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第8回

 むちゃぶり,って言っても,ほどってもんがある。

 また次の週末。わたしが連れられて来たのは,「名前は聞いたことある」というだけの町だった。    

わたしは,そこで駐車場の隅に置かれた仮設ステージにいた。目の前には,100人分くらいのパイプ椅子が並んでる。でも,4分の1もうまってなくて,言うまでもない感じだけど,そのうち5人は「サクラBOYZ」だった。で,ちょっと後ろに視線を移すと,「B級グルメ」とか酒を売る屋台があって,その前で客席よりずっと多い人たちが遠巻きにこっちを見てた。人はいるんだけど,冷やかし…っていう,すごくやりにくいパターンだった。

アウェイにはもう慣れてたけど,ほとんど何の準備もできないままで,初の地方遠征ライブが始まっていた。

昨日の夕方のことだ。ありがちな「町おこし」のイベントから急なオファーがあった。出演予定だった地元のロコドルが急病だって理由だけど,どうして縁もゆかりもないわたしが,とか思いながら朝早く伯父さんの車に乗り込んだ。MCのネタ作りに,ネットでその町のことを調べよう…なんて思ってたら,爆睡して,気づいたら現地の駐車場。それで,地元の商店街?の人が来て,実行委員会っぽいテントに案内されて…

本当なら,久しぶりの休みになるはずだった。アイドルの活動は,楽しいって言えば,そうなんだけど,やっぱり疲れてきた。夏が近づいて,気温が上がってるからだるい,っていうのもある。とにかく身体のあちこちが痛くなって…なんて言ってたら,伯父さんは,「ババアかよ?」なんてつこっみながら,マッサージに連れてくって約束してくれた。

 だから,もう一日頑張ろう,って思ってたんだけど…

「ここでゲストをお招きしたいと思います。地元のカルチャースクールに通うダンサーの方々がライブを盛り上げてくれます。」

 そう言って,本部テントのほうを見たわたしは,一瞬固まった。

 リオデジャネイロ?浅草?

 わたしの眼に飛び込んできたのは,派手な飾りがついた水着だった。

『ぶっつけ本番でも何とかなりますよ。大丈夫。ダンサーは,美宙さんの曲に合わせて身体を動かすことになってますから。』

ライブ直前,商店街の会長?っぽい人が笑いながら言った。時間がなくて,バタバタしてたから,スルーしたけど,打ち合わせって大事だ。っていうか,わたしはともかく,伯父さんがノーチェックなのは,やっぱり手抜きだ。

そう思って,テントのあたりを見回したけど,伯父さんの姿はない。気まずくて逃げた?職場放棄ってこと?いつもなら「BOYZ」に話を振ってネタにするところだったけど,ちょっと状況が違った。気づくと,わたしの両側には,サンバの衣装のお姉さんが3人ずつ立ってた。

わたしが黙ってると,MCが終わったと思ったみたいだ。いきなり次の曲のイントロが流れ始めた。「BOYZ」がMIXを打つと,あきれた顔でステージの下を見てたお姉さんたちだったけど,歌が始まったら,すごい勢いで腰を振り始めた。

デジタルな音とサンバの相性は…って,それ以前にセンターだけロリ服って,ない。国際色を感じさせないローカルなイベントにサンバも変だけど,サンバ隊のおかげで,わたしの異物感も増し増しだった。

彼女たちは,っていうと,もはやサンバじゃないよね,って思うほど,メチャクチャな腰使いだった。カルチャースクールの指導がひどいのか…そもそもなぜサンバなのか…そんなことを考えながらサンバ隊の波打つボディを見てたわたしは,客席に視線を戻した。

え?増えてる!客席にいる人の数が,明らかにダンサー登場前と違う。それに,続々とこっちに向かって歩いてくる人が見えた。

 だけど,多ければいいってわけじゃない。彼らが見てる,っていうよりガン見してるのは,お姉さんたちの揺れる胸とか,くねる尻とか,身体のごく一部で,わたしなんか眼中になかった。ついさっきまで異物扱いされる感じで,それはもちろん厳しいけど,一気に空気っていうのも嫌だ。

男の人たちは,「ヒュー!」とか「オー!」とか盛り上がり始めた。でも,声の響きは,「現場」で見てきた人たちと明らかに違ってた。これじゃ,ドラマに出てくる飲み会のオヤジだ。って思ったら,それも間違いじゃない。半分以上の人の手にはカップのビールが握られてたから。

想定外の客層だった。でも,とにかく盛り上げないといけない。というか,オヤジは勝手に盛り上がってる。それを,アイドルのライブとして成立させないといけなかった。だって,見てた人が,おもしろがって「地方アイドル、宴会の余興扱い、惨め」なんて写真入りでツイートするかもしれない。

水着に負けたくない。こんなこと言っても,「お前も水着になれ。」ってオヤジたちは笑うだけかもしれない。もちろん,わたしなんて底辺のアイドルだ。でも,この状況をアイドルとして切り抜けたい。またしても,らしくないことだけど,そんな気持ちになってた。

けど,だからって,特別なスキルがあるわけもなく…わたしは,ステージの下を見た。そう。困ったときは「BOYZ」頼みになってた。

「ニセ信者さま1号」,その後「隊長」って呼ばれるようになった背の高い人と目が合う。一瞬だった。「隊長」が踊るのを止めて,手招きするのが見えた。若いのに「現場」慣れしてる感じだったから,何か考えがあるんだと思った。

そこで曲が終わる。残されたのは,あと1曲。

わたしは,ペットボトルを手にとって,中の水を一気に飲み干した。タオルで汗をぬぐいながら,息を整える。左右を見回すと,お姉さんたちは,のんきに酔っ払いに手を振り返したりしてた。わたしは,大きく息を吸うと,力一杯の声で叫んだ。

「最後の曲です!盛り上がっていきましょう!!」

客席から歓声が返ってきた。でも,それは,わたしのあおりに対してじゃなくて,グラビアみたいなポーズを決めたサンバ隊が原因だった。

 かまわない。曲が流れ始めると,わたしは,ステージから飛び降りて,「BOYZ」に近づいていった。

 あれ?わたしは,ちょっと戸惑った。彼らは,お互いにアイコンタクトを交わすと,後ずさりを始めた。声を上げるのは止めずに,迷惑そうな顔をしたオヤジたちを押しのけていく。そうするにつれて,客席後方にできたスペースが大きくなる。

わかった。わたしは,パイプ椅子をつかんで,彼らの中心に置いた。「隊長」がうなずくのを確認して,その上に立って歌い始めた。

 タイミングよく,歌はそこでBメロに入った。「BOYZ」は,わたしを囲んでケチャの体勢に入る。本来のステージに背を向けて歌うわたし。これで,ステージがふたつになった。あとは…。

「サビ!いくよっ!」

わたしは,人差し指を立てた右手を突き上げた。そのまま手首をグルグルと回す。それを合図に「BOYZ」がわたしの周りを走り始めた。

サークルモッシュ。今やアイドルのライブでも珍しくない光景だけど,ふだんライブに行かない人を驚かせるには十分な演出だった。サンバ隊を見てた人が,振り向いてわたしを見るようになってた。それが,隣の人につられるみたいに数を増やしていく。

そうしてるあいだにも「BOYZ」は,近くにいる人を巻き込んで,少しずつ輪を大きくしていった。好奇心に駆られて集まったんだろうか。さっきまでいなかったような若い人たちも,笑顔で走り回ってた。

気づくと,伯父さんが,何事もなかったみたいに近くにいた。いつもより大きくて高そうなカメラを構えて,時々手を回して客をあおってる。モッシュに参加してる人たちが,ポーズを取りながらレンズの前を横切っていった。

あ。思わず笑みがこぼれる。人の渦の中に知ってる顔を見つけた。いつからいたのかわからない。タキモトさんが,「隊長」の後ろを走ってた。体力的にきつそうで,若い人にぶつかられ,足ももつれ気味だったけど,笑顔だった。

わたしは,椅子から降りて,広がり続ける軌道に近づいた。タキモトさんが,走ってくるのを見て,右手を挙げて差し出した。手のひらと手のひらがぶつかる。音楽にかき消されて聞こえなかったけど,きっと心地いい音がしたはずだ。

その後,何人かとハイタッチして,椅子に戻った。少しでも自分の位置がわかるように,フリを無視して大きく手を振りながら。

また椅子の上に立ったところで曲が終わる。すかさず「BOYZ」がアンコールの声を上げた。周りにいた人も変なテンションで叫び始める。いつのまにか「隊長」ともう1人が,わたしのすぐそばに来てた。

「座って。」

 もう少しで大きな声を出すところだった。次の瞬間,わたしの身体が椅子ごと宙に浮いた。リフト初体験。しかも椅子に座ったままって。戸惑うわたしに「隊長」が耳打ちした。

「タオル広げて。」

わたしは,マイクをひざに置いて,首にかけてたタオルを,頭上で広げた。『お布施上等』って,あの上品とは言えない文字が現れる。本部テントを見ると,伯父さんがPAの人に何か指示を出してた。と思ったら,すぐにスピーカーから音が流れ出す。またアイコンタクトを交わした「BOYZ」が大きく息を吸って,空に向けて一気に吐き出す。

「あー!よっしゃ,マネー!」

わたしは思い出した。思い切り自慢げに伯父さんが言ってたのを。「新しいMIX考えた」って。

「ドル!イェン!ポンド!リラ!マルク!フラン!」

ゴロが悪い。それに,もうユーロだし。って,心の中でつこっみを入れた。

「ギルダァー!!!」

 このタイミングで,「BOYZ」が何かのかたまりを,放り投げた。それは,空中でバラバラになって降ってきた。わたしの周りが,わっと湧いた。その一部がわたしの膝の上に落ちてきた。安っぽい印刷のおもちゃのお札だったけど,意外な効果だった。

みんな「設定」なんかわかってなかった。でも,失礼な言い方だけど,刺激のない場所にいると,初めて見るものに反応しやすい。それに,わたしは,座った椅子ごとかつがれてる。御輿みたいな姿は村おこしにぴったり,って言ったらもっと失礼かな。

曲は,伯父さんの作詞・作曲で,「ブチ上げ系ロックチューン」と言われる曲調だった。メロディーとアレンジに不満はないけど,歌詞が問題だった。フリーターだった元カレが就職した後,その会社の株価が急上昇して,「惜しいことした」って嘆く女の人の話だ。ほんと夢も希望もない詞…

でも,そんな曲の第一印象がどうでもよくなるほど,わたしのテンションも上がってきてた。座って歌うなんて,カラオケを別にすれば初めてだ。踊ることもできない。もどかしかったけど,せめて遠くまで届くように,って声を振り絞って歌った。

会場の人たちは,っていうと,もう「BOYZ」の先導はいらなかった。自分たちで輪を作って走ったり,身体をぶつけあってるのが見えた。

 首筋を流れる汗をタオルで押さえると,早くも,中間部のコール・アンド・レスポンスになってる。

「ありがとうございます!みなさんも一緒にシャウトお願いします!」

わたしは,拳を握ると,精一杯声を張って叫んだ。

「上場するなら金をくれ!はいっ!上場するなら金をくれ!」

「…するなら金をくれ!」

 予想以上に大きな声が返ってきた。もちろん初めて聞く人がほとんどで,正しく言えてたのは「BOYZ」だけ。元ネタになったドラマのセリフを繰り返してる人がほとんどだったけど,楽しそうだった。「参加することに意義がある」ってよく言ったものだ,なんて思った。

「しっかりつかまってて。」

歓声のすき間から「隊長」の声が届いた。背もたれに体重をかけて,座面?を片手でつかむと,椅子がゆっくりと回り出す。そして,その場で180度動いて止まったら,移動が始まった。

 前にいる人たちが,パイプ椅子をずらしながら,左右に道を空ける。わたしは,笑顔を振りまきながら,ステージを目指した。サンバ隊の姿はもうそこになかった。わたしたちは,奪い返したような誇らしい気持ちで,無人のステージに近づいて行った。



「ちょっといいですか。」

 あー。もうちょっとで声が出そうだった。呼び止められて,暗い気分になる。振り返ると,藤崎さんが立ってた。

 ライブの後,わたしは会場近くのミニFM局にゲストとして呼ばれた。地域の人に向けたローカルな情報のあいだに音楽を流す,っていうありがちな生放送の番組だった。特に難しいことを訊かれたわけじゃないけど,放送のあいだずっと居心地が悪かった。

 DJの藤崎さんは,たぶん伯父さんと同世代だけど,物腰が柔らかくて,大人な雰囲気だった。それに,いかにもDJっぽいわざとらしい話し方じゃないのにも好感が持てた。でも,目が笑ってないっていうか,すべてお見通しだ,って言ってるみたいに感じた。

だから,番組が終わってやっと解放される,と思ったのに,何の用が…ってちょっと身構えた。

「呼び止めてすみません。もしお時間があったら,ちょっと歩いてみませんか。」

その日夕方までは,「自由行動」になってた。伯父さんは,昔の知り合いに会うとか言って,車で出かけて行った。

 知らない町に1人。でも,気まずい相手と一緒にいるよりは,単独行動のほうがずっといい。わたしはあえて迷惑そうな表情を浮かべた。それなのに,藤崎さんは,わたしの戸惑いにいっさい構わず先に立って歩き始めた。

「ついてきてください。」

強引だった。もしかしてナンパ?って,違うよね。じゃあ,さっきの番組のなかの応答にダメ出しとか?なんかまずいこと言ったかな。そんなことを考えながら,とりあえず後を追ううちに,ライブをした駐車場に戻って来てた。

 改めて見回してみると,ライブ中みたいなカオス感とは違うにぎわいがあった。屋台の前には,そんなに長くないけど,列ができてる。追加の食材を運んでくる人が走り回ってるのも見えた。ライブの客席だったスペースには,飲食用のテーブルと椅子が置かれ,それなりに人がいる。肉が焼けるにおいが漂ってきて,わたしは昼ご飯がまだだったことを思い出した。

「後で何か食べましょう。こんなところまで来ていただいたお礼に,何かごちそうさせてください。」

藤崎さんが,地元の食材を使ってるらしい屋台を見ながら言った。わたしは,ますます面倒になって,返事をする代わりに曖昧にほほえんだ。

「そうそう。番組では話題にできませんでしたけど,いいコンビネーションでしたよ。『信者さま』たちと。」

ほら。やっぱりバレてる。藤崎さんは,「サクラBOYZ」が仕込みだってことに,とっくに気づいてた。ウソを言ってもムダだとあきらめて,正直に答えた。

「すみません。最初は,抵抗があったんです,仕込みなんて。でも,いつの間にか頼ってしまっていて…」

「謝ることはありませんよ。ただでさえソロってたいへんそうだし。ステージの下にサポートメンバーがいる,って思えばいいだけですから。」

意外な答えに,思わず藤崎さんの顔をのぞきこんだ。この発想って…。ちょっと警戒が緩くなって,思ったことを口にした。

「あの。もしかして,わたしのマネージャーと知り合いですか?」

「いいえ。でも,ツイッターやブログを見てますが,関心しますよ。アイディアも行動力もあって,いい加減なことをやってるようだけど,ちゃんと意味がある。」

そうだ。それは,わたしも気づき始めてた。でも,今日は…

「ほめすぎです。確かにそういう部分もあるかもしれませんが,今日なんかちゃんと打ち合わせしてないから,あんな意味不明なコラボになったんです。」

サンバ隊の中に1人。思い出して,また腹が立った。そんなわたしの様子を,藤崎さんはほほえましそうに見て言った。

「意味はあると思いますよ。今度『アイドル異種格闘技』に出るんですよね。今日は,その前哨戦という位置づけだったんでしょう。だから,あえて盛り上がりにくい状況でどれだけできるか,試したんだと思います。」

確かに,わたしは「戦闘モード」になってた。それで,勝ったっていう達成感もあった。でも,なんだか認めたくない自分がいた。わたしが黙ってると,藤崎さんは,スマホを取り出して操作し始めた。しばらくして画面をわたしに向ける。

「それに,マネージャーさんなりに援護射撃もしてくれてたんですよ。」

伯父さんの,というかわたしの公式ツイッターだった。藤崎さんが指を動かすと,地域の掲示板のようなサイトに変わった。

「え,映画…?」

あきれた。そこには,ロコドルが映画を撮るから,エキストラのつもりでライブに来てほしい,って書いてある。だからあんな大げさなカメラを用意して…

「インチキもいいところですね。これは,さすがにない,って…」

 わたしは,苦笑いしながら,画面から目を離す。でも,藤崎さんの反応は,ななめ上を行く,というヤツだった。

「いや。そうでもないかもしれないですよ。美宙さんがもっと有名になって,ドキュメンタリー映画を作るときに今日の映像を使えば,嘘じゃなくなるから。」

確かに公開予定日は書いてない。でも,これは,こじつけだ。

「あの…やっぱり同じ種類の人間ですよね?マネージャーと。」

わたしの問いかけに,藤崎さんはちょっとうれしそうな顔になる。

「種類か…まあ,そう思ってもらって差し支えないですよ。そうだ。少し見てほしいものがあるんです。」

場がなごんだところで,思い出したみたいに藤崎さんが,また歩き出す。会場には,わたしの顔を覚えてくれた人がいて,手を振ってくれた。すれ違いながら,わたしも笑顔で応える。

「ここです。」

藤崎さんが,駐車場を抜けた路地の前で手を広げた。顔には自虐的って言ってもいいと思う。複雑な笑いを浮かべてた。

わたしたちがいたのは,さびれてる,って言葉がぴったりの,古い建物が並んでる場所だった。低いビルはみんな,金属の部分は錆びて,壁はニビイロっていうのか,くすんだ灰色をしてた。で,キャバクラっていうよりキャバレー?とか,たぶん風俗店とかの,下品でセンスのない看板があちこちにあった。

「ここは…」 

穏やかな休日の昼下がり。地元の人たちでにぎわう場所と隣り合わせで,こんなあやしげな場所が存在する。でも,驚くほどのことじゃなかった。わたしの住む町にも同じような地区があるのを思いだした。

「僕は,大学を卒業して,しばらくは東京で働いてたんです。事情があって地元に戻ることになって,帰って来たら,驚きました。高校時代よりずっと寂れてて。」

藤崎さんの言葉を聞きながら思い出す。わたしは,FMの放送中この町の印象を訊かれたから,「活気がある」って答えた。イベントを見る限り,そう言っても問題ないと思う。でも…

「ここにこんなに人が集まるのも年に2,3回。イベントのある時だけですよ。」

わたしの考えてることがわかったみたいだった。やっぱり鋭い。藤崎さんは,わたしに背中を向けて続けた。

「地元に戻ってすぐ町を歩き回ったんです。中心部から町外れの狭い路地まで。でも,どこにも自分の居場所はありませんでした。高校時代の友人も,上京したまま戻って来ないのがほとんどです。なにしろ都会に出ていった人が戻って来ない確率が全国トップクラスっていうデータがあるらしいです。ほんと何もないんだから無理もない話ですが。」

「だから,ミニFMを…」

「ええ。まあ,そんなところです。」

わたしの言葉に藤崎さんが振り返る。わたしは,ずっと気になってたことを口にする。

「あの…このお話と今回のオファー…この町に呼んでいただいたことと何か関係があるんですか?」

「ああ。そうなんです。」

藤崎さんが笑みを見せた。その質問を待ってたみたいに。

「さっきも話しましたが,マネージャーさんが面白い方だと思ったのもあります。でも,それ以上に興味をひかれたのは,あなたのブログですよ。」

「わたしのブログ,ですか?」

すごく意外だった。伯父さんの濃いキャラよりも,いたって平凡なブログだなんて。

「はい。美宙さんは,ロコドルですが,地元についてほとんど書いていないんです。キャンペーンやタイアップもなさそうですが,それにしても少ないんですよ。」

「ああ…そういえば…はい。」

確かに,思い出せるのは,地元の駅前でやった初ライブくらいだ。

「だから,思ったんです。美宙さんも,地元を盛り上げるのを諦めてるんじゃないかって。」

「えーと。はい。そうですね。あきらめてる,というより,最初から盛り上げようっていう発想がない,というのが近いかもしれません。小さい頃から,地元はさびれてて当たり前だったから。あ。こんなこと言ったら,ロコドル失格ですよね。」

伯父さんと「同じ側」の人。わたしの警戒心は,すっかりどこかに消えていた。藤崎さんは,大げさに首を振って否定してくれた。

「そんなことないですって。僕なんか,地元を盛り上げるつもりでDJ始めたのに,最近は逆効果だって感じることもあるんです。イベントのたびに東京からゲストを呼ぶことで,余計に都会に目を向けさせることになってるって。」

「それ,同じです!わたしの数少ない『リアル信者さま』も,このままだと『県外遠征』が多くなりそうで。」

わたしたちは,友達同士みたいに声を上げて笑った。なんとなく振り向くと,屋台で何か買ってる人が,不思議そうにこっちを見てた。

「よかったらもう少しお話しませんか。近くにメイドカフェができたんです。こんな町に酒でも風俗でもない楽しみ方を提示してくれる貴重な存在です。微力ながら援護したいんですよ。」

藤崎さんは,またスマホを操作し始めた。店のサイトを探してるとわかった。

 わたしは,話し相手として「合格」みたいだった。同じ感覚で話せる人が貴重なのは,痛いくらいにわかる。そう。わたしも伯父さんに会うまでは… 

「おもしろそうですね。この町にメイドカフェって,チャレンジャーじゃないですか。」

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