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ゲート:キーパー  作者: なぎは
第一章 野崎 楓
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二人の子羊(2)

しばらく走り続けた楓は、息を切らしながら住宅地の端にある公園に辿り着いた。その公園にはブランコと滑り台と鉄棒、そして小さな砂場の横にベンチと水道があるだけの、ありきたりな小さな公園だ。

その公園のブランコに、探していた彼は座っていた。


「はぁ……はぁ……見つけた……」


楓が静かに近づくと、聡は足音に気が付いたのか、背中をピクリと震わせ静かに言った。


「なんで追いかけて来た」


少し怒りが込められたその問いに、聡を一人にしてあげたほうがいいのか迷ったが、楓は怒られるのを覚悟で空いている隣のブランコへ座り言った。


「好きにしろって言ったのは、聡さんですよね?」


聡は鬱陶しそうにこちらを睨んでいる。しかし、顔を上げた聡が先程と変わらない様子なのを見た楓は、安心したように笑みを漏らした。


「なんだよ、人の顔見て笑いやがって」


「あ、いえ、そういうわけじゃ」


怒ってまたそっぽを向いてしまった聡に、楓は慌てて訂正しようとするが、すでに他の事で頭がいっぱいなのか、聡がこちらを向くことは無かった。

黙り込んだ聡に、楓は語りかける。


「……あの!聡さんがどんな想いで扉をくぐり、この世界へ来たかは分かりませんが……やっぱり、自分たちの存在を消すなんていけないような気がするんです。だから……」


「……っ、うるせぇ!!」


突然の大声に、楓は体を強張らせる。


「何がいけないかなんてお前に言われたくねぇ!お前も俺もこの世界に必要の無い人間だったんだ、だからここへ来たんだろ!俺さえ生まれて来なければ……っ」


その先の言葉を心の奥で押し潰したような、険しい顔で自分の胸の上で拳を握りしめている。その痛いほどの気持ちに、楓は何も言えなかった。


「俺は……」


楓は言葉の続きを待った。


「……俺は、自分の母親を殺したんだ」


その言葉を、楓は一瞬信じられなかった。しかし、こんな時に言えるような冗談ではない。楓は戸惑いを隠せないまま聡に問う。


「どうして……?」


聡は何も答えなかった。

楓は覚悟を決めたように、ブランコから立ち上がり聡の正面へと立って言った。


「あなたも……自分のお母さんのために、消えようと思ったんですね?」


聡は俯いたまま無視を続けている。


「……私も、あなたと一緒です。私も、お母さんのために消えようと思ったんです」


楓の告白に、聡はようやく顔をあげて反応を示した。


「どういう意味だ?」


「私、誕生日の前日に『お前なんか生まなければよかった』ってお母さんに泣かれちゃって……あはは」


今思い出しても辛い記憶なのに、悲しみを通り越して笑みがこぼれた。


「私の両親は小さい頃に離婚しちゃって、母親が一人でここまで育ててくれたんです。でもやっぱり、色々苦労が絶えなかったらしくて、そのストレスを暴力に変えて私にぶつけて来たんです」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


その暴力が始まったのは、いつからだったのか覚えていない。


暗くて狭いアパートの一室で、母親の帰りをずっと待っていた。たとえ顔を合せる度にぶたれても、母親の顔を見るだけで嬉しかった。だから眠たい目をこすりながら母親の帰りを待った。

そんな幼少期の記憶。


「お母さん、今日はハンバーグ作ったの。お母さんみたいに上手に作れなかったけど……」


時計の針は夜の十時を回っていた。

冷めたハンバーグを盛り付けたお皿を、落とさないように両手で母親の元へ持っていく。

けれど返ってくる返事はいつもと一緒だった。


「いらない」


無理に食べさせようとすると殴られた。だから、いらないと言われた料理は仕方なく次の日の朝ごはんに食べた。

それでも楓は遅くまで働いてくれている母のために料理を作り続けた。


「お母さん、今日は肉じゃが作ったんだけど……」


母親の顔色を窺いながらお鍋に入った肉じゃがを差し出した。


「ん、置いといて」


楓は嬉しそうに肉じゃがを温め直し、お皿に盛り付けた。そして数時間後空になったお皿を見て、些細な幸せに涙を流す日も少なくはなかった。


そんな小学生時代。


中学に入ってからは家事全般が楓の仕事となり、母親が帰って来ない日も度々あった。それでも、楓は料理を作り続けた。


「楓、ちょっといい?」


久しぶりの休日に、珍しく母は家でのんびり過ごしていた。

声を掛けられたこと自体が嬉しかった楓は、洗濯物を干していた手を止め、母親の元へ駆け寄った。


「どうしたの?お母さん」


「あんたに、新しいお父さんが出来るかもしれない」


恥ずかしそうに言う母の言葉に驚いたが、何よりも幸せそうなその表情に、楓は嬉しくて堪らなかった。


「うん、私嬉しいよ。だから、お母さんに好きにしていいよ」


そう笑顔で答える楓を、母はギュッと優しく抱きしめた。

突然の優しさに戸惑う楓だったが、耳元で囁く母の声に、涙がとまらなくなった。


「ありがとう、楓。大好きよ」


生まれて初めて聞いた母の愛の言葉。

今までの悲しみが全て報われると思った。これからは何もかもが上手くいく、幸せになれるとその時は本気で思った。


けれどその夢は一ヶ月も続かなかった。



母と婚約を結んだ男性は、金を騙し取り煙のようにどこかへ消えてしまった。


「なんで私がこんな目に……」


泣きながらそう呟く母がふと顔を上げると、楓と目があった。その瞬間立ち上がり、楓に掴みかかる。


「あんたのせいよ……あんたの!!」


「おか……さ……」


勢いよく楓の身体を掴んだ母の手は、喉元へと移動していき、楓を苦しめる。


「あんたが……あんたがいなければ」


薄れゆく記憶の中で悲しみに満ちた母の言葉が聞こえた。


「お前なんか、生まなければ良かった」


目の前が真っ暗になった。


(私はなんでここにいるんだろう)


目を開けると、暗い部屋の天井が目に入る。母の姿を探すと、泣きつかれたのか着替えもせずに、ベッドに倒れこむようにして眠っていた。


『お前なんか、生まなければよかった』


先程の母の言葉が脳裏を過る。

自分の頬に、温かいものが伝って流れていくのが分かる。


(私は、何で生まれてきたんだろう)


少なくとも、こんな言葉を聞くためじゃない。


楓は暗い部屋の隅で膝を抱えるようにうずくまる。どれだけの時間そうしていただろうか、楓はふと目の前の時計が目に入った。


(あ……もうすぐ、私の誕生日)


けれど、祝ってくれる人なんて誰もいない。

家庭の事で必死だった楓は部活動には参加しておらず、もちろん放課後や休日に友達と遊びに行く余裕なんて全くなかった。


(なんで……私は生まれて来たんだろう)


自分が居なければ、母にはもっと違う人生があったかもしれないのに。そう思うと、楓は後悔の念でいっぱいになった。


(私なんて、生まれてこなければよかったんだ)


その想いに応えるように、ゲートは現れ、楓はこの世界へとやって来た。


母の運命を変えるために。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「…………」


楓が自分の生い立ちを聡に話終えても、聡は何も言わなかった。


「私……お母さんの運命を変えるためにも、消えたいって思う。でもやっぱり怖いんです。消えた後の自分は……お母さんはどうなるんだろうって。だから、やっぱりこんな事は止めて……」


聡はブランコから立ち上がり、楓と向き合った。


「だったら、こうしよう」


「え?」


聡は一つの案を出した。


「お互いの母親の運命を代わりに変えるんだ。そうすれば、気が付かない間に自分が消えることが出来る」


「私が……聡さんのお母さんの運命を変えればいいってこと?」


聡は無言で頷いた。


「え、でも、ちょっと待って……」


戸惑う楓を無視して、聡は歩き出す。


「反論は認めねぇ。お前も俺も、元の世界に戻ったって辛いだけなんだ。だったらもう、ここで人生を終わろう」


小さくなっていく聡の背中に、楓は寂しさを覚えながらも、聡の最後の言葉が深く胸に沁みた。


「……そうだね」


聡の姿が見えなくなった後で、楓はそう呟いた。



ここで人生を終わろう。


溢れそうになった涙を拭い、楓は前へ歩き出した。




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