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大盗賊シリーズ

大盗賊は奪い去る

作者: 楽夢智

カランコロン、と客が来たことを知らせる扉の鈴が軽やかな音を立てた。

「いらっしゃいませ!」

この宿屋で働く、バブーシュカを着けた柔らかな栗毛の少女ナキが明るくその客を出迎える。

「部屋を一つお願いできるかい?」

「ここの宿屋も満室だなんて言うんじゃねえぞ……」

「こら、脅さない」

来客者は不思議な二人組の旅人だった。

一人はすらりとした珍しい薄黄緑の髪の女性。

悪戯を企てていそうな猫目にはぱっちりとしたサファイアの瞳。

へそ出しのチューブトップに肩甲骨が隠れる程度のジャケットを羽織り、下はホットパンツという旅人には似つかわしくない軽装をしている。

もう一人は容姿端麗だけれどまだ幼さの残る少年。

輝く銀糸の髪は一切のくすみも汚れもなく、ある意味旅人らしくない。

銀糸の間から覗くルビーの瞳は不機嫌さを隠そうともしていなかった。

こちらもマントを羽織っているもののその下はノースリーブと猫目の女性ほどではないが軽装だ。

少年が腰に提げている剣だけが旅人である証明のように思える。

「大丈夫ですよ。空き部屋はまだいくつか残っています」

「それを聞いて安心したよ。せっかく村に着いたのに野宿だなんて笑い話にもなりゃしない」

朗らかに女性は笑った。

ナキも釣られて笑みを浮かべたが、はたと"あの事"を思い出し顔を曇らせた。


「あの……あなた方も、明日の"祭り"を見に来たんですか……?」


控えめに尋ねて相手の顔色を伺う。

二人組はきょとんとして、次にこれで合点いったというような表情で苦笑した。

「あぁ、だからこんなに賑わっているのかい。祭りがあるなんて知らなかったよ。静かでのんびり出来そうな村だと思ってたんだけどねぇ」

「物は言い様だな。人が少なくて寂れてそうだから行こうって師匠言って、いだだだだっ!!」

「ソル? アンタは言葉をオブラートにくるむことを覚えなさい」

女性は少年ソルのこめかみを拳で容赦なくグリグリと攻撃した。

「師匠……?」


「そうさ、大盗賊ユライ・ヤーノシーク様の大事な弟子さね」


「盗賊!?」

とんでもない爆弾発言に思わずナキは叫んで身構えた。

金品を奪いにきたのだろうか。

それなら都心の大きな町の大きな宿屋を狙うのではないか、と思ったが、辺境の小さな村の小さな宿屋だからこそ狙われたのかもしれない、と考え直した。

「こ、こんな小さな宿屋には大盗賊が狙うような宝物はありません!!」

ナキはどうにか宿屋を守ろうと、財産はそれほどないことを必死に伝える。

一方ソルは、また師匠の悪いクセが出た、と額に手をあて溜め息をついていた。

そしてユライは目を点にして、意味がよく分からないといった不思議そうな表情で言う。


「普通に働いて稼げるってのに、なんでわざわざ人様の財産を奪わなきゃならないんだい?」


「……はい?」

今度はナキが目を点にする番だった。

見る限り、ユライは言い繕っているわけではなく、本心からそう言っているようだ。

困惑するナキを置いて、ユライは自慢気に話す。

「あたいの盗賊道はさ、ちょいと義賊の理念を踏襲しててね。誰かから何かを奪ったら、誰かにそれ相当の何かを与えるってヤツでさ――」

「いえ、あの……なんで盗賊なのに、金品目当てじゃないんですか……」

「汗水流して正当に手に入れたものを、労せずに横からかっぱらうなんて外道のする事じゃないかい」

「じゃあ、宝石とかは……」

「あたい、そーゆー光り物に興味ないんだよね」

「ま、まさか人身売買とか……」

「人様の命と人生を金に変えて稼ぐような悪趣味は嫌いだよ」

「…………もう一度訊きますけど、盗賊、なんですよね?」

「ああ、大盗賊さね!」

どこが大盗賊なのだろうか、ナキは理解に苦しんだ。

そしてあだ名が大盗賊なのだろうとの結論に達した。

本当に大盗賊で、義賊的な考えを持っているのなら、ナキにはお願いしたいこともあったのだが。

「……部屋は、二階の一番隅になります……」

そう事務的な言葉を告げ、鍵を渡すことが精一杯だった。


■ □ ■ □ ■


「なあ、師匠。堂々と大盗賊だって宣言すんの、いい加減やめてくんねぇか?」

宛がわれた部屋に荷物を置きながら、ソルはうんざりした口調でユライに言った。

「なんでだい?」

ユライは愛用の短剣を手入れしながら聞き返す。

「なんでって……」

「盗賊ってのは何かを奪う事を生業にしてるヤツらを指すんだろう?」

「やってる事は賞金稼ぎと大差ねぇだろ。てか、むしろ賞金稼ぎだろ」

荷物の中に詰め込まれている"WANTED"と書かれた紙の内の一枚を手に取る。

それはこの村からすぐ近くの交易ルートに出没する魔物の討伐を依頼するものだ。

二人のやる事といえば、もっぱらこうした魔物の賞金首を倒す事。

「モンスターの命を奪ってるんだ。盗賊で間違っちゃいないさね」

「なら、他に義賊とか言い方あるだろ」

「やだよ。義って入ってる時点で正義の味方みたいじゃないか」

ユライはこう言って絶対に大盗賊と名乗る事を曲げようとはしない。

ソルはまた溜め息をついた。

「ほら、さっさと準備しな。ゆっくり休むのは一仕事終わってからだよ。夜までには終わらせるからね」

「へーい……」

適当に返事をして、ソルは己の得物である剣の手入れを始めた。


■ □ ■ □ ■


月が真上に昇り全てが寝静まった真夜中で、一つの動く影があった。

"祭り"まで、もう一日とない。

それまでに、彼が助かる方法を考えなくてはいけない。

彼には、なんの罪もないのだ。

しかし焦る気持ちに反比例して、妙案は浮かんではきてくれない。

村のすぐ傍の森を進み、結局何も思いつかないまま小さなほら穴に辿り着いてしまった。

ほら穴の前には松明が焚かれ、二人の男性が入り口を塞ぐように座り込み楽しそうに会話している。

彼らに見つからないように姿勢を低くし身を隠しながらほら穴に沿うように回り込む。

入り口が完全に見えなくなった辺りで茂みを掻き分けると、ほら穴の内部に向かって開いた小さな穴。

這いつくばってようやく子供が通れるような大きさだ。


「――ルゥくん」


ほら穴の行き止まりに作られた木製の格子の奥で、膝を抱えて座り込んでいる少年の名前を呼んだ。

「ナキちゃん」

顔を上げた黒髪の少年ファルゥは少女の名を呼んだ。

「ルゥくん、どうしよう。もう、明日が"祭り"だよ。どうしよう、どうしよう」

「落ち着いて、ナキちゃん。僕は平気だよ。だから、ね、落ち着いて」

「でも、でもっ、ルゥくんは明日――殺されちゃうんだよ!?」

思わず声を荒げてしまい口を手で塞ぐ。

耳を澄ませてみたが、見張りの二人が気付いた気配はなく相変わらず楽しげに会話している。

口から手を離して、ほっと息をついた。

「ナキちゃん……」

ファルゥは格子の間から手を伸ばしてナキの頭を撫でる。

ナキの瞳は今にも泣きそうなほどに歪み、ファルゥの頭に生えた獣耳を見た。


この村の祭りとは、獣人族を生贄に捧げ村の安寧を願うものなのだ。


ファルゥはその為にここに捕らわれ、生贄にされようとしている。

どうにか生贄にされずに済む方法はないかと考え続けたが、駄目だった。

「なんでルゥくんは平気なの? 殺されちゃうんだよ? 何も、何も悪い事してないのに。なのに、なのに」

視界が霞む。

自分があまりに無力でちっぽけで、不甲斐なさから涙が零れそうになる。

「僕は、ナキちゃんが無事なら、それで十分だよ」

微笑んでナキの頭を撫で続けるファルゥ。

ナキは堪えきれず、その場から逃げ出した。

周りも見ずに森を走り抜ける。

走って、走って、足がもつれて転んだ。

地面を引っ掻き、土を握り締める。

そしてバブーシュカを乱暴に毟り取り、声にならない声で吼えた。

自分の無力さに嘆き、自己の保身を捨てきれない非道さに憤慨する。

いつもなら気付ける人の気配に気付かないまま。


「へぇ、アンタ、獣人族だったのかい」


慌てて声のした方を向くと、そこには昼間出会った自称大盗賊ユライ・ヤーノシークの姿があった。


■ □ ■ □ ■


ナキの去った後、ファルゥは膝を抱えて体の震えを押さえようとしていた。

殺される事は、もちろん恐ろしい。

でもそれ以上にナキが、本当の獣人族のナキが殺される事の方が恐ろしかった。

ナキはファルゥの恩人で、親友で、思い人なのだ。


彼はこの村付近の森に捨てられていた孤児だった。


捨てられる以前の記憶は朧げで、自分が何処に住んでいて、どんな家族と過ごしていて、どうしてこの森に来たのか、微塵も思い出せない。

見知らぬ森の中を当てもなく彷徨い続け、空腹と喉の乾きからついに力尽きようとしていた時。

茂みを掻き分けて現れた影。

最初は魔物だと思った。

けれど影が近付いてくると次第にそれが栗毛の髪と同じ色の獣耳をもった獣人族の少女だと分かった。

――大丈夫?

それがナキとファルゥの出会いだった。


ナキは普段は獣耳を隠して近くの村で生活しており、時々こうして森に来ては木々のざわめきや川のせせらぎ、小鳥のさえずりといった自然の音色に耳を傾けている。

その日は動物たちが息を潜めていて不思議に思い、その方角へ向かってみると倒れている人間の少年を見つけたらしい。

獣耳は単純に隠し忘れていたようだ。

ファルゥが君は獣人族なんだね、と言うと彼女は今思い出したかのように慌てて耳を手で隠していた。


ナキの知人という事で村で暮らし始めたあくる日。

ファルゥは"祭り"の話を村人たちから聞いた。

数年に一度行われる"祭り"は、獣人族の血で周囲の魔物を払うのだ。

昔は魔物からの不安を取り除く為の儀礼的な儀式で、獣人族の血を少しだけ分けてもらい周囲の木々に塗る事で魔物が村に来ないよう結界を張っていたらしい。

だが今では、ただの殺戮ショーだ。

悪趣味な貴族が見物に来るようになり、その収益で村は潤おう。

しかし今までほどの"祭り"の効果が得られず、数年と経たない内に再び"祭り"が行われ、そして村の付近から獣人族は姿を消した。

それでも"祭り"が続けられるのは、何も知らない獣人族が村人の中に紛れ込んでいる事がある為だ。

だから"祭り"の前には村人たち一人一人を確認していく。

頭に着けた装飾品を外させて、獣人族が消す事の出来ない獣耳が無いか。


――ナキが危ない。


背筋が寒くなり、動揺を悟られないように必死に呼吸を整える。

どうすればナキを守れるのだろうか、ファルゥは必死に考えた。

一番良いのはナキを連れてこの村から逃げる事だ。

しかし村の付近には魔物が数多く生息しており、戦う術をもたない二人には不可能である。

考えて、考えて、通り過ぎていく村人の話の中でこの言葉だけが耳に入った。

村人を確認する前に、村人総出で付近の森を虱潰しに探すという。


――僕が、ナキの代わりになればいいんだ。


だからファルゥは森の捜索が行われる日にナキと森に出掛け、獣人族の使える姿を変える魔法で自分もナキと同じ姿になってみたいと言って、獣耳を生やしてもらったらわざと村人に見つかったのだ。

ナキの知人として突然現れたファルゥである。

誰もが本物の獣人族だと信じて疑わない。

ナキはすぐに魔法を解こうとしたが、ファルゥは何も知らなかったナキに"祭り"の事を教えてそれを制した。

先延ばしにしかならなくても、時間があればナキはこの村から出て行く事が出来るかもしれない。


ナキに出会っていなければ死んでいた命。

少しも惜しいなんて思っていない。


■ □ ■ □ ■


とうとう"祭り"の日を迎えた。

賑わう村人たちとは正反対に、ナキは暗い表情だった。

昨夜出会ってしまったユライは、ナキが獣人族であるという事を黙っていてくれると約束してくれた。

でも、それだけだ。

"祭り"の内容も、生贄にされるのはナキが魔法をかけた人間である事も、その友人をどうにか助けたい事も伝えた。

――そうなのかい。それじゃ、頑張りなよ。

それだけ言って、ユライは何処かへ去っていってしまったのだ。

何が義賊的な考えだ、困っている人に手を差し伸べるのが義賊じゃないのか。

少しでも彼女を頼ろうとした自分に無性に腹が立つ。

"祭り"の行われる広場に向かう人波の中に、件の自称大盗賊の姿があった。

結局あの人も悪趣味の持ち主なのだ。


"祭り"の始まりを告げる太鼓の音が響く。


ナキは急いで広場まで駆け抜け、人込みを掻き分けて見物人の最前列に出た。

広場の中央に村人に腕を掴まれた彼が居る。

目が合う。

彼は、いつもと変わらない穏やかな微笑みを浮かべた。

「ル……ッ!!」


「本当に、その子をイケニエにしちまっていいのかい?」


よく通る凛とした声が広場に響いた。

その声の主はナキの横を通って広場の中央に躍り出る。

薄黄緑の髪に猫のようにぱっちりした目、ユライだ。

「誰だ、貴様。それに何を言って――」

「鈍いねぇ。その子は、アンタらご所望の獣人族じゃないって言ってんのさ」

そう言うとユライはナキの方を振り返る。

「そうだろう? 宿屋の店員さん?」


手に持った見慣れたバブーシュカをヒラヒラと振りながらユライはそう言った。


ナキは慌てて頭に手をやる。

そこにバブーシュカは無く、あったのはそれで隠していた獣耳。

「あ……」

広場がどよめきに包まれた。

その動揺で腕を掴んでいた手の力が緩んだ隙を彼は見逃さなかった。

腕を振り払い、ただ周囲を見回すナキに駆け寄る。

「獣人を捕まえろ!!」

我に返った村人の一人が声を上げた。

その言葉にハッとした人々がナキと彼に迫る。

彼がナキを抱き寄せると、愉快そうに目を細めるたユライが宣言した。


「この村の"祭り"は、大盗賊ユライ・ヤーノシーク様が頂いたよ!!」


ソル、とユライが弟子の名前を呼ぶ。

その声に答えたのは、ナキを抱き寄せた"彼"だった。

「分かってる。メタスタシース・デル・プレセンテ!」

彼――ソルの唱えた転移の呪文によって発生した眩い光が三人を包み込み、一瞬の内に広場から三人を消し去った。

慌てふためく村人たちを残して。


■ □ ■ □ ■


「転移魔法はまだまだだねぇ。ほんの少ししか移動出来てないじゃないか」

「苦手なんだよ、こーゆー面倒で大掛かりな魔法はよ」

転移魔法によって着いたのは村から少し離れた森の中。

ナキは呆然とソルを、ファルゥと同じ顔同じ声の彼を見つめた。

「ああ、アンタ、耳生やす程度しか出来なかったっけ。カンビオ・アル・パサド」

ユライが呪文を唱えると彼の獣耳は消え、髪の色も黒から銀へと変わっていき、服までもが形を変え、昨日宿屋で会った時と同じソルの容姿になった。

驚愕に目を見張っていたナキはハッと我に変える。

「ルゥくんは!? ルゥくんはどこなの!?」

「ナキちゃん!」

木の陰からファルゥが駆け寄り、ナキを抱き締めた。

ナキもファルゥの背に手を回して抱き締め返す。

おそらくユライが解いたのだろう、ファルゥの頭にはもうあの獣耳はなかった。

「さあて、アンタらはこれからどうするつもりだい?」

ユライが訊ねた。

「あ……そうだ、もう、村には居られないんだ……」

「え……? どうして――」

独り言ちたナキにファルゥが訊き返そうとした時、彼女の頭にバブーシュカが着いていない事に気付き、何があったのかを悟った。

「なんで……、村から"祭り"を奪って、平和に暮らせるようにしてくれるって言ったじゃないか!!」

ファルゥが声を張り上げた。

「ああ、言ったねぇ。でも、あの村で、なんて一言も言ってないさね」

「そんな……」

悄然として俯くファルゥ。

「……別の村なり町なりに行けばいいだけだろ」

「無理だよ……この辺りは魔物が多くて、私たちだけじゃ行けっこないよ……」

ナキは力なく首を横に振る。

草木を踏み分ける足音と人の話し声が遠くから聞こえてきた。

村人が獣人族を探しているのだ。

この二人組が護衛をしてくれれば付近の町には行けるかもしれない、そう思ったナキは縋るようにユライを見た。

「他力本願も大概にしてくれないかい」

冷たい声でユライが言い放った。

「アンタらはあの状況で何をしたんだい? 何もしなかっただろう? ただ誰かが助けてくれるかもしれないって待ってただけじゃないか。あたいがアンタらを助けたのはね、おんなじ話を二回もされてウンザリしたから渋々やったんだよ。まったく、二人揃いも揃ってこっちが何か言ってくれるのを期待して待ってるだけ。アンタらの"出来ない"は、"やらない"の間違いだよ」

そこまで言って、ユライは盛大に溜め息をついた。

無茶を言うな、とナキは叫ぼうとして寸でのところでその声を呑み込む。

今、大声を出したりすれば村人に自分たちの居場所を教えるようなものだ。

しかし、このままここで途方に暮れていればいずれは見つかってしまう。

村には戻れない。

この森に居てもいつかは見つかる。

別の町に行くしか方法はなさそうだが、この大盗賊は頼れない。


――なら、自分たちだけで行くしかない。


ナキは両手で頬を叩き、自分を叱咤する。

もう逃げ道はない、頼りもない、自分たちだけでやるしかないんだ。

「ルゥくん、行こう!」

「ナキちゃん……でも、魔物が……」

「大丈夫だよ。この森までなら安全な道が分かるし、この森を抜けても魔物が襲ってくる前に気配に気付ける。だって、私は獣人族だもん!」

ファルゥの手を強く強く握る。

ナキの目に、もう迷いはない。

力強いその瞳に鼓舞されたファルゥはナキの手を握り返した。

「うん、行こう!」

その時、一部始終を見ていたユライが今思い出したかのように言った。

「ああ、そうそう。すっかり忘れてたよ。この辺りの魔物は偶然にも一掃されてたんだよねぇ」

「へ?」

「この近くの交易ルートを通っていけば、魔物なんかに遭わなくて済むハズだよ」

「ぶっ倒したのは俺ら、もがっ!」

「――が夜、散歩に出掛ける前ぐらいかもしれないねぇ」

口を押さえられ不満げにくぐもった声を上げるソルをユライは横目で睨んだ。

その一連の言動で大体の事を悟った。

自分たちにこれから先を決断し生き抜けるだけの勇気があるのか、二人は大盗賊に試されていたのだ。

「あ、ありがとうございます!」

「なんであたいらにお礼を言うんだい? お礼を言うべきはどっかの親切な賞金稼ぎだろう?」

「でも、それって――」

あなたたちの事でしょ、と言おうとした口にユライが人差し指を当てて制した。


「あたいはあんたらから"逃げ道"を奪った。だから、それ相当の"勇気"をあんたらに与えただけさね」


悪戯好きな猫のような目を細めてにっこりと微笑んで、指を離した。

ナキはもう一度お礼を言おうと口を開きかけて、草木を踏み分ける足音がこちらに近付いて来ている事に気付いた。

「ナキちゃん」

ファルゥも気付いたようだ。

「うん」

頷いて、短く答える。

そして歩き出して二、三歩目でユライが声を上げた。

「おっと、こっちは本当に忘れるトコだったよ! 店員さん!」

ナキが振り向くとユライは手に持っていたものを投げて寄越した。

「コレって……」

それはナキの愛用していたバブーシュカと、それに包まれていた二つの小さな宝石の付いた指輪だった。

「安心しな、盗品じゃないよ。ちょっと前に報酬でもらったんだけど、あたい、そーゆー光り物に興味なくってね。大盗賊からのちょっとした餞別だよ。ほらほら、さっさと行きな!」

ユライに急かされて二人は手を繋いで駆け出した。

先の見えない真っ暗な森の中でも、これなら離れず迷わず進んでいける。


「ぷはっ! はー……酸欠で死ぬかと思った」

「鼻は塞いでないんだから、死ぬわけないじゃないか」


やっと自由になった口でソルは大きく深呼吸する。

「……師匠ってホントにお人好しだよなぁ」

今度失言したら鼻まで塞がれそうだと思ったソルは、新しい未来へ向かって駆け出した少年少女が夜の森の中に消えていった辺りで、そう呟いた。

ユライはむっと不愉快そうに唇を尖らせる。

「冷酷非道といってほしいもんだね、大盗賊的に」

「どこがだよ。アレ売ったら、当分旅の資金に困らなかっただろ」

アレとは二人に餞別としてあげたあの二つの指輪の事だ。

交易ルートに出没する魔物討伐の報酬として得たもので、なかなかに値打ちのあるものだった。

「そうなのかい? 惜しい事をしちまったねぇ」

「知ってたクセに……」

とぼけるユライにソルは呆れたように言った。

しかしその口調に反して嬉しげな彼の表情。

ソルは師匠と呼ぶユライの、こうした優くて、けれどそれを素直に表現出来ない不器用なところも慕っているのだ。

「で、どーすんの? 祭りが出来なくて困ってる村人どもを見物にでも行くのか? それとも追っ手の村人どもと一戦交えるのか?」

剣に手をかけて半分本気の半分冗談で言う。

「決まってるだろう? 奪うもん奪ったら長居は無用。さっさとトンズラこくのが盗賊の流儀ってもんさ」

「そりゃそーだな」

二人はくすりと笑い合って、あの二人の向かった方向とは別の方向へと歩き出した。


■ □ ■ □ ■


"祭り"を奪われた村がどうなるのか、ユライは知っている。

"祭り"を行えなかった不安を抱きながらも、村は変わる事無く、いや"祭り"が変貌してしまった以前の村へと戻るだろう。

確かに獣人族の血は魔除けになる。

だがそれは、度が過ぎればただの毒にしかならない。

獣人族の血はその血に宿る魔力で魔物をおびき寄せ、魔物はそれを夢中になって啜るのだ。

その間は他のものに被害が及ぶ事はない。

しかし、その血が無くなってしまえばそれまで。

魔物の矛先は付近の、例えば村などに向けられる。

今のように獣人族を殺してしまう"祭り"を行っていれば、その血に引き寄せられた魔物によって村は壊滅するだろう。


だからユライは、村から"祭り"を奪い、"安寧"を与えたのだ。


村付近の魔物は一掃したが、数ヶ月と経てばどこからともなく再び魔物が現れる。

それでも"祭り"を行わずにいれば、被害はほとんど無いだろう。

獣人族の血などという村に魔物をおびき寄せるだけの毒は、もう無いのだから。


そしていつかは、自分たちの過ちに気付く日がくるだろう。


――その時には、またこの村に来て、今度こそのんびりと過ごそうかねぇ。

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