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亡霊学校  作者: 魚の涙
13/14

三浦花素花はもう居ない

 目を閉じる。

 あれから、どれだけの時間が経ったのだろうか。

 身体は拘束されていて動かない。

 定期的に食事を運んで来る人間もやたら腕っ節の強い奴等ばかりになって、隙をついて逃走しようとしてもほぼ成功しない。

 あれから、どれだけの時間が経ったのだろうか。

 あれからとはいつからなのだろうか。

 覚えているのは、覚えているのは。

 頭が痛い、思い出せない。こんな事は初めてだ。

 記憶を遡る。最初の記憶は生まれた時。

 産声を上げた瞬間の記憶が今でも鮮明にある。

 その前は少し曖昧だけれどもその後は常に鮮明だった。

 初めて歩いた時の事をはっきりと覚えている。

 両親の顔もその変化もはっきりと覚えている。

 旧群馬県の長閑な毎日も良く覚えている。

 覚えている。

 旧群馬県で最初に起こった大規模災害を覚えている。

 それは爆植現象と後から名づけられた。

 街が呑まれた。道路が呑まれた。家が呑まれた。人が呑まれた。

 それでも暫くは植物に囲まれて暮らしていたのを覚えている。

 二度目の大規模災害も覚えている。

 人が、人でなくなった。

 巨人化と名付けられたその現象は太田市立総合病院で最初に起きた。

 そのニュースを今でも覚えている。

 十メートル程に変容した人は防衛隊によって処分された。

 でも、変わってしまったのは人だけではなかった。

 防衛隊の輸送ヘリで旧群馬県を脱出する中、戦闘機が巨大な蜻蛉を撃ち墜とす光景を何度も見た。

 ようやく群馬県が死んだ事を理解出来た。

 気が付いたら両親はいなかった。

 国は生き残った人達の生活を保障した。

 それが何の慰めにもならなかったのを覚えている。

 群馬県は無くなった。放棄区域と名前を変えた。

 覚えている。

 中学校は退屈だった。勉強はいい暇つぶしだった。

 高校も退屈だった。暇つぶしは勉強だけだった。

 進学はしなかった。しなくても国が生活を保障してくれた。

 仕事は長続きしなかった。勉強よりも退屈だった。人と接するのは難しかった。

 何故皆自分の考えている事が通じている前提で行動出来るのだろうか。

 不可解だった。

 仕事をしなくても国が生活を保障してくれた。

 次第に人に会わなくなった。

 代わり映えの無い日々が繰り返された。

 繰り返しの記憶はしかし、唐突に途切れる。

 気が付いたらベッドの上だった。

 三日分の記憶が無かった。混乱した。

 周囲の人間は超常現象対策課に所属していると言った。

 あまり好きでは無い組織だ。

 旧群馬県のせいで身体の調子が悪いから家に帰れないと言われた。

 身体を治す為に色々聞かれた。

 拒絶した。気が合う何人かとしか話をしなかった。

 一度だけ三重先生に会った。

 相変わらず変な先生だった。

 その後に体調が良くなった。

 だから家に帰せと言った。毎日言った。

 その度に行動は制限された。

 一度自殺の真似をして舌を噛み千切ったら、拘束された。

 舌はくっつけられた。

 でも、三日分の記憶は無いからくっつけられない。

 目を開く。

 病室だと周りの人間は言うけれど、これは独房だ。

 見えないけれど外にも内にも監視カメラがあると思う。

 前に音を立てない様に注意して拘束服を引き千切ったら、直後に外から人が雪崩込んで来たのだから間違い無い。

 でも、今は逃げられる気がする。

 ずっと考えて来た。

 三重先生と会った時に感じていた、妙な感覚の正体を。

 その感覚は知っていた。

 群馬県で暮らしていた時にはずっと感じていた感覚だから。

 三重先生と会った後から、それはとても身近に感じられた。

 それは流れだ。何かの流れ。

 流れは柔らかいけれどとても硬くて、直接触れる事は出来ないけれど動かせる。

 流れは生きていない物には何もしない。

 生きている物には何かをする。

 ここ何日か試した限り、それは人によって違う。

 ある人は吐いた。

 ある人は何の影響も無かった。

 ある人は陽気になった。

 ある人は死んだ。

 ある人は禿が治ったと騒いでいた。

 ずっとこのままここに居てもつまらないし、その流れをこっちに引き寄せてみる事にした。

 最初は影響が無かったが、徐々に分かって来た。

 この流れは「生きていると言う事そのもの」だ。

 この流れこそが、GEと呼ばれる物の正体だ。

 GE。群馬エネルギーの略称。

 これを名付けた人のネーミングセンスは壊滅的だ。

 何度もGEを引き寄せて身体に馴染ませた。

 もう十分馴染んだと思う。

 だから、これまでより多く引き寄せてみる事にした。

 流れが、勢い良く流れ込んで来た。

 何かに成った。何にかは知らない。

「ふははは! 三浦君! そっちに行くのか! そっち側に行ってしまえばこちらには戻れないぞ!」

 部屋に三重先生が居た。

「ここに居るよりはいいと思う」

 三重先生はじゃあとっとと行って来いと言うと、三浦花素花は三浦花素花ではなくなった。

 あちら側が見えた。

 こちら側とは違う世界。凄く、凄く。

 ああ、ここを出よう。






・事例報告書

09/04  06:30:14

 観測装置が尋常ではないGE値を観測。封鎖違反の危険性の為超常現象対応課に自動的に稼働命令。


09/04  06:35:27

 最高司令より全探索部隊に待機命令。同時に防衛省を通して防衛隊に協力要請。

 注)以下の閲覧には甲種保全権限者による事前申告及び監視機構の審査が必要。


―――承認対象者‐特定免除対象国会議員:末堂春

―――承認番号LR9999999P

―――承認者:不要


09/04  06:41:57

 発生源は群馬駐屯地内である事を特定。この時点においても群馬駐屯地内におけるGE値は上昇し続けている事が判明。


09/04  06:43:10

 最高司令指示により群馬駐屯地全職員に緊急退避命令。同時に防衛隊並びに京都駐屯地に応援要請。


09/04  06:59:59

 隔離棟にいた七名の職員及び一名の保護対象を除いて退避完了。


09/04  07:15:47

 格納中の無人探査機を用いた遠隔無人調査を実施した結果、群馬駐屯地内で人間の生体反応は観測されなかった。


09/04  07:18:20

 最高司令判断により退避が確認出来ていない八名に対する暫定的な死亡宣言が下される。


09/04  07:30:30

 群馬駐屯地内における異常GE値の終息を確認。


09/04  07:41:07

 防衛隊超常現象対策大隊02が群馬駐屯地を包囲完了。


09/04  09:01:29

 京都駐屯地より派遣された特殊探索隊εが到着。


09/04  09:25:37

 特殊探索部隊εと超常現象対策大隊02より選抜された十五名との混成部隊、臨時探索部隊999を臨時編成し群馬駐屯地内へと侵入。隔離棟を中心に探索開始。


09/04  10:27:45

 臨時探索部隊999が隔離棟内から七名の遺体を回収。


09/04  16:02:37

 総司令判断により探索が終了される。未発見の一名は喪失者指定された。


09/04  23:37:58

 群馬駐屯地内の特殊洗浄が終了。当事例は最高司令によって収束宣言された。但し隔離棟は封鎖された。事例の終息宣言は行われない。


・被害状況報告書

 注)以下の閲覧には甲種保全権限者による事前申告及び監視機構の審査が必要。


―――承認対象者‐特定免除対象国会議員:末堂春

―――承認番号LR9999999P

―――承認者:不要


・死者七名

 氏名、所属、死因等は下記を参照。回収順。


 結城慶介(持続事案研究八班)多臓器不全

 隔離棟地下三階研究フロアより回収。外傷無し。内臓全般に出血と壊死が見られた。


 妃弓枝(持続事案研究八班)失血性ショック死

 隔離棟地下四階生物収容フロアより回収。左腕が切除された状態で発見。切除された左腕は発見されていない。切断面の細胞は圧力を受けた形跡が無く、これを再現する事は技術的に難しいと判断された。解剖の結果体内に残留している血液が異常に少量である事が確認された。


 南方窓(持続事案研究八班)外傷性ショック死

 隔離棟地下四階生物収容フロアより回収。解剖の結果全身の骨が砕けていた。砕けた骨の更なる鑑定の結果壁と扉の間に挟まれた後に継続的な外圧を掛けられた事が示唆された。


 後台助清(警備部)死因不明

 隔離棟地下四階生物収容フロアより回収。外傷は無く解剖の結果も目立った所見は無かった。


 清水泰治(警備部)死因不明

 隔離棟地下四階生物収容フロアより回収。外傷は無く解剖の結果も目立った所見は無かった。


 日並小波(持続事案研究八班)死因不明

 隔離棟地下四階から五階へと接続される東階段の途中より回収。頭部が歪に変形していた以外、目立った所見は無かった。死因は頭部の変形に起因する脳機能異常と推測された。


 館雅(持続事例研究八班)死因不明

 隔離棟地下四階から五階へと接続される東階段の途中より回収。胸部が萎縮していた以外に目立った所見は無かった。死因は胸部の委縮に起因する心機能不全と推測された。


 喪失者一名

 三浦花素花(拘束保護対象者)

 詳細は隔離棟の監視カメラログを参照。


・隔離棟監視カメラログ

 注)以下の閲覧には甲種保全権限者による事前申告及び監視機構の審査が必要。


―――承認対象者‐特定免除対象国会議員:末堂春

―――承認番号LR9999999P

―――承認者:不要


 実際の映像に関してはアーカイブより該当する記録を視聴して下さい。

 この事例に関する全ての映像閲覧に関して、視聴者に超常現象の影響が及ばない事が確認されている。

 注)一部の映像の閲覧は甲種保全権限者による事前申告及び監視機構の審査が必要。

 記録内容は日時、場所、カメラ番号の順で記載。


09/04  06:30:50(地下四階通路 43)

 七番収容室より収容者が移送される様子が記録されている。この移送に携わった二名の警備要員の証言から、後に死亡した二名の警備要員に目立った異常及びその兆候は無かったと推測される。この時点で既にGE異常が観測されていた事に留意して下さい。


09/04  06:35:52(地下三階通路 39)

 警備要員二名と移送対象者が妃弓枝と言葉を交わす様子が記録されている。システムログを参照する限り、この時間研究フロアで作業をしていたのは持続事案研究八班のみだった。


09/04  06:40:03(地下四階通路 43)

 死亡した警備員、後台助清及び清水泰治が倒れる。異常な映像は確認出来ず、以降の記録でこの二人が一切動かない事からこの時点で死亡したと推測される。これは全監視カメラに記録されている中で最初の明確な異変。


09/04  06:40:19(地下四階三番収容室 52)

 三浦花素花が拘束服を引き千切る。拘束服は人間には引き千切れない強度であったが、三浦花素花の異常な腕力に関してはこの事例以前にも記録されている。自由の身になった三浦花素花が外の様子を伺う様な行動を取る様子が記録されている。この時点で三番収容室の扉は施錠されている事がシステムにより確認されている。


09/04  06:42:15(地下三階八番研究室 38)

 結城慶介が突如吐血すると同時に倒れて激しく痙攣しする様子と、日並小波が駆け寄る様子が記録されている。

09/04  06:42:15(地下四階三番収容室 52)

 三浦花素花が真上を見上げて手を翳す様子が記録されている。原因不明のノイズが一秒間記録される。この行動が結城慶介の異常とほぼ同時刻である点に留意して下さい。


09/04  06:43:10(地下三階八番研究室38)

 同時刻避難指示が全館に放送される。結城慶介を除く四名の研究員が正規手順に則った退避手続きを行い、その過程で館雅が収容フロアの監視カメラ映像を確認する様子が記録されている。この時点で二名の警備要員が死亡している事を認識したと推測される。


09/04  06:44:31(地下三階八番研究室 38)

 結城慶介を除く四名の研究員での短い話し合いの様子が記録されている。


09/04  06:45:08(地下四階通路 43)

 四名の研究員が最小限の装備で地下四階生物収容フロアへ侵入する様子が記録されている。この行動は取り残された三浦花素花を救出する目的であったと推測される。


09/04  06:45:58(地下四階通路 43)

 三番収容室の前に南方窓が立った瞬間、扉は未知の力を受けて壁に接触するまで勢い良く開き、南方窓が扉と壁の間に挟まれる様子が記録されている。以降三浦花素花の消失まで扉は未知の力で壁に押さえ付けられている。システムログを確認する限りこの時点でも扉は施錠されていると記録されているが、映像及び事例後の確認において扉は開錠されており尚且つ破壊された形跡はない。事後の調査においても扉及び錠前に破損は認められず、システムでは施錠されていると認識されていた。この現象に関する調査は本文書作成時点で何等結果を示せていない。

09/04  06:45:58(地下四階三番収容室 52)

 三浦花素花が拳を前方に突き出した瞬間扉が開く様子が記録されている。


09/04  06:46:09(地下四階通路 43)

 廊下に出て来た三浦花素花が妃弓枝の左腕を掴む様子が記録されている。その瞬間妃弓枝の左腕は消失し、妃弓枝が意識を失った様に倒れる様子が記録されている。映像を解析した結果この消失の瞬間に他の異常な映像は確認出来ない。本文書作成時点で左腕は発見されていない。


09/04  06:46:17(地下四階通路 43)

 倒れて動かない妃弓枝を見て笑う三浦花素花、地下五階へ向かって逃亡する日並小波及び館雅が記録されている。解剖の結果妃弓枝は六リットル以上の血液を失い死亡したと推測されるが、映像では流血を確認出来ず現場にも相当量の血液は残されていない。総合的な判断をする限り妃弓枝はこの時点で死亡したと推測される。


09/04  06:46:55(地下四階通路 54)

 地下五階へ接続される階段の前で日並小波及び館雅が突如苦しみだし、階段側へと倒れ込む様子が記録されている。


09/04  06:46:58(二十五番階段 56)

 階段を転がり落ちる日並小波及び館雅が、階段の中腹に引っかかる様子が記録されている。以後この二名に動きは無かった事からこの時点で日並小波及び館雅は死亡したと推測される。二名が折り重なって倒れている為、検死によって確認された身体的異常がどの時点で発現した物かは不明。


09/04  06:47:06(地下四階通路 43)

 三浦花素花が消失する様子が記録されている。同時に床に壁と扉の隙間から南方窓の死体が倒れる様子が記録されている。このタイミングで扉を押さえ付けていた未知の力は消失したと推測されるが、南方窓がどのタイミングで死亡したのかは映像からも判別出来ない。三浦花素花が消失する映像を解析したが消失した現象以外に異常な映像は確認で出来ない。


 この記録以降臨時探索部隊999が七名の死体を発見するまで異常な映像は記録されていないが、この後約四十六分に渡ってGE異常値が観測され続けた点に留意が必要。


・補記

 注)以下の閲覧には甲種保全権限者による事前申告及び監視機構の審査が必要。


―――承認対象者‐特定免除対象国会議員:末堂春

―――承認番号LR9999999P

―――承認者:不要


 職員七名の死亡に関して三浦花素花が関連している事は明白であるが、この三浦花素花の内面が人間としての三浦花素花がであった保障はどこにも存在しない。

 仮に三浦花素花の内面が変容していたとして、その変容がどの段階で起きたのかは調査する方法は存在しない。

 三浦花素花の行動がこの事例の影響を受けた結果なのか、以前の事例の影響を受けた結果なのか、或いは三浦花素花事態がいずれかの事例の原因ないし要因であったのか、それらは全て判断するに十分な材料が無い。

 一つはっきりとしている事はこの事例が多くの死者を出す結果となった事である。

 この様な事例が今後発生しない様に、仮に発生したとしても被害を最小限に抑える事が出来る様に、我々は対策を用意する必要性があると判断する。


・最高司令補記

 明確でない原因が無用な混乱を生む事を避ける為に、この事例に関連する情報は封鎖されています。

 また、持続事案研究八班は事実上解散されましたが、書類上の解散は十月一日とします。

 今回の事例を受けて今後取られるべき準備は別途監査機構によって検討されます。

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