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亡霊学校  作者: 魚の涙
2/14

末堂春:国会議員

 校庭で体育座りをしていた。

 それ以外に現状を表現する言葉が思い浮かばない。

 私の体格は小学生程度の物に変質していた。

 きょろきょろと辺りを見回す。空は青い。

 数羽の鳥が飛んでいるのが見えたが、偵察機や蜻蛉の類は見られなかった。

 古びた校舎。国旗の下に掲げられた校旗。

 校舎にも校章にも見覚えがある。

 それは我が母校である群馬公立小学校の校章だった。

 私の周囲には体育座りをする四十人程の人型存在。その体格は小学生程度。

 大人の体格をした人型存在が一人、立って声を発していた。

 その話から分かった事だが、どうやらこれは運動会の予行練習の様だ。

 大人の体格をした人型存在は男性教諭役。それ以外は皆生徒役。

 種目は徒競走。五人一組でトラックを一周する様だ。

 それが分かった所で何か物事が進展する訳でも無いのだろうけれど、そう言った些細な事柄を確認せずにはいられなかった。

「ここは……」

 どこなのだろうと、疑問を声にしようとして止めた。

 無駄だと悟ったからだ。

 これは超常現象対策課が扱う様な事案だと悟ったからだ。

 無駄な事は一切せずに、合理的に、効率的に。

 私はこれまでそうやって生きて来た。

「可能性としては……」

 言いながら気が付いている。恐らく旧群馬県以外はあり得ないだろうと。

 夢の可能性もあったが、旧群馬県の要素がある以上その可能性は考慮に値しない。

 この現象が個人の認識内における物なのか、現実世界に影響を及ぼす物なのかは不明だが、こんな規模の現象が発生しそうなのは群馬県関係くらいだ。

 京都府や旧沖縄県と言う可能性もあったが、私はその可能性は低いと考えていた。

 私は国会議員であるのと同時に超常現象対策委員会の一員なのだから。

 若手議員であるが故に支給されているのは標準装備でしかないが、一般人よりも遥かに高度な防衛措置を取ってある。

 国会議員の標準的な防衛措置が抵抗しきれない現象等、旧群馬県以外のどこで起きると言うのだろうか。

 旧群馬県だけは特別だ。

 そう言った推測に辿り着くのは容易いが、私はこれからこの環境で生き残らなるのは困難を極めるだろう。

 運が良ければ超常現象対策課が私の存在を感知して、特殊探索部隊が私を回収しに来るだろう。

 特殊洗浄を受けなければならない事を考えると今から少し憂鬱になるが。

 そんな事を考えている間に私の順番が来た様だ。

「位置について――」

 男性教諭役の人型存在が手をピストルの形にして構えた。

「――よーい、どん!」

 天に向かって伸ばされた人差し指が曲げられるのと同時に、私と四名の人型存在が走り始めた。

 所であのピストルの形にした手は、ピストルを模倣た物では無いのだろうかと疑問に思う。

 ピストルを模倣しているのなら引鉄を引く瞬間人差し指を曲げる必要は無いし、ピストルを持っている手を模倣しているのなら最初から曲げた状態であるのではないだろうか?

 そんな思考も、止まった。

 私は今走っているからだ。

 風が、気持ちいい。

 拍動は粗く、景色は後ろへ。

 身体を傾ける。最初のコーナーを最短距離で回る。

 前方に一名。後方に三名。

 直線。並ぶ。

 最後のコーナー、前方の一名との間が開いた。

 最後の直線は半分。走る。

 走る。走る。走る。走る。走る。走った。

 ……。

 息が荒い。

 ……。

 結果は二着だった。意味の無い感情だと自覚しながらも、悔しい。

 思えば最後にこんな風に走ったのはいつだったか。

 群馬県が存在しなくなってから、私は我武者羅に生きて来た。

 走るのは好きだったが、それは何の生産性も無いからと走らなくなった。

「お前速いなー」

 息を整え終えた頃、一人の人型存在が話し掛けてきた。

 仕事柄人相を記憶するのは得意な方だと自負している。

 しかし、その人型存在には見覚えが無かった。

 この場所に覚えはあるが、存在している人型存在は見知らぬ外見をしている。

 これは限定現象ではない。拡散現象の類だ。

 問題はこの現象が旧群馬県内で起きているのか、それ以外で起きているのかだ。

 旧群馬県外だとすれば東京都で未曾有の災害が起きていると言う事になり、旧群馬県内で起きているのならば外に居た私を旧群馬県内に転移させたと言う事である。

 引き込み現象自体はこれまでも数例確認されていた筈だが、私の持つ防衛措置が無効化する次元で起きるとなればそれは大きな問題だ。

「なんだよ、まだ息あがってんのかよ」

 私が考え込んでいると、目の前の人型存在がそんな事を言って来た。

 私が無事帰還出来る保証はないが、尋問だけはしておくべきだろう。

「お前は何者だ?」

 私の問い掛けに人型存在は少し戸惑った表情をして、俺は俺だろ? 忘れたのかよ? と言った。

 私がお前の事は知らないと言うと、少し涙目になってどうしたんだよ春風と言った。

 春風。そのあだ名で呼ばれていたのは小学生の時だ。

 超常現象で両親を亡くし、末堂家に引き取られてからは呼ばれた事の無いあだ名。

 旧姓は風間。カザマハジメからスエドウハジメになって以来呼ばれた事の無いあだ名。

「おいおいどうしたんだ?」

 別の人型存在が私の方へと駆け寄ってきた。

 大人の体格をした、男性教諭役であると思われる人型存在だ。

「春風が俺の子を忘れたとか言ってー」

 尋問される人型存在が涙目でそんな事を言う。

「なんだー春、お前楽しかったか?」

 その言い回しに妙な違和感を覚える。

 そんな事をして楽しいのか? であれば普遍的な台詞なのだろうが、お前楽しいかったか? では同じ様でニュアンスが異なる。

「とても、不愉快だ」

 私は思ったままを答えた。

 本来であれば人型存在との不用意な会話は推奨されないのだが。

「うーん。そうじゃなくてだな」

 人型存在は一瞬困った様子を見せたが、そのすぐに表情は消えた。

 真面目な表情。或いは無表情。

 感情を作らない顔と、射る様な眼差しが目の前にずいと突き付けられた。

「ここを不審に思ったり、僕を不審に思うのは仕方がないと思う。純粋にここを堪能して貰えないのは、仕方がないとして」

 いつの間にか校庭には私とその人型存在だけになっていた。

 四十人程の、生徒役の人型存在は消え去っていた。

「それでも、僕はこれなら楽しめると思ったんだ」

 意図が読めない。何を言いたいのだこの人型存在は。

 その考えが顔に出ていたのだろう。

 人型存在は言い換えるとだなと前置きして、微笑んだ。

「走ってて、楽しかったか?」

 本当に何が言いたいのだこの人型存在は。

 何を言うべきか少し考えて、結局私は思ったままを告げた。

「昔の様に楽しいとは思わん。ただ、走っている間は余計な事を考えなくて済んだ。それだけだ」

 私がそう言うと、人形存在は短く一言残念と言った。

 その表情は微笑んだままだったので、残念そうには見えなかったが。

 そして、何事かを呟いた。

 音は聞こえなかった。

 唇の動きから発現を読もうとしたが、私の視界は歪んだ。

 次の瞬間、私は背の丈程の草に覆われた場所に立っていた。

 空を見上げる。

 赤い空を七対の翅を持った巨大な蜻蛉達が悠然と飛んでいた。

 そして視界の端に見覚えのある、しかし私の記憶よりも遥かに朽ちた校舎。

 予想は当たっていた様だ。

 ここは旧群馬県。放棄区域。

 異常生物体は見当たらないが、猿の様な鳴き声が無数に聞こえた。

 私は議員バッジを本稼働させるのと同時に、簡易発煙筒のピンを抜いて遠くに放り投げた。

 無数の何かが草の中を発煙筒目掛けて進む音が聞こえた。

 私は校舎に向かって全力で走りだす。

 草の海と化した校庭はとても走りにくく、無心にはなれなかった。

 走りながら最後に人型存在が何と言ったのかを推測した。

 次に期待しよう。

 確信は無いが、そう言っていた気がした。






・事例報告書

03/29  18:48:55

観測装置が異常なGEを観測。


03/29  18:54:59

 発生源は旧群馬県太田市である事を特定。


03/29  19:17:01

 無人探査機一機が高高度より探査開始。


03/29  19:17:58

 無人探査機が国会議員専用発煙筒の煙を感知。緊急対応命令が関係各位に自動通達。


03/29  19:50:02

 特殊探索部隊α及びθ及びΩの即時出動可能な人員総計五十名で特殊探索部隊Αを編成し、レベルⅤ装備にて放棄区域に侵入。


03/29  19:59:59

 無人探査機一機が追加投入。


03/29  20:12:31

 最初の無人探索機が人間の生体反応を検知。


03/29  20:14:42

 最初の無人探索機が中高度にて飛行性異常生物体十七体を撃墜。


03/29  21:07:05

 特殊探索部隊Αとの通信が途絶。


03/29  21:37:26

 最初の無人探索機が撃墜される。


03/29  21:49:24

 特殊探索部隊Αとの通信が復活。国会議員末堂春を名乗る者を保護との連絡。


03/29  23:40:01

 特殊探索部隊Αが国会議員末堂春を名乗る男性を連れて帰還。


03/30  18:39:22

 追加投入された無人探査機が帰投。最高司令が事例の終息を宣言。  



・損耗状況

 喪失者0名。負傷者一名、軽傷。

 通常弾四千百二発、拡散弾九十五発、投擲弾五十発、忌避剤七十五本、造影剤三十二本、炸薬缶二十五本消費。

 自律支援機三機喪失。一機中破。七機軽微損傷。

 無人探査機一機喪失。

 装備品の損耗は標準範囲を大きく上回ったが、作戦の性質上容認される範囲内であった。


 特殊探索部隊Α全員の特殊洗浄及び二十四時間の経過観察の結果、汚染が無い事が判明。

 全員が任務継続可能と判断された。


・回収品目

 男性一名。

 各種判定の結果末堂春議員本人であると証明された。

 特殊洗浄及び四十八時間の経過観察の結果、汚染が無い事が判明。

 各種心理テストの結果も問題が無かった為、報告書の提出を要請。


・報告書摘要

 注)全文閲覧には乙種保全権限者による事前申告及び最高司令の許可が必要。

 現象自体は引き込み現象を伴う内在型と推測。但し二級防衛措置を突破した事に留意して下さい。

 出現した異常知性体及び異常疑似知性体は影響者にとって未知の人物か意識外の人物。

 場は旧群馬公立小学校をモチーフとしていた可能性が高い。出現した校旗に当時の校章が有。

 重要な要素と類推される異常知性体個体が、影響者に感想を求めた。

 求められた感想は楽しかったか否か。影響者は不愉快だったと回答。

 古いあだ名を呼ばれた事から、影響者の記憶か過去を閲覧出来る類の事案だと推測される。



・補記

 同じ月の三日から四日にかけ発生した事例に細部が酷似している為、何らかの関連が疑われます。

 共通要素は「旧群馬公立小学校」「楽しかったかを問われる」の二点。


・最高司令補記

 追加調査の結果、末堂春と町田日実は共に群馬公立小学校閉校年度の生徒である事が判明しました。

 追加措置として群馬公立小学校閉校年度に在籍していた生徒全員を観察対象とします。

 但し、末堂春議員が旧群馬対策法案の立案者である事も留意して下さい。

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