再会
洗面所の鏡に、切美が、映っていた。
笑っていた。
剛は何がどうなっているのか、さっぱりわからなかった。夜、いつもどおりに布団で寝ていたのに、目が覚めると、まだ暗い部屋の中、寝間着姿のまま、いつのまにか洗面所の鏡の前に立っていたのだ。
身体の感覚がない。首から上だけが、自由に動かせる。
鏡を見て、剛は目を疑った。
切美の顔に、化粧がほどこされていたのだ。
ありえない。化粧品はすべて処分したはずなのに。
その疑問に答えるかのように、鏡の中の切美は右手を前にさしだした。
それを見て、剛は、ふざけんな、そんなのありかよ、とつぶやき、歯を食いしばった。
右手には、赤と青の色彩ペンが握りしめられていた。机の上のペン立てにさしていたものだ。
切美の化粧は、顔に色彩ペンを塗ったものだったのだ。
まぶたにはアイシャドウの代わりに、青の色彩ペンが塗られていた。その無機質な青色は、瞳に呪いをこめたかのような陰気な雰囲気をかもしだしていた。
唇には口紅の代わりに赤の色彩ペンが塗られていた。塗るときに失敗したのか、唇の両端から頬まではみだしており、まるで口が裂けているかのように見えた。
そんな化粧でも、鏡の中の剛の顔は、しっかりと切美に変貌していた。
「あなた、わたしを消そうとしたわね」切美の目は血走っていた。「あんなに愛してあげたのに、わたしを消そうとしたわね」
剛の胸の鼓動は狂ったように速くなった。自由に動かせる首から上だけが、小刻みに震えだす。
「許せない。あなたを完全に消してあげる。ただでは消さないわ。残酷で苦痛に満ちたやり方で、あなたをこわしてあげる」
「何をする気だ?」
震え、かすれた声で、やっとそれだけ聞けた。
「簡単なことよ。あなたの身体を完全にのっとるために、身体をもっと女に近づけるの」
切美は洗面所を出た。
そして部屋の机の前に来ると、机の上にあったハサミを手にとった。
「何すんだよ」
剛は泣きそうな声で叫んだ。
「言ったでしょう。あなたの身体を女に近づける。つまり、あなたの男の部分を取りのぞくのよ」
切美は寝間着のズボンの中に、広げたハサミの刃をさしいれた。
その意図を察して、剛は気を失いそうになった。
冷たい金属の感触がそれに触れると、剛は頭をふりまわしながら、言葉にならない悲鳴をわめきちらした。首から下は、直立不動だった。
切美はそれを楽しむかのように、ハサミの取っ手をにぎる指に、ゆっくりと力を入れた。
ハサミの刃は、ゆっくりとそれに食い込んでいった。切れ目から桃色がのぞくと同時に、赤い血がいきおいよくあふれだし、それから黄ばんだ白い汁がにじみ出たあと、それは切り落とされた。
剛は天井をあおぎ、がっと短く叫んだあと、そのまま頭を後ろにたおして動かなくなった。
切美はズボンの中に手を入れて、切り落とした肉塊を取りだすと、すぐに投げ捨てた。
畳の上に落ちたそれは、醜くちぢこまっていた。
切美はそれを見下ろして、優しくつぶやいた。
「さようなら、剛君」
おわり




