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ゲート:キーパー  作者: なぎは
第一章 野崎 楓
2/6

二人の子羊(1)

「ん……」


どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。

少女は重たい瞼を開け、必死に頭を回転させた。


(あれ……?私、自分の部屋に居たはずなのに……)


目の前に見えるのは真っ青な雲一つない空と、いつもとどこか雰囲気の違う見慣れた住宅街だった。しかも長い髪は一つに纏められており、中学の指定のセーラー服を身に付けている。


「えっ、私なんで……」


状況が分からず、とりあえず慌てて起き上がろうとすると、もう一つの違和感に気が付いた。


ぐにゅ。


(…………ん?)


住宅街のアスファルトの上に転がっていたはずの自分の真下に、何か生温かいものがあることに気付いた。

恐る恐る自分の下にあるものを見てみると、ワックスでツンツンに固めた金髪から除く無数のピアスを揺らして、物凄い形相でこちらを睨みつけてくる一人の男性。


「……おい、早くどけ」


少女は全身の血がサァっと引いていくような感覚に襲われながら、慌てて男性の上から飛び退いた。


「ごごご、ごめんなさい!自分でもどうしてこんな所にいるのか分からなくて……」


いかにも恐そうな身なりの男性に、真っ直ぐ顔を見て話すことが出来ないまま必死に謝った。すると、男性は少女のことなんて眼中にないように、周りを見渡して言った。


「ったく、どこだここは?俺は深夜に一人家で酒飲んでたはずなのに」


「あ、私もっ!私も真夜中に自分の部屋でボーっとしてたら……」


同じ境遇の人に出会えた嬉しさと共に、ここに来る前の記憶がだんだんハッキリしてきた。


「そうだ……私、大きな扉の中に吸い込まれて……」


「おまえも……?」


男性は【扉】というワードに反応して、考えるように黙り込んだ。


「あ、あの……とりあえず、私たち同じ境遇みたいですし一緒に居ませんか?私、野崎のざき かえでっていいます」


「……大山おおやま さとしだ」


一緒にいることを許してくれたのか、暫くの沈黙の後彼も名乗ってくれた。


ひとまず心細さは解消出来たものの、元の場所へ戻るという根本的な解決にはなっていない。ここは自分が住んでいる住宅街に間違いはないようだが、アパートが建っていたはずの場所が田んぼだったり、通りゆく人々の服装が少しレトロな気がする。


「とりあえず、どうしましょうか……?」


楓は聡に意見を求めるが、まだ何か他のことで頭がいっぱいなのだろうか、返事が返ってくることは無かった。


途方に暮れていると、一人の青年に声を掛けられた。


「やあ、探したよ君たち」


「え、誰……?」


肩に真っ白な猫を乗せて、コスプレのようなコートを着ている青年に、二人は驚きながら一歩下がる。


「あはは、そんなに警戒しないで。俺はゲート:キーパーのシン。君たちの案内人だよ」


「案内人?」


まったく状況が呑み込めないまま、楓は聡のほうを見るが、聡は不機嫌そうにシンの方を睨みつけているだけだった。


そんな二人を気にも留めず、シンは淡々と話を進める。


「君たちがこの世界で自分の存在を消すのか、生きることを選ぶのかを見守るためにココにいるんだ。間違って関係のない人の存在を消されたら困るからね」


「ちょっと待って下さい!存在を消すって、私は死ぬってこと?何でっ?」


シンはパニックになりかけている楓を見て、嘆息した。


「何でって、生まれてこなければ良かったと後悔したのは君たちだろう?」


その言葉を聞いた瞬間、二人は言葉に詰まった。


「つまり、自分が生まれなかったことにするのは、どうすればいいのか……もう分かるよね?」


「まさか……」


楓は絶句した。代わりに言葉を紡いだのは聡だ。


「俺たちの両親の運命を変えろ……とでも言うのか?」


シンは何も言わないまま微笑んだ。そのことから導きだされる一つの現実。


「じゃあここは……過去の世界?」


「正解ー。じゃあ、君たちが何をすべきなのか分かったところで、俺はひとまず退散しようかな」


「えっ?」


楓が顔をあげると、いつの間にかシンは屋根の上に移動していた。


「何か困ったことがあったら、俺を呼んでねー」


「ちょ、待って!まだ聞きたいことが……」


シンはそれだけ言うと、一瞬で屋根の上から姿を消してしまい、楓の言葉が届くことは無かった。それを見た聡は、身を翻してどこかへ行こうとしてしまう。


「あのっ、待って下さい聡さん!私も一緒に行っていいですか?」


「あ?お前、あいつの話を聞いてなかったのか?ここまでの経緯を考えたら、あいつの言っていることは筋が通っている。だとしたら、俺たちがやることは一つだろ?」


「で……でも」


不安が隠し切れない楓の表情を見た聡は、少し考えた後小さな声で楓に言った。


「……好きにしろ」


再び歩き出した聡の背中を、楓は小走りで追い掛けながら笑みをこぼした。


(聡さんって、見かけによらず結構優しいのかな……?)


楓はそう思いつつも、絶対に本人の前では言えないと、言葉を胸にしまった。





しばらく歩いて着いた場所は、一軒のオシャレな家だった。

レンガで作られた塀から除く色とりどりの花に、黄色い土壁の向こうから陽気な鼻歌が聞こえてくる。


「…………」


聡は何も言わず、この家を睨みつけていた。


(……聡さんは何も言わないけど、ここで立ち止まるってことは、ここに聡さんのお母さんになる人が居るってことなんだよね)


睨みつけたまま先に踏み出せない聡を見て、戸惑う気持ちが嫌というほど伝わってくる楓は、ただ聡が動き出そうとするのを待つことしかできなかった。

するとその瞬間、ガシャンと門が開く音に二人は体をビクっと震わせて驚いた。


「あら、なにか御用かしら?」


二人の目の前に現れたのは、明るい茶色の長髪をゆる巻きにして、薄いピンクのカーディガンを白いワンピースの上から羽織っている、人形のように可愛らしい女性だった。


(この家にして、この家主あり……って感じだなぁ)


ほうっと見とれていると、顔を真っ青に変えた聡が目に入った。


「あれ?どうかしたんですか?」


楓は聡に問いかけてみるが、反応はない。しかし、聡の口元が微かに動いて何かを呟いている。


「お……は…………ない」


「え?」


何が言いたいのか聞き取ろうと思い耳を近づけた瞬間、楓を突き飛ばしどこかへ走り去ってしまった。


「わっ、ちょっと」


その場で尻餅をついている楓を見た女性は、心配そうに手を差し伸べる。


「あの……大丈夫ですか?」


楓はその手を取り、土埃を払いながら笑顔で答える。


「全然大丈夫です!それよりも騒がしくしちゃってごめんなさい。お邪魔しました」


楓は女性に頭を下げて、走り去った聡の後を追いかけることにした。

女性は、何だったのだろうかと不思議そうに首を傾げたまま楓の背中を見送った。


(聡さん、どうしたんだろう)


楓は、聡の姿を探しながら懸命に走った。



(あなたは、何がしたいの?何をしようと思っているの?



 ————あなたは……何を思ってここへ来たの……?)






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