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亡霊学校  作者: 魚の涙
6/14

三浦花素花:無職

 気が付いたら体育館に居た。

 天井が高い。

 遥か彼方に照明器具が幾つか見える。

 母校の体育館と似た感じがしたが、大きな違いがある。

 周囲に多数の生徒が居る事だ。

 ざっと見渡して百人近く居る。

 その全員が無秩序に会話をするので雑踏の中に居る様な喧噪が体育館を満たしていた。

 舞台上には人がおらず、旧式のスクリーンが降りていた。

 今時平面投影式なんて珍しい。

 壁面の通路沿いの窓は全て暗幕で塞がれており、これから何かの映像媒体を鑑賞する事は間違いない。

 そう思っていたら照明が落とされた。

 投網に捕えられたかの様な暗闇が体育館の内部を包み込む。

 女の子の物と思しき楽しそうな悲鳴が幾つか聞こえた。

「きゃー」

 便乗して裏声で悲鳴を上げてみる。

 思った以上にいい感じの悲鳴が響いた。

 妙な達成感に浸る。

 暗闇に便乗して喧噪は最高潮を迎えたが、流れ始めた音声によってすっと静まり返る。

 映画鑑賞だった様だ。

 スクリーンに倒産した映画会社のロゴが山の中から飛び出す映像が映し出された。

 まだ皆が暗闇に慣れていないであろうその瞬間を利用して、こっそり体育館の端へと移動する。

 元々集団の後ろ側に座っていた事もあって、誰かにぶつかる事も無く体育館の端へと移動出来た。

 徐々に慣れて来た暗闇の中で、出口の扉へと辿り着く。

 確か卒業アルバムの写真で顔みたいな物が写っていた扉だ。

 心霊写真だと言う事を誰かが言いだして、三重先生が適当な理屈で皆を納得させていた。

 未だに心霊写真めいた物を見る度に光線の加減だと口走ってしまう自分が居る。

 光線の加減と言う言い回しが何と無く気に入ったからだ。

 同窓会で三重先生から聞いた話によると、古い小説で出て来る表現らしい。

 ホラー小説かと尋ねたら推理小説だと言われた。

 どういった展開で出て来た表現だったのかは聞きそびれたが。

 扉を開けようとして見たが、開かなかった。

 ドアノブは回らないし、隙間から外の光が入って来る感じも無い。

 ここの先には何もないか室内かのどちらかなのだろう。

「んむ!」

 不意に、口を塞がれた。

 驚いた一瞬の隙を付かれて両手を後ろ手に拘束される。

「……危害を加える気は無い、と言っても説得力は無いか」

 ぼそぼそと聞き取りにくい男の声が耳朶を打つ。

 両手が拘束されたので精一杯足をばたつかせて見たが、良く分からない方法で足まで固められた。

「直ぐに開放する。だが体育館は出るな、死にたくなければな」

 何が何だか分からないが、取り敢えずがくがくと何度も頷いた。

「いや、ほんと、頼むから死ぬなよ?」

 その言葉と同時に、身体の自由が戻って来た。

「―――」

 声を出そうとして、声にならなかった。

 心臓がばくばくと落ち着き無く拍動し、忘れていた呼吸が再開されて、激しく噎せた。

 それを聞きつけた誰かが寄って来る気配を感じて、一先ずその場を離れた。

 壁沿いにこそこそ移動すると、木製の何かが手に触れた。

 これはあれだ、雲梯を縦にした奴だ。

 正式名称は知らないが。

 意味も無く登り始める。

 両手両足を使ってするすると。

 あっという間に最上部まで登ってしまった。

 簡単過ぎて達成感がある様な無い様な。

 そのまま後ろを振り返る。

 そうする事によって体育館全体を見渡せる。

 スクリーンが遠くに見えた。

 モノクロの古臭い映画が映っていたが、タイトルに心当たりは無かった。

 映画はやや明度が低く、しかしそれでも体育館の前半分を照らしていた。

 視線を真下に向けると、教師らしき人物が数人うろうろと歩き回っていた。

「こっちだ」

 上から囁くような声が聞こえた。

 同時に手が一本垂れ下がって来た。

 何故か躊躇する事は無くその手を掴もうと思った。

 手を掴むと同時に身体が力強く引き上げられる。

 体育館の二階部分、とでも言うのだろうか?

 二階と言うには床面積が酷く少ないが。

 その二階部分の上まで手の主に引っ張られて、そのまま照明器具の影へと隠れる。

 照明器具、これもまた名前は知らない。

 カラフルな光を発するあれだ。そう、円盤を回す事に憧れたあれだ。

 発作的に手を伸ばして、円盤を勢い良く回転させた。

 がらがらと、思ったよりも大きな音がした。

「……楽しい」

 回す、回す、回す。

 がらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがら。

 無心で回す、回す、回す。

「……楽しそうだね?」

 声がした。

「楽しい」

 思ったままを呟く。

 手が止まらない。

 ちらりと視線を下に向けると、虚ろな顔をした教師達がこっちまで昇ろうとしていた。どの顔も知らない顔だった。

 それを一人の男の子が雲梯を縦にしたあれにしがみついて必死に蹴落としている。

 容赦無く顔面を踵で踏み抜いて。

 暴力的なその男の子は制服らしき物を着ていた。

 それは見覚えの無いデザインだった。

 その男の子は利発的なシャープな顔と、茫洋とした顔を持っていた。

 茫洋とした顔の方が口を開く。

「楽しんでもらえて、とても嬉しい」

 話し掛けて来たのは茫洋とした方の顔だった。

 どこかぼんやりとした、いや、実際汚れた硝子越しに見る様にぼんやりとしたその顔。

「俺は嬉しくないね!」

 シャープな顔の方が悪態を吐く。

 その声は聞き覚えがあった。

 両手を拘束された時と、手を差し伸べて貰った時に聞いた声だった。

「一人と役立たずの顔に対してあっちは人数制限無いとか反則だろ!」

 悪態を吐きながら、男の子は曲芸さながらの動きで教師達を蹴落として行く。

「だから二階に上がる入口は開かない様にしてやっただろう?」

 その後のシャープな顔の言葉は聞き取る事は出来なかった。

 視界が歪んで、全部消えた。

 気が付くと廃墟じみた体育館の二階の様な場所に居て、横にある照明器具もまた長い時間の経過を感じされる物だった。

 あのカラフルな円盤はセロファンが劣化して所々欠損していて、手を伸ばして回すと円盤ごと脱落した。

 回した手を見て気付く。

 大人の身体に戻っていると。

 足元に金属の筒が落ちていた。

 手首程の太さのその筒は、五本一組にまとめて縛ってあった。

 筒を縛った紐には紙製のタグが付いていて、そこには文字が書かれていた。

「忌避剤?」

 製造元は日本保全支援機構と記されていた。

 紐の間に一枚のメモ用紙が挟まれていて、そこには手書きで取扱説明が記されていた。

「怪物に襲われそうな場合に一本ずつ使用します。後端の紐を引く事で噴出孔から黄色い煙が排出されます。煙は人体に顕著な影響は無い物質ですが、なるべく吸い込まない様にして下さい。救助は五時間から十時間程度で到着すると思いますので頑張って息を潜めていてください」

 一度目は口に出して読んで、二度目は黙って読んだ。

「……怪物?」

 ここは群馬県だとでも言うのだろうか?

 とりあえず、じっとしていた方が良さそうだと思った。






・事例報告書

07/07  09:00:41

 観測装置が異常なGE値を観測。


07/07  09:06:27

 発生源は旧群馬県太田市である事を特定。


07/07  09:09:59

 無人探査機一機が高高度より探査開始。


07/07  09:15:02

 無人探査機が人間の生体反応を検知。超常現象対応課に自動的に稼働命令。


07/07  11:14:08

 特殊探索部隊βがレベルⅡ装備にて放棄区域に侵入。


07/07  15:43:03

 特殊探索部隊βとの通信が途絶。


07/07  18:25:09

 特殊探索部隊βとの通信が復活。女性一名を保護との連絡。


07/07  20:45:18

 特殊探索部隊βが保護した女性を連れて帰還。


07/08  08:57:03

 無人探査機が帰投。最高司令が事例の終息を宣言。


・損耗状況

 喪失者0名。負傷者0名。

 通常弾千七発、拡散弾二十五発、忌避剤十本消費。

 自律支援機一機中破。

 装備品の損耗は標準範囲内。


 特殊探索部隊β全員の特殊洗浄及び二十四時間の経過観察の結果、汚染が無い事が判明。

 全員が任務継続可能と判断された。



・回収品目

 女性一名。忌避剤五本。メモ一枚※記された文章は忌避剤の取り扱い方法を説明した物だった。(資料1参照)

 女性は後の調査の結果大阪府在住、三浦花素花と判明。群馬公立小学校廃校年度の生徒であった。

 特殊洗浄及び二十四時間の経過観察の結果、汚染が無い事が判明。

 各種予備試験によって危険性が無い事が判明した後、尋問を行った。



・尋問録

 尋問担当者:結城慶介


結城:事前に説明されていると思いますが、私は超常現象対策課の鈴木と言います。三浦さんがあの場所で保護された経緯を報告しなければなりませんので、事実のみを素直に話して下さい。

三浦:(首肯)

結城:では、あの場所に居た経緯を教えて下さい。

三浦:わかりません。

結城:(沈黙七秒)では、我々が保護する前の事を教えて下さい。

三浦:(沈黙七十五秒)

結城:あの、聞こえていましたか?

三浦:(首肯)

結城:我々が保護する前に何があったのかを教えて下さい。

三浦:説明は難しい。

結城:(沈黙三秒)質問を変えます。我々が保護した際に、忌避剤を持っていましたね?

三浦:(一度首を傾げてから首肯)

結城:どうやって手に入れたのか分かりますか?

三浦:わかりません。

結城:(沈黙六秒)何でもいいので、保護する前の事を話して下さい。

三浦:三浦花素花は旧群馬県太田市で三浦花壇と三浦素子との間に生まれ(―中略―)夜寝て夢から覚めるとそこは体育館でした。足元には忌避剤と記された筒があり、そこに挟まれたメモ用紙に救助を待った方が良いと言う旨が書かれていた為、そのまま待っていると変な服装の人達が入って来て私を発見しました。そのままその人達と一緒にこの建物まで連れて来られ、裸に剥かれて変な部屋に入れられ、そこで身体の表面はもちろん眼球や肛門の中や鼻の穴まで緑色の液体で洗われて(―以下略―)

※無意味な発言が大半である為のべ四時間渡る発言は省略した。全文は補記1を参照して下さい。

結城:(沈黙十七秒)分かりました。続きはまた後日聞かせて頂きます。今日は疲れたでしょうからゆっくり休んで下さい。御協力感謝致します。


・特殊尋問禄(一回目)

 自白剤投与による尋問を行った。

 注)全文閲覧には柄種保全権限者による事前申告及び最高司令の許可が必要。

・三浦花素花は持続事案八番に該当する体験を夢として認識していた。

・三浦花素花は記憶に無い映画を体育館内で鑑賞した。

・その場に居た人型存在の殆どは見覚えが無かったが、一人の女の子はヒトミちゃんだった。

・暗闇の中体育館内を散策していると、男の声と共に一度身柄を拘束された。

・教師と思しき存在とその声の主は敵対していた。

・声の主は二つの顔を持つ男で、それぞれの顔が別の人格を有していた可能性が高い。

・楽しいかと言う問いかけと同義の問い掛けは存在し、三浦花素花は楽しいと回答した。


・特殊尋問禄摘要(二回目)

 自白剤投与による尋問を行った。

 対象者がアナフィラキシーショックを起こした為特殊尋問は中止された。対象者は七十五時間に及ぶ昏睡の末意識を取り戻したが、放棄区域での体験を含む二日分の記憶を失った。



・補記

 最初の尋問後、担当者から三浦花素花に対する心理テストの実施が申請され、最高司令によって承認された。

 心理テストの結果は三浦花素花が高機能自閉症である事を示しており、最高司令の判断によって特殊尋問が実施される事になった。

 今回の事例で初めて実在する人間に酷似した人型存在が確認された。三浦花素花が病的な記憶能力を持っている事からこれは偶然による類似ではない可能性が高い。

 この人物に関する詳細を聞き取る予定であった二度目の特殊尋問は失敗した。

 この事故に伴い三浦花素花が記憶を失った為、ヒトミちゃんと呼ばれる存在の特定を行う事は出来なかったが、幸いにも旧群馬公立小学校の生徒でヒトミと言う文字列を含む者は二名であった。

 三浦花素花が所持していた忌避剤は特殊探索部隊で使用される物と同一の物であった。

 群馬及び京都と沖縄の駐留所から忌避剤の消失事例が発生していない事が確認されている為、回収された忌避剤は超常現象によって再現された実体または過去の喪失者の装備品由来であると結論付けられた。

 メモ用紙には劣化が見られたが、文字は最近記された物であった。インクの成分から弐票文具製の普遍的なボールペンであると予想された。

 筆跡からこの文字を書いた人物を特定する事は出来なかった。

 三浦花素花の消失現象は観察班の死角で発生したため有益な記録はありません。

 三浦花素花が長期間人前に姿を現さない事は日常的な物であった事から観察班は特別な介入を行いませんでした。



・持続事案研究八班補記

 興味深い事実が二点存在している。実在する存在と類似した人型存在が確認された点、問い掛けに楽しいと回答しても解放されると言う点。

 特に問い掛けに対する回答に関する結果はこの事例全体の危険度評価を下げる要因と成り得る程朗報である。

 また、ヒトミちゃんと呼ばれる存在はこの事例に関する大きな足掛かりとなる可能性が高い。

 特殊事案研究八班はヒトミちゃんとの関連が疑われる人物、人見有作と泡畑火富の二名を速やかに拘束し尋問を行う事を要請する。


・最高司令補記

 人見有作と泡畑火富に対する要請は、二人の内どちらかが持続事案八番の主要因であった場合のリスクを考慮して現時点では容認出来ない。

 また、誰も言及していないが、旧群馬県公立小学校廃校年度に行方不明となっている湯浅瞳と教員であり一部の生徒からヒトミちゃんと言うあだ名で呼ばれていた樋戸美々もまたヒトミちゃんとの関連性を調査する必要性があると判断する。

 上記四名を上位監察対象と認定とし、観察体制を強化する。

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