しそうな声を上げている。私の思っていた妖怪とは全く違って、とても明るくて普通の人間みたいだ。鏡子さんはすぐ隣で微笑んでいた。


「私たちは人間が好きでね。だから貴方と会えて嬉しいのよ」

「そうなの?」

「そうよ。……でも、あんまり長くは居られなさそうね」


 鏡子さんは真剣なまっすぐとした視線を遠くに向けた。微かに見える明かりはゆらゆらと右へ左へ揺れながら少しずつ、少しずつ近づいてくる。それを見た周りの妖怪たちは慌てて私に目を向けた。


「人間でしょ、あんた。白狐様に見つかる前にさっさと戻りなさい」

「え、白狐様って……」

「あとで教えてあげるよ。だから今は急ごう」


 ぐい、と鏡子さんは私の腕を引いて走り出した。祭りの明かりから少し離れた大きな木の後ろに身を隠す。……逃げるんじゃなかったのだろうか。そう聞こうとしたとき、鏡子さんは口元に人差し指を押し当てた。彼女は、動かないで、と口だけを動かした。

 風の音も草木の揺れるざわめきも、さっきまでのにぎやかさまでもが一瞬で消える。身動き一つでもしたら、居場所がすぐにわかってしまうだろう。そっと木の陰から祭りの方を覗き見る。素人目に見ても高価そうな白い綺麗な着物を身にまとい、目元に紅を引いた赤色をした目の、人離れした美しさの人。あれ、あの人ってこっくりさんの……。

 何人かの天狗を引き連れ、その人は通り過ぎた。わいわいとざわめきが戻ると、鏡子さんは安心したように胸を撫で下ろして息を吐いた。


「ねぇ鏡子さん。どうしてお狐様から逃げないといけないの?」

「白狐様は人が好きでね、よく隠してしまうの。気をつけてね、神様には好かれても嫌われても良いことないわ」


 隠すって、神隠しのことだろうか。……ちょっと怖い神様だったのか、前会ったときはそんな風に感じなかったけども。


「……あら、もうそろそろ帰らないとね。行こうか、柏井ちゃん」


 鏡子さんは目を細めて手を差し出す。こくりと頷いて、白い生気のない華奢な手に自分の手を重ねた。

 鏡子さんの家に戻り、部屋の鏡から古びた学校に戻って来た。ひょい、と鏡の中から出て廊下に足を降ろす。鏡子さんも白装束をまとった、さっきまでの格好のまま鏡から出てきた。


「じゃ、また行きたくなったらいつでもおいで。私も皆も、歓迎するわ」

「ありがとう、とても楽しかった。またね、鏡子さん」


 妖艶な笑顔を浮かべて手を振る鏡子さんに手を振り返し、背を向けて歩き出した。



 柏井ちゃんが階段を降りて行って見えなくなった。少しだけ、名残惜しいかな。


「鏡子さーん!」

「あら花子ちゃん、こんばんは。さっきまで柏井ちゃんが居たのよ」

「えーっ、鏡子さんだけズルい! 私も遊びたかったなぁ」


 む、と子供らしく頬を膨らませる。珍しく、随分お気に入りみたいだ。でもまた会えるからいいや、と彼女はすぐにご機嫌な笑顔を見せて去って行った。

 ……教えてあげればよかったかもしれない。好かれて困るのは神様からだけじゃないって。私たちのような類のものからでも充分すぎるくらい危ないって。

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