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第4回

「ええっ!?今からですか?それに,こ,ここで?」

 思い切りだまし討ちされて,うまく言葉が出てこない。

「こういうことは早いに越したことはないんだよ。ほら。この箱持って。」

伯父さんは,トランクから段ボール箱を取り出して,地面に置いた。わたしは,しかたなくとりあえず手を伸ばす。

「聞いてませんよ。今日ビラ配りだなんて。」

東京でライブを観た次の日。地元に戻っていたわたしは,昼過ぎに呼び出された。指示された陸橋の下に着くと,伯父さんは車で現れた。

「ビラじゃないよ。ティッシュだよ。そのほうが受け取ってもらえると思って奮発したからね。」

「そういう問題じゃなくて。って,それに,これ違法駐車ですよね?もう…」

 足早に駅に向かう伯父さんを追いかけて,わたしも駆け足になる。箱を抱えてるわたしに比べると,身軽なのが余計にムカついた。

「このあたりでいいだろ。」

駅を背にしたロータリーの片隅。伯父さんは,一人納得したようにうなずいた。わたしが投げ出すように置いた箱を開けて,満足そうに微笑む。

「どう?いい出来だよね?」

伯父さんがティッシュを差し出した。わたしは,ひったくるように手に取る。

「まったく。こんなに早く出来るなんて…」

慣れ始めていたけど,すごい行動力だ。

 でも,関心してる場合じゃなかった。わたしは,目をそらしたくなってしまう。だって,ティッシュの袋には,わたしがいたから。そこでは,別人みたいな自分が,天使のような白い衣装を着て,地球の模型を抱きしめていた。

 それだけじゃない。わたしの頭上には,「今拝める愛ドル☆」っていう安っぽいキャッチコピー。それから,足下には,「美宙 祈」って芸名が書いてあった。

ミソラレイ。よく知らないけど,読み方は,昔のドラマに由来するらしい。

「さあ。はりきって配ろうか。」

伯父さんがビデオカメラを構えて手を振った。だらしなく肩にかけたカバンに丸めた競馬新聞。「ジ・オヤジ」って感じだ。でも,問題はそういうことじゃない。

「あの…わたし1人で配るんですか?」

「こういう映像は後で使えるんだよ。いろいろ記録を残しておくことが大事なんだ。」

「えー…そんな…」

周りを見回してみた。日曜日の県庁所在地とは思えない人の少なさ。それから,ティッシュの写真と違って,私服なのが救い,と言えなくもないけど…

「でも…」

通行人と目が合った。わたしは,視線をそらして,伯父さんを振り返った。レンズ越しにこっちを見てる姿は,やっぱりうさんくさい。知り合いにこんな場面を見られたら,ヘンなビデオの撮影だと思われるかも。

どうせ噂になるなら,本当のことのほうがいい。そんな風に自分に言い聞かせようとしたけど…それでも,やっぱり無理だった。

「ちょっと。何してんの?」

伯父さんが,しびれを切らして近寄ってきた。録画を一時中止して,わたしの耳元でささやく。

「まさかとは思うけど,噂になるのが怖いとか思ってないよね?」

「怖いよ。当たり前でしょ。誰だって噂に…」

 言いかけて気づいたわたしは口をつぐむ。伯父さんが,引き取るように言った。

「そうだよ。わかるよね?これは噂になるためにやってるんだよ。」

 その通りだ。こういう活動はウワサになってなんぼ。話題にしてもらえるうちが花だ。

「それは,頭ではわかるけど…でも,実際やるとなると…」

「へーえ。」

伯父さんは,意地悪な表情を作って,わたしを見下ろした。

「そんなもんだったんだ。学校とか,親とか,友達とか,もうどうでもいい,って思ってるんじゃなかったのかな。だから,やるって言ったんだよね?夢を実現して見返してやろう,って思ったんじゃないの?」

何も言えなかった。わたしは,上目遣いで伯父さんをにらんだ。でも,伯父さんが憎かったからじゃない。いちばん嫌いなのは,覚悟を決められない自分自身だった。

「見てほしいものがあるんだ。」

 伯父さんは,いつもの顔に戻って,携帯を取り出した。動画を再生して,わたしに見せる。そこに映ってたのは,東京でライブを観たグループのリーダーだった。

 まだ無名の頃の映像だとわかった。彼女は,どこかの街頭に立って,道行く人にビラを配っていた。無視されてばかりだったけど,彼女から笑顔が消えることはなかった。画面の彼女は,低予算な衣装を着て,髪型もぱっとしなかった。でも,振りまく微笑みは,ライブの時とまったく同じだった。  

再生が終わると,伯父さんは小さくうなずいて見せた。

もう言葉はいらなかった。前の日に感じたあの熱が,身体によみがえってくるのを感じた。わたしは,伯父さんに背を向けて,ティッシュを握りしめた。

 半年前のことが頭に浮かんできた。親に内緒で,圭治とティッシュ配りのバイトをした。英会話教室の宣伝だったけど,やっぱりスルーされることが多かった。でも,圭治のほうを見ると,わたしよりずっと早いペースでティッシュが減ってた。

わたしはヤケになって,自分の段ボール箱から圭治のカゴにティッシュを入れようとした。すると,手でブロックしながら,圭治が言った。

『ちょっと見てろよ。コツがあるんだから。』

 そして,圭治は…

「よろしくお願いします。」

わたしは,できる限りの笑顔を作った。そして,あの日と同じように,通行人の手の位置にティッシュを滑り込ませた。



初めての「営業活動」から3日経った放課後。わたしは,前の週に美佳と会ったカフェに瑠理と奈津を呼び出した。二人は,バンドメンバーで,リードギターとベースの担当だった。

はじめは,世間話とか,いちおう受験生だから模試の話とか,をした。それで,一通りの話題が尽きると,どうしても避けられない問題が残った。

わたしは,自分から伝える,と言ったのを思い出して,切り出すことにした。

「あのさ,美佳のことだけど,バンドやめたい,って…」

「知ってる。メール来たから。」

 奈津が気まずそうに言って,携帯メールを開いて見せた。『バンドを辞めることにしたんだ。学園祭前なのに本当にごめん。』ただそれだけ。画面から顔を上げたわたしに瑠理が言った。

「それで?」

「え?『それで』って?」

 瑠理は,じれったそうにわたしを軽くにらんだ。

「だから,引き留めたの,って訊いてるの。美佳を。」

「引き留めなかったよ。だって,相談じゃなくて,もう気持ちは決まってたから。」

「それにしたって,こんなタイミングで。聡子,あんた,リーダーでしょ。」

即答したのが気に入らなかったのか。瑠理は,しつこく食い下がってきた。

「あのね。美佳は言わないけど,今回のことが彼氏がらみだって,みんな知ってるよね?だから,ボッチが何言ってもムダなんだって。」

しまった。地雷を踏んだ,と思った。大げさにため息をもらした瑠理が,テーブルに何かを叩きつけた。

「知ってるんだよ。あんたは,もう次があるから,バンドなんてどうでもいいんだよね?」

街頭で配ったティッシュだった。瑠理は,切り札を出したようなドヤ顔になってる。でも,自分でも不思議だけど,恥ずかしさはあったはずなのに,感心のほうが大きかった。

当日は運良く知り合いには会わなかった。それが,たった数日でここまで広まるなんて。

そういえば,伯父さんはネットにも動画を流してた。わたしが,「Playじゃないよ。Prayだよ。」と言って合掌する,っていうわかりにくいものだったけど。

 やっぱり宣伝もしてみるもんだ。なんて,のんきに考えてたのが,瑠理の怒りに火をつけたみたいだ。

「なにぼーっとしてんの?あんたがこんなだから,美佳もイヤになったんだよ。」

「言いがかりはやめなよ。美佳から話を聞いたのは,もっと前なんだから。」

わたしは冷静に返す。黙っていた奈津が,とりなそうとして身を乗り出した。

「やめようよ,こんなの。ねえ。なんとかできないかな,ライブ。」

奈津は,メンバーのなかでいちばん純粋なバンド少女だった。それに,誰よりも気を遣う性格だ。奈津だって本当はわかってる。今からライブに出るのは,かなり難しい。ここ数年出演希望のバンドが増えて,生徒会がバンドの掛け持ちを禁止にした。だから,他の部員にドラムをたのむこともできない。

「奈津。わたしだってやりたいけどさ,バックバンドなんて,ごめんだよ,ミソラなんとかちゃん,だっけ?」

瑠理は,ティッシュを指ではじきながら毒づいた。

「わたしの…バックバンド?」

「知らないの?どこまで本気なのかわからないけどさ,バカな男子が,あんたのファンクラブ作ろうとか盛り上がってるんだよ。」

わたしはまた感心してしまう。どこでもアイドルのイベントは盛況だと言われてる。純粋なファンだけじゃなくて,「将来の有名人」を観に来る人も少なくないらしい。「あの頃は,あの子も無名で,すぐそばで観れたのにね。」なんて話のネタにしたいんだろう。それにしても,アイドルの「先物買い」が自分の学校にまで浸透してるなんて…

「とにかくあたしは納得できないからね。」

何かあると,誰かのせいにしないとやってられない。そういう人がいるのは知ってる。

でも,瑠理はそれだけじゃない。前からわたしに対してトゲがあるのを感じてた。圭治を好きだというウワサもあったから,ボッチ呼ばわりはきつかったかも。まあ,わたしは自分も含めて言ったつもりだったけど,もうどうでもよかった。

アンチ第1号。瑠理をそう認定することにした。アンチなんて,これから知名度が上がるようなことがあれば,いくらでも湧いて出てくる。それに,ネットを使ったりするもっと悪質なアンチに出くわすことだって考えられる。

 こんなところでへこんでられない。わたしは,テーブルに両手をついて立ち上がると,瑠理を見下ろした。

「それを言うなら,瑠理だって隠してることあるでしょ?わたしたちが気づいてないと思ってたの?練習を途中で切り上げることが多くなったのは,塾に行き始めたからだよね?」

「塾は…それは…だって,もう受験生だから,少しは…とか…」

大逆転。別人のように弱った瑠理が,必死に言葉を探していた。わたしは,一度背を向けてから,振り向いた。余裕の笑みで,とどめを刺してやるつもりで。

「言い訳なんて必要ない。奈津にはわるいけど,これからはお互い自分のやりたいようにやればいい。それだけだから。」



週末までは慌ただしかった。伯父さんから受け取ったCD−Rを見て,曲と振りを覚えて,「ひとりカラオケ」するフリして歌の練習して,ホームページのための写真や動画を録って…個人的には,初めてのことだらけだった。

学校では,5月にあった中間試験の結果が出た。いつも通り安定の低空飛行だったけど,夏休み明けの期末は,こんなもんじゃ済まないだろう。それもどうでもいいと思うけど。

圭治とは話してなかったし,メールも来なかった。お互いにやるべきことがあって,はっきりと別れを切り出すのを先延ばしにしてたのかもしれない。このまま自然消滅でもしかたない,とか思ったこともあった。

それから,軽音楽部を退部した。もうやることはなかったし,そのほうが区切りとしていいと思ったから。部長と顧問の他は,奈津だけに伝えた。小動物みたいに愛くるしい顔が,さびしそうにゆがんで,ちょっと胸が痛んだ。

きっと疲れていたからだ。車のなかで眠ってしまい,またあの夢を見た。光の粒子が,ビルの周りに漂ってる,っていう夢。わたしは,起こされて,状況を把握しきれないまま車を降りた。伯父さんの後を早足で追うけど,身体がうまく言うことを聞いてくれない。

「ねえ。もうちょっとゆっくり歩いてもらえませんか?」

 向かったのは,1週間前と同じ駅前のロータリー。わたしは,思い切りガーリーな真っ白い服に身を包んでいた。ティッシュの写真で着てたものだ。

 派手なアロハを着たプロデューサー兼マネージャーは,場所を確保して,手招きする。そのあきれるばかりの行動力のせいで,わたしは早くも初ライブを迎えるハメになっていた。

足下には,またティッシュの箱があった。伯父さんは,うれしそうに手に取って言う。

「ほら。キャッチフレーズ変えたんだ。こっちのほうが覚えやすいと思って。」

 確かに,写真は同じだったけど,文字は,「アヒル口すぎるアイドル」になってた。どうやら,動画で「PRAY」と発音する時のすぼめた唇から思いついたらしい。

「前のも悪くなかったと思うんだけどね。『拝める』というのが,『祈る』と『顔をおがむ』のダブルミーニングになってて。でも,やっぱり,アヒル口は…」

伯父さんは,聞いてないのに,1人でしゃべり続けてた。手鏡でメイクをチェックすると,わたしはマイクを手に取った。ワイヤレスで,拡声器にもなるラジカセとセットになってる。通り過ぎる人たちに視線を向けたまま,伯父さんにささやいた。

「さあ。早く始めて,さっさと終わらせ…」

そこで言葉が途切れた。目の前を見慣れた制服の集団が横切ったからだった。そのなかの1人と目が合った。

「あっ…」

瑠璃が,目と口を大きく開いて,こっちを見てた。間の抜けた顔だったけど,きっと向こうも同じことを思ってたはずだ。わたしも,口を開けたままで言葉をなくしてた。

気まずすぎる沈黙だった。誰か知り合いに会うことは予想してた。けど,瑠璃じゃなくてもいいじゃん。そう思ってるうちに,「アンチ第1号」は,仲間に遅れかけたことに気づいたみたいだ。視線をそらして,慌てて歩き去って行った。

「同級生?大丈夫?」

伯父さんが,後ろから声をかけた。わたしは,我に返って,答える。

「ああ。いいですよ。もう知ってたみたいだし。でも,明日から本格的に痛い子だなあ。」

「誰かを叩くヤツなんて,たいていやっかみだと思っとけば問題ないよ。」

ビデオカメラに新しいテープを入れながら,伯父さんが語り始めた。

「誰だってみんな注目されたいし,必要とされたい。今は,地下やネットを含めて,そこらじゅうにアイドルがあふれてる。言い換えれば,注目されていて必要とされてる存在のわかりやすい例がアイドルなんだ。だから,それを叩くっていうのは,自分も人から見られたいのに,そうなれないことへの苛立ちだと思うんだよ。やりたいことができないのに,やってる人のことを叩くヤツこそ痛いよね。」

伯父さんは,わたしにレンズを向けて,笑って見せた。わたしも笑顔で返す。

「へえ。たまにはいいこと言いますね。ムダに年くってない,ってことですか?」

からかうように言ったけど,それは本音だった。いい加減に見えるけど,それなりに苦労してきたんだと思う。伯父さんは,照れたように,わたしから少し離れる。

「さあ。始めるよ。」

「あ。ちょっと待ってください。」

 わたしは,マイクを地面に置いた。ポケットからゴムを取りだして,髪を束ねる。

「おっ。ツインテール。気合い入ってるね。」

 伯父さんは,カメラを構えて,録画を再開した。わたしは,マイクを拾い上げて,親指でスイッチを確かめる。

「やるんだったら,徹底的に,ね。」


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