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亡霊学校  作者: 魚の涙
12/14

鈴木三郎は役立たず

「で、結局俺を呼び付けた意味は何だったんだ?」

 学校の亡霊にそう問い掛けると、予想以上に役立たずだったと返答が来た。

 先程遠巻きに見物した茶番劇と言い、こいつの言動と言い、無性に腹が立つ。

「いいじゃないか、貴様はそのお蔭で死なずに済んだ」

 そうなのだ、その事実がまた腹が立つ。

 勝手に助けられて、借りも返せず役にも立たない。

 俺がまるで無能者みたいではないかと呟くと、事実貴様は無能だったと言われた。

 貴様と同じで無能だったな俺はと言い返すと、殴り合いになった。

「……馬鹿馬鹿しい」

 それはどっちの言葉だったのだろうか。

 千切れた腕を拾ってくっつけながら、俺は遣る瀬無さと脱力感に包まれた。

「結局、この現象はあのバカップルのせいだったてのか?」

 本当に笑えない。少なくとも俺以外に二人は死んでいると言うのに。

 特殊探索部隊θの名前も知らない誰かと、巨人化した誰かが死んでいると言うのに。

「ここでは感情の強さは一つの基準でもあるのだよ。例えば貴様を軽く握り潰せる三重先生の様に」

 あれは痛かった。

 腹を裂いて焼けた火箸で探られる様な、とても耐えられる痛みではなかった。

 出来ればあのバカップルにもその痛みを与えてやりたい所だったが、もう成仏したそうだ。ちくしょう。

「狂った愛情と愛情から来る後悔の念が俺を歪めたのさ。まあ愛は強しって奴かな?」

 学校の幽霊がそれっぽく話を纏めだしたが、俺は納得いかない。

「この件で一体何億の予算が消えた? 何人の人が死んだ? 何人の人生が狂った?」

 予算を最初に言及する辺り貴様も大概だなと言う言葉が飛んで来た。

 ざっくりと心に突き刺さった。

「その予算が他の命を救えたかもしれねえだろ」

 苦しい言い訳をしてみた。我ながら恰好悪い。

「全部子供達には関係無い事だろ? 学校は楽しくあるべきだ」

 楽しく無い者は学校にいるべきではない。

 そんな言葉を聞いた気がした。

 視界が歪む。

 咄嗟に学校の亡霊に手刀を叩き付けた。

 感触はあった。

 ただそれは片栗粉を溶かした水を握りこんだ時の様に形を失った。

 一度ははっきりと感じたその感触は次の瞬間には溶ける様に感じられなくなっていた。

 吐き気と倦怠感に押し潰され、胃の中身を吐き出した。

 胃酸だけが喉を駆け昇り、埃の積もった床に汚い水音と共にぶちまけられた。

 戻った。それだけは理解した。

 口の周りを拭う間もなく飛び退いて周囲を伺う。

 予想に反して異常生物の気配は無く、代わりに四本の腕が俺に向けられていた。

 平常時は格納されている銃口が全て展開されていた。

 対巨人用保護服。

 その滑稽な外観から俺等はハンプディダンプティと呼んでいる。

 七つの防護層に護られたその装備は、当たり所が悪くなければ対戦車砲にも耐えると言われている。

 最も装甲の薄い部分ですら対人火器程度では傷つける事も折る事も出来ない程度には堅牢だ。

 対巨人保護服を着ているのは二人。

 他には七人が俺を警戒していたが、あれは全員レベルⅤ装備だな。

 何か大きな作戦の最中だった様だ。

「人か?」

 スピーカー越しの声が俺に問い掛けた。

「多分な」

 今の俺が人がどうかは少し自信がない。

 即処分されなかった事を信じてもいない神様に感謝したい気分だ。

 両手をゆっくりと上げながら、右腕が動いている事に気が付いた。

 確か折れていた筈だ。

 校舎に逃げ込んだ時に着ていた筈の対巨人用保護服は脱がされていた。

 不信行為と見做されない程度に周囲を見回したが、それらしき物は落ちていない。

 あれを紛失したとなれば減俸と始末書は確定だくそったれ。

 着ているのは探索部隊の制服だ。

「探索Ω所属、鈴木三郎二等探索士。識別番号AS20007655番。恥ずかしながら生きて帰還致しました。汚染されていなければですが」

 そう言ってからゆっくりと最敬礼をしてみせると、一人が顔面の装甲を解除した。

 強化硝子と特殊樹脂の多層構造に守られて、見知った顔があった。

「鈴木、生きていたのか」

 特殊探索部隊Ωの隊長である沼田一等探索士殿だ。

「ええ、恐らくは。一応拘束した上で鑑定する必要があると進言させていただきますが」

 俺は俺なのか。俺はそれを証明する術を持っていないし、俺が俺であると確信出来る客観的証拠も無い。

「θ3、θ4は回収物を運べ」

 レベルⅤ装備が二人俺を両脇から拘束した。

「よう、坊や。生きていやがったか」

 右側のレベルⅤ装備がそんな軽口を叩く。

「長老殿も御壮健であらせられますか。残念です」

 定年間際の長老がいると言う事は、浦島太郎にはならずに済んだようだ。

 あんな変態空間じゃ時間の流れも同じかどうか怪しいからな。

「口が減らねえな坊やも。二ヶ月も超常現象に閉じ込められたら少しは大人しくなると思ったのにな」

「二ヶ月!?」

 思わず叫んだ。

「……俺の感覚だとあっちに居たのは十日だが」

 どうやら本当に浦島太郎になっていた様だ。

 報告書作成が果てしなく面倒な作業になりそうだ。

「まあ、報告書の書き方くらいは教えてやるよ」

「始末書の間違いじゃねえのか、長老殿」

「似た様な物だ」

 長老と下らない会話をしながら校舎を出ると校庭にはSCCがあった。

 周辺には防衛隊の腕章を付けた奴らが百人以上。

 そいつらの装備は超常現象対応課の物ではない。

 防衛隊の全面協力まで取り付けてあるのか。

 あの腰抜け総司令にしては上手くやった様だ。

 生体収容専用檻に入れられた俺は貨物スペースに搬入された。

 校舎の方を見ると、中から特殊探索部隊と思しき人員が引き上げて来る所だった。

 作戦は終了した様だ。

「これ以上は迷惑掛からない様にするよ。今更だけどね」

 声が聞こえた。

 辺りを見回すと防衛隊も特殊探索部隊も慌てた様に動き回っていた。

 あの声は全員に聞こえた様だ。

 俺は知っている。あれは学校の亡霊の声だ。

 次の瞬間、校舎は忽然と消えていた。

 動揺が周囲に満ち溢れていた。

 誰もが右往左往する中、俺は檻の中で一人ゆったりと横になった。

「寝るか」

 多分駐屯地に戻ったらしばらくは寝かせて貰えないだろう。

 特殊洗浄、精密検査、監査、尋問。

 最上級の歓迎が俺を待っている。






・調査報告書摘要

注)全文は甲種保守権限者による事前申告及び最高司令の許可が必要。

 持続事案八番に関連する群馬公立小学校跡周辺の探索は大きな被害無く完了した。

 回収品目及び損耗状況及び詳細な調査ログに関しては補記Aを参照して下さい。

 群馬公立小学校の校舎跡は完全に消滅した物と結論付けられた。

 喪失者一名の回収。詳細は補記Bを参照。

 回収された元喪失者の証言等から、持続事案八番の危険性は著しく低下したと推定。

 調査に従事した者全員が「実害が外部に及ばない様にする」と言う旨の声を聞いている。

 この声の発生源に関しては不明であり、可聴域非可聴域を問わず全ての音域においてこの声が存在した証拠は無いが、声を聞いたと主張する調査員の数から何らかの意思が伝達されたと推定。

 回収された元喪失者はこの声の発生源が持続事案八番の根源を成すモノであると主張しているが、それを裏付ける証拠は何も存在しない点に留意して下さい。

 回収された物品等から持続事案八番には、持続事案指定を続ける程の脅威があるとは認められない。


・帰還者経過観察禄

 特殊洗浄及び二十四時間の経過観察の結果、汚染の危険性は低いと判断される。

 各種体組織検査の結果及び追加で四十八時間の経過観察の結果、汚染の可能性は無いと判断される。

 七十二時間に及ぶ精密観察と五回に及ぶ強制尋問の結果、鈴木三郎本人である可能性が極めて高いと判断される。

 自白剤を用いた特殊尋問の結果、鈴木三郎本人とほぼ断定。

 十二四時間の休息及び各種心理テストの結果危険性が無い事が判明したため、改めて尋問を行った。


・尋問禄

注)鈴木三郎に関する全ての尋問禄閲覧は甲種保全権限者による事前申告及び最高司令の許可が必要。


・持続事案研究八班補記

 今回の調査結果は持続事案八番の脅威を全て否定する証拠としては不十分である。

 持続事案八番の追加研究を行う必要性を強く進言する。

 まだ脅威は去っていない。


・最高司令補記

 持続事案八番を廃番予定とし、持続事案研究八班は九月末までに新たな存続意義を示せない場合解散とする。

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