野宮寿思は悪役
酷い感覚と共に目が覚めた。
とても酷い感覚だった。
例えるなら、泥酔状態から急に素面に戻された様な、そんな感覚だった。
「ふははは! 野宮君久しぶりだな!」
目が覚めると三重先生がいた。
相変わらずテンション高いな。
「久し振りっ。てかいつ振りよ?」
他の先生からは倦厭されてた先生だけど、俺は嫌いじゃない。
なんたってブルマを存続させてくれた偉大なる人だからだ。
やっぱスパッツは邪道だよね。エロくないし。
「ここでは意味の無い質問だ」
悪代官みたいな笑みを浮かべて三重先生はそう言った。
あー、何と無く思い出した。
「俺死んだ?」
「死んだ」
即答かよ! ってか死んだのか、俺。
「後は消え去るかここに留まるかどちらかだな」
俺は周囲を見渡す。
あれ、ここは。
「学校? ってか群馬公立小学校?」
懐かしい学校に俺はいた。
「そうだ。僕の学校だ」
三重先生の学校。
……楽しそうな学校じゃないか。
「野宮君にはここの職員として働いて欲しいのだよ。もちろん女子の体操服は、ブルマだ」
三重先生は悪代官の顔を俺に近付けて、しかも赤ブルマだと囁いた。
なにその桃源郷!
「是非働かせて下さい!」
俺は迷わず土下座した。
「いいだろう! と、言いたい所だが、一つ条件がある」
まずはこの恰好を見てどう思うと聞かれ、顔を上げると目の前に大鏡が出現していた。
そこに映った俺を見て、俺は初めて自分の服装に気が付いた。
詰襟の付いた丈の長い黒いマント。いや、これは限りなく濃い紫か。
白手袋をした手にはマントと同色の柄を持つ骸骨の杖。
おお禍々しい。
病的に白い顔色と長く尖った耳。
耳には巨大なリング状のピアスがいくつも通されていた。
白目は黒くその中央に光る暗赤色瞳が恰好良い。
その瞳をよく見ると、虹彩は幾何学模様だった。
髪はオールバックで固められていて、こちらは明るめの紫。
靴は先端が反り返って尖った革靴だが、鱗の様な凹凸があり色はやはり濃い紫。
大体紫だ。
思わず色々ポーズを取っていると、鏡は溶ける様に消えた。
そこには鏡の代わりに三重先生がいた。
仰々しいポーズで固まる俺に、三重先生は悪代官の微笑みに壮絶な色を混ぜた。
お楽しみの所悪いが話を進めさせて貰おうと言って、三重先生はついさっきまでそこには無かった椅子に座った。
「湯浅瞳君を覚えているかな? 野宮君が焼いた死体だ」
焼いた? 湯浅? ああ、あいつ湯浅瞳って名前だったか。
「その湯浅君と山崎君の成仏を手伝って欲しいのだよ」
山崎って誰だっけ。
え? 湯浅を殺したガキか。
でもどうしてその二人の成仏を手伝うのにこの恰好が必要なのか分からずにぽかんとしていると、三重先生が悪代官顔で詳細を説明してくれた。
なんでもあの二人は相思相愛だったそうだ。リア充死に絶えろ。ああ、もう死んだか。
湯浅を殺した罪の意識に苛まれて山崎は自殺したらしい。やったね。
でもどっちも成仏しきれず、群馬公立小学校に留まっていたらしい。
それが三重先生には邪魔なんだそうだ。いや、はっきり邪魔だとは言わなかったけど。
その二人を手っ取り早く成仏させる為に、俺を悪役に仕立て上げて倒させるらしい。
どうやら俺は一緒に逝ける筈の二人を引き裂いた存在として認識されているそうだ。
その思考はどう考えても三重先生が二人を洗脳した結果だろう、と言わなかったのは俺が大人だからだ。三重先生が怖いからではない。
でもそんな色惚けしたガキ共の為に何で俺が身体を張らなければいけないのか全く納得出来ない。
「因みに湯浅君はスク水の上からブルマを穿いた格好で野宮君を倒しに来る」
「是非協力させて下さい」
俺は勢いよく土下座した。
「……いいのか? これでいいのか?」
不安気な声に頭を上げると、霧みたいな何かがそこにいた。
「おお、ついでに紹介しよう。こいつは学校の亡霊だ」
霧みたいな何かは学校の亡霊と言うらしい。
で、何なんだこれは。
「こいつは大体どの学校にもいる何かだ。基本的に生徒達の感情を拠り所に存在している奴だ」
亡霊とかだと思っておけばいいと三重先生が説明する間に、その霧は俺そっくりになった。
「一応よろしく。俺はここの主みたいな物です。三重先生の方が力は強いけどね」
本当に俺によく似ている。目が四つ余分に付いているのが惜しいけど。
何か惜しいなと思っていると、ネコミミが生えた。
何コレカワイイ。
「野宮寿思です。よろしく」
自分と握手すると言うのも不思議な感覚だ。
「湯浅と山崎は本気で殺しに来るから、こいつには野宮君を守って貰う手筈になっている」
その言い方に漠然とした不安が積み上がり、即座に明確な形になった。
「ここ、死の概念あるんですか?」
恐る恐る聞いてみると、爽快な笑顔で返された。
その笑顔のまま、三重先生は消えた。
「あの、一応死なせない程度には頑張りますから」
亡霊とやらが申し訳なさそうにそう言って、霧散した。
ぐにゃりと景色が歪んで、次の瞬間俺は校長室で社長椅子に座っていた。
戸惑っている間に、扉が相手二人の子供が入って来た。
一人はスクール水着とブルマだった。眼福、眼福。
やる気出て来た。
死ぬかもしれないが、頑張りますか。
「くっくっくっ、よくぞ来たな。俺はそう簡単には倒されんぞ!」
精一杯の虚勢と悪乗り。
気分は魔王か何かだ。校長室って言うのもまたいい演出だ。
無駄に威張りたくなる。ここはそんな部屋だ。
立ち上がり、片足を上げて両手を広げ、マントをばさばささせる。
ガキ共が悦に浸った台詞を臆面も無く言い放って、俺へと飛び掛かって来た。
結論から言えば数分でぼこぼこにされた。
死ななかったから、まあいいか。いいのか?
「騙されやすい性格って言われません?」
亡霊が形の変わった俺を看病しながらそう言った。
事例報告書
08/19 06:30:17
観測装置が尋常ではないGE値を観測。封鎖違反の危険性の為超常現象対応課に自動的に稼働命令。
08/19 06:32:03
最高司令より全探索部隊に待機命令。同時に防衛省を通して防衛隊に協力要請。
08/19 06:35:06
発生源は旧群馬県太田市である事を特定。
08/19 06:39:27
無人探査機二機が高高度より探査開始。
08/19 07:07:38
有人支援機赤城山が緊急発進。
08/19 07:09:00
防衛隊より戦闘機RF-300七機及び爆撃機RV-A五機が緊急発進。
08/19 08:12:40
特殊探索部隊α及びβ及びζによる混成部隊Aを編成し、レベルⅤ装備にて県境に展開完了。
08/19 08:24:17
防衛隊超常現象対策大隊01から09が県境に展開完了。
08/20 06:41:27
無人探索機二機は何等異常を検知出来ずに帰投。
08/20 06:59:12
全探索部隊が撤退。最高司令が事例終息を宣言。
08/20 07:10:00
防衛隊が撤退。
・補記
特筆すべき事柄は無し。
・持続事案研究八班補記
情報が少な過ぎる為、この事例が持続事案八番に該当するかは判断出来ない。
しかしながら頻発するGE異常、中でも危険域のGE異常が頻発している現状は看過出来ない。
今回の事例も六月九日の事例と同様に対応可能な全人員と物資を投入するべきである規模の異常だと判断するべきであった。
また、五日後の大規模調査は安全の確認が取れるまで延期する事を提言する。
・最高司令補記
事例が頻発しているが故に予備戦力を保持しない危険性を重視する。
予測が出来ない故に調査は予定通り実施する。