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ゲート:キーパー  作者: なぎは
第一章 野崎 楓
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二人の子羊(4)

「どうして……私の体が透けているの?」


痛みや違和感があるわけではない。しかし、目の前で起きている自分の体の変化に戸惑いを隠せない。そんな楓を冷静に分析するように見つめたあと、シンはそっと呟いた。


「存在が消えかかってるんだ」


「え……?」


楓の脳裏に浮かんだのは、聡と自分の母の顔だった。


「……私、行かなくちゃ。聡さんに伝えなきゃ!」


ふらついた足で二人の元へ向かおうとすると、シンにセーラー服の襟をぐいっと引っ張られた。


「わっ、なに!?」


「落ち着け、子羊A」


パッといきなり手を離された楓は、勢いあまってコケそうになる体勢をなんとか立て直すと、聞き間違いかと疑いシンの言葉を繰り返す。


「子羊……A?」


シンは得意そうな笑顔で楓を見下す。


「そうだ。どうせ消えて生まれて来なかったことになる奴の名前なんて、いちいち覚えるのは面倒だからな。ここへ迷い込んで来た者をそう呼ぶ」


ちなみに聡は子羊Bだとか、そんな話はどうでもいい。

楓は歯を食いしばり、覚悟を決めたように腕を大きく開いてシンに向き合った。


「私は……ここにいる!私も聡さんも消えない。消させない!どんな人生だって意味のあるものだって分かったから!だから……うー……」


楓はこれ以上シンに訴えかけるよりも、早く聡たちの元へ行かなくてはいけないという気持ちが逸る。しかし、この状況にどうしていいか分からなく涙目になった楓を見て、シンはプッと堪えきれずに笑いだした。


「ははっ、お前の気持ちは分かったよ」


「え?わっ、きゃーーーっっ」


シンは楓を担ぐと、そのまま地を蹴り空を飛ぶように走った。あまりの速さに楓は目を回しながら絶叫している。




楓の意識がはっきりと戻る頃には、母親の実家が目の前にあった。


「ここに聡さんが居るの?どうして私のお母さんの場所を……?」


「おそらく無意識だろうな。コーズに意識を持っていかれかけてたんだ」


悠長に話していると、家の中からガラスのような物が割れる音と女性の悲鳴が聞こえてきた。


「お母さん……!」


楓は慌てて玄関のドアへと向かう。幸い鍵はかかっていなかったため、すぐに家の中へ入ることが出来た。そのままの勢いで、楓は音のした二階へと階段を駆け上がっていく。


「聡さん!やめて!」


二階の奥の部屋に二人の姿はあった。思った通り、聡のコーズが楓の母の体に巻き付き襲い掛かっている。その母の下半身は、すでに影に呑み込まれて沈んでいた。


「聡さん!」


何度も聡の名前を呼ぶが返事は無い。それどころか目は虚ろになり、聡自身の意識は無くなっているようだった。

楓の母を助けようとシンが一歩前へ出ようとしたその時、足首にコーズが巻き付きシンは体制を崩した。その一瞬のスキの間に、楓は母の元へと駈け出していた。


「ばっ、待て!!」


シンの叫びが楓に届く前に、もはや頭しか見えなくなった母に手を伸ばし、楓はコーズの中へと飛び込んでしまっていた。


「くそっ」


足元のコーズを振り払い、慌てて沈みそうな楓に手を伸ばしたが一足遅く、楓は母と共に真っ黒な影の中へと完全に沈んでしまった。


「……シン、こうなってしまっては、あの子はもう戻れない。諦めて目の前の子羊Bを助けるのよ」


悔しさを噛みしめているシンの背中に向かって、リリィの凛とした声が飛んでくる。


「ああ……そうだな」


シンはふらふらと立ち上がり、聡をキッと睨みつけた。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


右も左も真っ暗な闇。自分たちの姿以外は何も見えない。

どれくらい意識を失っていたのか分からない。しかし、楓の左手にはしっかりと母の手が握られている。そのことにホッとした楓は、もう一度辺りを見渡す。


「私、どうしたらいいんだろう」


行き場のない不安に、ボソッと呟く。すると、遠くの方で何かが光ったのが見えた。


「ん?何だろう、あれ」


楓は母の手を強く握ったままその空間を進んでいくと、見えてきたのは小さな光の玉がふよふよと浮かんでいるだけだった。


「これ……火の玉?」


まさかね、と自分の乏しい発想にあきれながら、光の玉にそっと触れる。すると、それは光を放ちながら楓たちを包んでいく。


「きゃ!何!?何が起こって……」


あまりの眩しさに強く目を瞑る。しばらくして光が徐々に収まると、楓はそっと目を開けた。


「……え?」


先程まで周りは真っ暗な闇だったのに、いつの間にか豪華なお屋敷の一室だった。

楓は窓の外に見える庭の景色や、部屋の雰囲気ですぐにここがどこか理解した。


「ここ……玲奈さんの家?」


隣の部屋から、幼い少年と男性が言い争っているような声が聞こえてくる。母をソファーに寝かせると、楓は音をたてないようにその部屋へと近づき、ドアの隙間からリビングのような部屋の様子を窺う。


「あれは……聡さん!?」


見た目は5、6歳ぐらいの幼い少年だが、どこか聡の面影が残っている。その少年を怒鳴りつけている男性は父親だろうか。見た目はとても整った顔や体をしている。しかし、真っ黒な短い髪とスーツのせいか、纏っている雰囲気はどこかピリピリしている。


「一体なにがどうなって……」


困惑している楓の後ろから、スッと一人の女性が部屋の中へと入っていった。


「え、あれ!?玲奈さん……?もしかして私のこと見えてない?」


勇気を出して自分も部屋の中へ入っていく。しかし、そこには自分たち家族しかいないような振る舞いに、楓の姿はここに居る者誰一人認識していないんだと気付く。


「あなた、もうやめて!そこまで怒鳴らなくても聡は反省しているでしょう?」


玲奈の言葉に、やはりこの男性が聡の父なのだと確信する。


「うるさい!お前は口を出すな!大山家の人間ともあろう者が、片付けもろくに出来ずにどうするんだ!だいたいお前はいつも遊んでばかりで……」


「うるせーばか!」


聡は小さい身体で、大きな父親へと反抗する。しかし、父親の一発の平手打ちによって聡はその場で痛む頬を押さえながら、怒りと悔しさに涙しながら耐えていた。


「ひどい……」


その涙の意味が痛いほど分かる楓にとって、この状況は見ているのが辛かった。


「あなた!いい加減にして!」


その場を落ち着かせたのは玲奈だった。母の胸の中で泣きじゃくる聡を背に、父親は怒りが収まらないまま部屋を後にした。


「…………」


楓はただそれを見ている事しか出来なかった。すると、周りの風景にノイズが走る。


「えっ!?」


気が付くと真っ暗な夜空の下に、ゲームセンターの前でたむろしている学ラン姿の聡が居る。周りに居る友達らしき人たちも、いかにもガラの悪そうな男の子たちだ。


「あんな家ぜってー帰んねぇ」


聡が憎しみを抱いたような強い眼差しで遠くを見つめながらそう呟くと、再びノイズが起こり一瞬で周りの景色が変わる。


「今度はコンビニ?」


背丈が少し大きくなり、今度はブレザー姿の聡がガムを片手に何か呟いていた。


「思い知らせてやる。お前らが屑のせいで、俺も屑に育っちまったってな」


そう言うと、わざと店員に見えるようにガムを制服のポケットに入れて店を飛び出す。聡はすぐに店員に捕まり両親と警察が呼ばれた。


「聡さん……」


何度も店の人や警察に頭を下げる父親の後ろで立っている聡の表情は、物凄く辛そうに見えた。


(聡さんも本当は分かってるんだ。こんなことをしても何にもならないって)


そう思った瞬間、再び周りの景色が変わり、元の聡の家へと戻ってきた。


「お前はどれだけ家族に恥をかかせれば気が済むんだ!」


父親の怒鳴り声に、思わず楓もその気迫に後ずさる。会話の内容からして、先程の万引き事件直後なのだろう。お互いの主張が激しい騒音となり楓の頭の中を襲い始め、もはや何を言っているのか聞き取れなかった。


「……っ」


激しい頭痛の中目に飛び込んできたのは、怒りの限界を通り越して、野球のバットを片手に父に思い切り振りかざそうとする聡の姿だった。


「聡さん!だめぇぇぇ!!」


これから起こるであろう最悪の事態を想像した楓は、力の限り叫んだ。そんな楓の横を風のように通り過ぎて行ったのは、玲奈だった。


「……!?」


夫を背に庇うように、大きく手を広げて聡の前に立ちはだかった。それに気づいた聡だったが、振り下ろされたバットを止めることは出来なかった。


「あぁ……」


血を流して倒れこむ玲奈の姿がそこにあった。悲惨な惨状に、楓は思わず両手で顔を覆う。

周りの景色は再びノイズを起こし、曖昧な記憶を見ているかのように景色が流れていった。


「こんなことになるなんて思わなかったんだ」


「俺がしたかった事はこんな事じゃない……」


「俺はこれからどうすればいいんだ」


聡の悲痛な横顔を最後に、周りの景色はじわじわと真っ暗な闇へと戻っていった。闇の中へと消えていく聡の横顔を見つめたまま、楓は今までの情景が何なのか確信を持った。


「これは……聡さんの過去の記憶だったんだ」


楓は以前聡から聞いた言葉を思い出していた。


『……俺は、自分の母親を殺したんだ』


自分が故意に殺したわけではないのに、ずっと罪の意識に囚われて苦しんでいた。自分が生まれなければよかったと思うほどに。その痛いほどの想いに、いつの間にか楓の目から涙が零れていた。


「聡さん……」


彼の名を呼んだその時、暗闇の中から誰かが近寄ってくる気配に楓は振り向いた。そこに居たのは、楓がこの世界で出会った姿の聡だった。


「……聡さん。私、あなたに伝えたいことがあるんです」



どんな辛い思いをしても、どんなに相手を傷つけても


生まれてこなければよかった人間なんて一人もいない。




聡は静かに頷いた。




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