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亡霊学校  作者: 魚の涙
10/14

笹ノ内詩節の墓参り

 霊園備え付けの桶に水を注いで、柄杓を一つ持って山崎の墓へと向かう。

「……俺の仕事ってどんなだっけ?」

 遠慮して軽い方の荷物を渡したのに、超常現象対応課の観察官は不満らしい。

 それとも水が並々と注がれた桶の方が良かったのだろうか。

「……失態続きだからな、駐屯地に戻ってもどうせこんな扱いだよ」

 背後の戯言は無視する。僕には関係の無い話だから。

 墓石の間を歩く時は何だか落ち着く。

 石になってしまえば人の間に差は無い。

 山崎は安らかにしているのだろうか?

 水汲み場から少し離れた場所に山崎の墓はある。

 山崎茂人。

 僕にとって唯一無二の親友であったが、彼の自殺した理由を僕は知らない。

 茶色く変色した花を花瓶から抜き、持って来た新聞紙に包む。

 墓石に万遍なく水を掛け、襤褸布で一年分の汚れを落として行く。

 所々生えた雑草を丁寧に抜いて新聞紙の中へ。

 最後に湯飲みとステンレス製の花瓶の中を丁寧に洗って、墓掃除は完了である。

 新しい花を供え、蝋燭と線香に火を点けた。

 お経は唱えられない。

 ただ両手を合わせて目を閉じて、心の中で読経。

 読経と言っても般若心経しか知らないのだけれどね。

 数分間、山崎の安寧を祈ってから目を開けた。

「や、やあ」

 目の前にどこか気まずそうに眼を泳がす山崎が居た。

「久しぶりだね」

 そう言って、食事に手を付ける。

「懐かしいな、最後の給食だ」

 目の前に置かれたメニューはレトルトのポークカレーにパックご飯と紙パックのお茶。

 災害等で通常の給食が提供出来ない時の為に、学校にはレトルトの非常用給食が用意されている。

 しかしその非常用給食にも賞味期限がある為、在庫処分の為に非常用給食が通常メニューに上がる時がある。

 群馬公立小学校における最後の給食が、このメニューだった。

 パックご飯は加熱済みの為封を開けるだけだ。

 水滴の付いたビニールの封はトレイの上に置く。

 湯気を立てるご飯の中心に窪みを作る。

 窪みを作るために避けたご飯は土手のよう端に盛る。

 続いてカレールーを開封する。

 上部の切れ込みから慎重に封を切る。

 雑に開封すると端まで切った際に手前と奥で高低差が生じて、綺麗に分離できなくなる。

 人によっては分離させない様だが、私は邪魔なので全部切ってしまう。

 ……ああ、少しずれた。

 大体最後は力技で引き千切る事になるのだ。

 カレールーが反動で跳ばない様に丁寧に引き千切り、ルーを万遍なくご飯の上に掛ける。

 本当は少し白いご飯を覗かせたい所だが、そうするとルーが溢れてしまうのだ。

 ご飯を掘って窪みと土手を作るのはこの為であり、ご飯をルーの海に沈めるのは苦肉の策なのである。ああ、気に食わない。

 紙パックのお茶は後ろのストローをビニールの袋ごと分離させる。

 これも人によってはビニールを貼り付けたままストローを抜く様だが、後で分別する事を考えれば先に分離させておくべきだと僕は思う。

 ストローをビニールから抜いて、伸ばして挿す。

 これで準備は完了だ。

 手を合わせて。

「いただきます」

 カレーを食べるのに特に注意する点は無い。

 遅すぎず早すぎず、ただ黙々とスプーンを動かして、たまにお茶で味をリセットする。

 ああこのチープな味。嫌いでは無い。

「相変わらずおいしそうに食べるなあ」

 山崎が呆れた様な感心した様な声で呟いた。

「今は舌が無いから。舌癌でね」

 スプーンとスプーンの合間にそう言うと、山崎はただ平坦な声でそうかと言った。

 食事はあっという間に終わった。

「ごちそうさま」

 ああ、名残惜しい。舌で味わう食事。

「で、何か用かい?」

 僕は改めて山崎を見る。

 山崎は埼玉公立第七中学校の制服を着ていた。

 その背格好は山崎が死んだ時のままの様だ。

「いや、自殺した理由を、言って逝こうと思って」

 その言葉が、僕は少し嬉しかった。

 僕に何の相談も無く首を括った事は少しだけ残念だったから。

「湯浅瞳って、覚えてる?」

 僕は記憶の引き出しを隅から隅まで漁って、思い出す。

「ああ、山崎にべた惚れだったあの子か」

 べた惚れ、とは幾分控え目な言い方だ。

 実態はストーカーである。

「うん、まあ、俺も湯浅にべた惚れだったんだけど」

 そう言ってはにかむ山崎に、僕は驚愕に目を見開いた。

 お前女見る目が無いなと、喉元まで出かかった言葉を飲み込む。

「でも、ほら、女の子と一緒に居ると恥ずかしいじゃん。で、ついつい突き放した言動取っちゃってたんだよね。湯浅には酷い事してたよ」

 違うぞ山崎。男子トイレにまで着いてくる女には至極真っ当な言動だったぞ。

「あの日もそうだったんだ。卒業式の少し前の、湯浅が居なくなった日」

 ああ、確か卒業式を待たずに湯浅は居なくなった。

 警察や消防が裏山まで捜索したけど、発見する事は出来なかった。

「あの日、俺は湯浅を階段から突き落として殺したんだ」

 割と衝撃的な告白だった。

 衝撃的だが、殺人よりも山崎の趣味嗜好に対する驚愕の方が大きいのは何故なのだろうか。湯浅は無い。無いぞ。

「そんな積もりは無かったんだ!ただ、やっぱりトイレまで一緒ってのは恥ずかしくて、つい、止めてくれって、手を振り回したら……」

 ああ、それは大体が湯浅の自業自得と言うか、贔屓目に見なくとも山崎が悪い訳では無いと思う。

「まあ、でも耐え切れなくて自殺までしたんだろ?もう罪は清算されてるんじゃないか?」

 下らない理由で現世に留まってないでとっとと成仏しろ、と言う事をオブラートで厳重に梱包して伝えると、山崎は泣きそうな顔で微笑んだ。

「お前優しいな」

 山崎程では無い。

「でも、最後にやらないといけない事があって」

 悲壮な顔から一転、何かの決意を固めた様な、非常に凛々しい顔で山崎は言った。

「湯浅もまだ、成仏してないんだ」

 許されるなら一緒に逝こうと思うと、山崎はそう言った。

 ああ。惚気か。ここで惚気るのか。

「リア充はとっとと成仏しろ」

 しっしと手で追い払うと、山崎は嬉しそうな顔をして消えた。

 同時に、僕は墓前に戻っていた。

「ああっ!ちょ!ああっ!」

 もう舌は無かった。

 喋る事も、味わう事も出来ない。

 これが現実だ。

「ちょ!笹ノ内さん!どこ行ってたんですか!?」

 煩い奴だ。取り敢えず首を傾げておこう。

 こんな時は喋る事が出来ないのは得だなと思った。

 ぎゃあぎゃあ煩い観察官を無視して、山崎の墓を見る。

 何の変哲も無い墓石だ。

 山崎は成仏したのだろうか?

 成仏したのなら、来年から墓参りはしなくてもいいかな?

 聞きたかった事も聞けたのだし。

 いや、駄目だ。聞きたい事が一つ発生してしまった。

 山崎は湯浅の死体をどうしたのだろうか?

 少し気になる。気もする。

 成仏しているかもしれないのだが、来年からも墓参りを続けなければいけないな。

 仕方の無い友人だ。死んだ後も手間を掛けさせる。






・事例報告書

08/15  14:01:20

 観測装置が異常なGE値を観測。


08/15  14:07:13

 発生源は旧群馬県太田市である事を特定。


08/15  14:10:44

 無人探査機一機が高高度より探査開始。


08/15  14:45:16

 観測装置が再び異常なGE値を観測。


08/15  14:44:21

 発生源は旧群馬県太田市である事を特定。


08/15  14:51:59

 二機目の無人探査機が高高度より探査開始。


08/16  14:05:37

 最初の無人探索器は何等異常を検知出来ずに帰投。


08/16  14:57:02

 二機目の無人探索器は何等異常を検知出来ずに帰投。最高司令が事例の終息を宣言。



・補記

 二十四時間以内に複数回、加えてほぼ同一地点でのGE異常はこれで二例目である。

 一度目のGE異常とほぼ同時刻観察班の監視下にあった笹ノ内詩節の消失が確認されている。

 笹ノ内詩節は二度目のGE異常とほぼ同時に消失した場所に帰還している。

 今回の消失は観察班の観察下で発生しており、これは映像が残っている初めての事例である。

 映像解析の結果消失の瞬間に笹ノ内詩節が消失した事以外の異常な存在は映っておらず、笹ノ内詩節は突然消えて再び現れた様に見える。

 安全の為笹ノ内詩節の消失と出現があった地点を中心とした半径一キロを一時封鎖し特殊洗浄を行った。

 範囲内に居た一般人は特殊洗浄の後薬剤投与による記憶処理を施して解放した。

 周辺住民に対しては化学物質による汚染と言う偽装情報が流布された。

 観察班及び笹ノ内詩節を群馬駐屯地に召集し、笹ノ内詩節には報告書の提出を指示した。


・報告書摘要

 注)完全な報告書は補記1を参照。

 山崎茂人の墓参りの際目を閉じて開くと教室の様な場所に居た。

 前回同様飲食と会話が可能な状態だったが、身体は大人のままだった。

 そこにはレトルトカレーとパックご飯と紙パックのお茶が用意されていて、僕はそれを完食した。

 同じ場所に山崎茂人が中学生の時の姿で居て、世間話をしていたら元の場所に戻った。

 世間話の内容は小学生の頃の話で取り留めの無い物だったので、詳しく覚えていない。

 確認聴取の結果、笹ノ内詩節は転移した場所が学校施設の様な場所であるとの認識を示しました。


・持続事案研究八班補記

 持続事案八番に連なる現象が変容している可能性がある。

 もうしそうであった場合この現象は放棄区域から外部へ物質を移動させる能力を有する危険性があり、そんな事が起こり得るのであればこれは重篤な封鎖違反が発生する危険性、もしくは既に発生した危険性を内包している。

 前回のGE異常に関しても追加の調査が必要であり、その場合もっとも疑わしいのはこれまでの引き込み現象に関係した者である。

 町田日実及び末堂春及び三浦花素花の緊急調査を行う必要性と、前回の事例に対する再調査を強く要請する。


・最高司令補記

 持続事案八番に関連する各種危険性については、予定されている調査によって対応可能なものである。

 よって全ての追加措置は例外無く却下される。

 これは決定事項であり、覆る事は無い。

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