第12回
ずっと先だと思ってたことが,気づいたらもう当日…なんてことはよくある。そう。まさに今がそれだった。わたしは,「アイドル異種格闘技」の会場で出番を待ってる。
もう習慣になってた。わたしは,会場の一番後ろで他のアイドルを観てる。東京のインストアライブで,客席も含めてステージだって思ったのが大きい。
それにしても…目の前には予想以上にたくさんの人がいる。それには大きな理由があった。エントリーが締め切りになった直後のこと。有名な音楽ライターがツイッターを更新した。そこには,ロックフェスで自分がプロデュースするコーナーに優勝者を出演させる,とあった。
なぜ後になって?
―「知っていれば,出たかった。」−
それなりに名前が知られたアイドルも,ブログにそんなふうに書いてた。
『それは,薄くならないようにだろ。』
伯父さんは,わたしの疑問にわかりやすく答えてくれた。
『フェスに出たいって理由だけで,そこそこ人気があるアイドルが勝ち進んだら,異色アイドル・イベントの意味がなくなるからね。濃さを保つためには,良かったと思うけど。』
濃い?言いかえれば,純粋にイロモノを集めたい,ってことだ。まあ,流れではあるんだけど,自分もそっちの部類に入れられても…仕方ない,と思う。
でも,目の前の光景は,予想をはるかに超える異色ぶりだ。「アイドル異種格闘技」から「アイドル」を引いたらちょうどいい,っていうか…
ステージの上には,迷彩服の女性が5人いる。センターにスタンドマイクがあって,歌うのは1人だけだ。どう聞いても,歌というより叫びに近いけど。でも,それは,まあ,いい。問題は,残りの4人だった。踊ってるんじゃなくて,なんていうか,プロレスにしか見えない。「オリャア!」
「シャー!」
怒鳴りながら,ひたすらチョップや肘打ちを繰り出してた。しかも,全員覆面をしてるから,顔もわからない。
見た目は,メイドカフェで見たチラシの通りだ。だから,ある意味このイベントでは「正統派」かもしれない。いつもなら,そんなふうに冷めた目で見られた。でも,この人たちが,1回戦の相手だから話が違う。
彼女たちは,「パンチ・ドランク・チャンスメイカーズ」というグループだ。ネットで検索すると,通称「パンドラちゃん」,キャッチフレーズは『リングを持たないレスラー軍団』とあった。元は,「凌辱ドライブスルー」というパンクバンドだったらしい。
いろいろ考えてるうちに,1曲目はあっという間に終わった。2ビートの高速爆音サウンドにのせた歌詞は,ほぼ雄たけびのみと言ってよかった。何語なのかさっぱりわからない。っていうか,決まった歌詞があるのかさえ不明だ。
お客さんはと言えば,ヘッドバンギングしっぱなしの大盛り上がり。でも,というか,もちろんなのか,それはごく一部だけだった。大部分は,場所取りの「地蔵」状態。わからないのは,わたしだけじゃなかった。だって,アイドルらしい点を強いて挙げるなら,マスクが色分けされてることだけだ。青,黄色,緑,ピンク,そして…
赤い覆面のヴォーカルが,スタンドからマイクを抜き取った。呼吸を整えながら,ゆっくりと口を開く。
「…じゃあ…次の曲で…最後なんだけど…」
「えーっ!?」
お約束のリアクションが返る。レッドさんは,ちょっとうれしそうにうなずいてみせた。
このイベントのルールは単純。それぞれ2曲ずつパフォーマンスする。制限時間は,ステージを降りるまで10分。タイムリミットを設けたのは,正解だと思う。だって,それがないと,伯父さんなら,やたらと長い組曲とかやりかねない。ともかく,ライブ終了後観客の投票で勝負が決まる。どれだけインパクトを与えられるか,それが決め手だった。
「聞いてくれるかな。『あいつ,あたいが三角絞め決めたらどんなツラすんだろ』。」
やたらと長いタイトルを一息で言うと,レッドさんは,自慢げに笑った。っていうか,口元がそんなふうに見えた。
音が流れ出す。やっぱり轟音2ビートだった。1曲目より若干テンポが速い気がするけど,基本的には一緒だ。注意して聴かないと,区別できないレベルだった。
周りがちょっとざわつく。グリーンさんが,ステージから落ちた。ピンクさんのパンチが決まったみたいだ。と思ったら,今度は,イエローさんの回し蹴り。パープルさんが,視界から消える。まだ終わらない。ピンクさんが,イエローさんのマスクをつかんだ。そこから,頭突きを連発。
『レスラーを名乗るには,技がショボいな。』
ネットで動画を見ながら,伯父さんが言った。確かに,芸能人が気まぐれで参加する試合でも,もっと複雑な展開になりそうだ。とにかく,かなり残念な感じだ。
―『銭ゲバちゃん,ラッキー!』−
―『相手は最弱。不戦勝みたいなもんだろ?』−
ネットでは,ひどい言われようだった。わたしも,軽くディスられてる感じだけど。
いろいろ見ていくと,悲しいエピソードが満載だ。グリーンさんが,ステージで前歯を折ったことがあった。それを,ネットオークションに出したら…今でも売れ残ってるとか。
ちょっと前のわたしなら,彼女たちのライブを見て笑ったと思う。書き込みみたいに,楽勝だって言うかもしれない。
でも,今のわたしは,笑う気になれなかった。
アイドル。定義を訊かれたら,なんて答えるだろう。「00年代」までならともかく,今は自信を持って説明できる人は少ないと思う。それほど,コンセプトの違うアイドルであふれてる時代になった。
以前こんな話を聞いたことがある。
『フリーライターは名乗った瞬間からフリーライター。』
フリーライターだけじゃない。資格が不要で「自称」でできる仕事は他にもある。アイドルも,そう言えるかもしれない。
最近は,バンドよりアイドルのほうが話題になりやすい傾向がある。だから,「バンドブーム」の頃ならバンドをやってた女の子が,アイドルと名乗ることも珍しくない。この対戦前に,伯父さんがそんなことを話した。
「パンドラちゃん」は,その典型みたいだ。バンド時代はまったく話題にならなかったらしい。だから,起死回生を狙ってのアイドル転向と言える。
表情は見えないけど,とりあえず全力なのはわかる。
『売れないからアイドルを名乗るなんて安易』
そんなイロメガネを外せばだけど。少なくとも,わたしには,彼女たちの必死さが伝わってくる。
そこには,音楽を届けたいという強い気持ちがあった。レッドさんのブログを見たことがある。記事1つにコメントがいくつか,ってレベル。でも,彼女は,曲ができるたびに長文で更新してた。好き嫌いは別にして,それを読めばすぐわかる。少しでも多くの人が聴いてくれるなら,なりふり構ってられない,って。
それなら,わたしは?そんな熱い想いが…
またネガティブ思考に落ちるところだった。それを防いだのは,曲が終わったことだ。
えーっ!!?思わず声がもれた。ピンクさんがステージ中央に駆け寄る。次の瞬間,膝がレッドさんのあごをとらえた。崩れ落ちたレッドさんにピンクさんが追い打ちを…違う!下になったレッドさんの両脚がピンクさんの首に絡みつく。
「三角絞め,キターッ!!」
ステージ前のヲタさんが叫ぶ。気づくと,レッドさんの両手が,ピンクさんの右腕を固定してた。これが三角絞め?左手でレッドさんの脚を軽く叩くと,ピンクさんの身体から力が抜けて…
「よっしゃー!!」
立ち上がったレッドさんが,勝利の雄たけびを上げた。思い出したように,拍手が起こる。でも,それが大きくなる前に,ざわめきが取って代わった。
「おい!何してる?」
レッドさんの両手は,頭で隠れて見えない。でも,動きから,マスクのひもを解いてる,ってわかった。
ネットに書いてあった。彼女たちは,バンド時代からマスクをかぶってた。だから,素顔は,本邦初公開ってことになる。
そうだ。彼女たちは,最後に勝負に出たんだ。狙いは,「ギャップ萌え」しかない。
レッドさんは,手を止めて,客席を見回す。反応を確かめるために,ためてるみたいだ。ゆっくりと両手が上がっていく。マスクが外れた。レッドさんは,思わせぶりにうつむいてる。そして,首を振って,顔にかかる髪を払ったとき,そこにいたのは…驚くほどの美少女!
…なんてことはなかった。申し訳ないけど,やっぱり残念な感じだった。
『大丈夫なの?こんなにお金使って。絶対回収できないから。』
出番前に,わたしは伯父さんに言った。だって,「BOYZ」のバイト代だってばかにならないのに,このセットは…。
わたしは,4人のダンサーを従えて踊ってる。背後からは,絶え間なくレーザーが放射されてた。それが,スモークを突き抜けて,天井に届いてる。
どう考えても,ライブハウスに持ち込む装置じゃない。ルールでは,火とか危険物を使わなければ,特にセットに関する制約はなかった。
ダンサーは,みんな巫女さんの衣装だった。だから,「ミコチャンズ(仮)」としておこう。彼女たちは,笑顔を振りまきながら,息の合ったパフォーマンスを見せる。動きにくそうな大きな袖も気にならないみたいに。
「ユニドル」。彼女たちは,アイドルをコピーする女子大生のユニットだ。伯父さんが,ネットで動画を見て,声をかけたらしい。ここでも,それなりのお金が動いてた。
お金といえば…
「上場するなら金をくれ!はいっ!」
「上場するなら金をくれ!」
このやり取りも,すっかり定着してた。こんなこと叫んでるんだから,「銭ゲバちゃん」と呼ばれても仕方ない気がする。
「ギブ・ミー・マネーッ!!」
「イエーッ!!」
空中に紙切れが乱れ飛ぶ。お客さんだけじゃなくて,「ミコチャンズ(仮)」もばらまきに加わった。円とドルの他にも,世界各国のお金のコピーが…。おじさんたちが,プリントアウトする姿を想像したら,ちょっと笑えてくる。
1曲目「気分は上場」。ダジャレ通りというか,上々の盛り上がりだった。
「ありがとうございます。初めまして,の方が多いと思います。美宙祈です。よろしくお願いします。」
わたしは,合掌したまま頭を下げる。ゆっくりと顔を上げた。フロアを見回すと,最前に「BOYZ」,ちょっと離れたところにタキモトさんの顔も見える。「お布施タオル」の数も順調に増えてるみたいだった。
「それでは,みなさんの幸せを祈って…レッツ・プレイ・トゥギャザー!」
「レッツ・プレイ・トゥギャザー!」
思い切り唇をすぼめてみせた。お客さんも,しっかり合わせてくれる。予想したよりやりやすい会場だった。このままの流れで行こう。わたしは,左右を見回した。「ミコチャンズ(仮)」からアイコンタクトが返る。
「ありがとうございます。では,もう1曲聴いてください。『堕天使・オン・ザ・ラン』!」
ステージの照明が落ちる。ざわめきが起こったけど,すぐに静まった。ライトがついたときには…「ミコチャンズ(仮)」も,わたしと同じ白いワンピースになってる。
早着替えに対して,拍手が起こった。それに重なって,原始的な太鼓の音が流れ始める。そう。これは,伯父さんと初めてスタジオに入ったとき,デモを聞いた曲だ。ずいぶんアレンジが変わってたけど。
わたしは,両手を広げる。「ミコチャン」が左右から近づいて,肩を組んだ。そのまま,わたしたちは,足を踏み鳴らす。「BOYZ」が,それに合わせて,ハンドクラップで応える。お客さんも,それぞれのタイミングで加わってきた。
しばらくラインダンスのストンプが続く。気づくと,足踏みがフロア全体に広がってる。足元から全身に振動が伝わってきた。突然,その心地いい揺れを,切り裂くようにギターの音が響いた。曲調は,高速メタルサウンドに代わる。
「タイガー!ファイヤー!サイバー!」
待ち構えたように早口のMIXが起こった。「ミコチャンズ(仮)」は,一心不乱に頭を振ってる。わたしは,スタンドから抜き取ったマイクで歌い始めた。
かなり高いキー設定だった。わたしの音域だと,ギリギリの部類だ。でも…悪くない。喉は十分温まってる。ムダにドラマティックなメロディーが会場を包み始めた。
サビに入る直前。ツインテールの髪とワンピースの裾が踊り始めた。目をやると,ステージ脇にある巨大な扇風機が回ってる。ヘッドバンガーズと化した「ミコチャン」たちの髪もありえない形で波打ってる。
視線を戻した。フロア前方でも,頭が前後に揺れてる。それが,少しずつ後ろに広がってくのがわかる。なかには,長髪もいれば,ハゲかけの人もいて…なんかアイドルのライブって感じだ。そんなことを考えてたら…
音とライトが同時に消える。ざわめきがまた場内を支配した。今度の空白は,ちょっと長い。わたしの周りで,かすかに空気が揺れてる。「ミコチャンズ(仮)」が動き回る気配が伝わってきた。それが感じられなくなるまで,息をひそめる。
しばらくして,明かりがついたとき…「ミコチャン」が1人ひざまずいてた。わたしに向けて,ランドセルと指揮棒を差し出して。その向こうで,「BOYZ」が,光にやられた目をこすってた。
教会音楽みたいなパイプオルガンの音がフェードインしてくる。わたしは,助けを借りてランドセルを背負った。色は,衣装に合わせた純白だ。他の「ミコチャンズ(仮)」は楽譜を持って直立姿勢になってた。
「では,みなさん。合唱のお時間です。」
わたしは,合掌して,深々と頭を下げる。ダジャレかよ。心で自分につっこみながら,顔を上げた。手を伸ばして,指揮棒を受け取る。伯父さんのセンスでデコったから,出来損ないの魔法少女みたいだった。
深呼吸して,棒を振り下ろす。身を乗り出すように「ミコチャンズ(仮)」と「BOYZ」が歌い始めた。誰でも聞いたことのある讃美歌の一節だ。でも,絵面のチープさとうらはらに,めちゃくちゃ上手い。特に「BOYZ」の数人。深みのあるテノールの歌声が,芸術と無縁の心にも,しみわたるように響いてくる。
『いちおう言っとくけど。今日は,ちょっと人数多いけど,気にしないで。』
そういえば,伯父さんが言ってた。いたずらを仕込んだ子どもみたいな表情で。よく見ると,「BOYZ」に会ったことないおじさんが交じってる。その人たちが「合唱要員」ってことだ。それに,ふだんと違う歌い方の「ミコチャンズ(仮)」も,かなりの歌唱力だった。
あっけにとられてた他のお客さんも,ちょっとずつ口を開き始める。もちろん,大部分の人は明らかに戸惑ってる。一瞬,やりすぎの演出だった,って思う。でも,歌ってなくても,嫌そうな顔してる人は,とりあえずいない。少しほっとする。
無意識に視線を移した。タキモトさんは,大きく口を広げ全力で歌ってる。顔中にうっすらと汗を浮かべながら。いつものタキモトさんだった。そういえば,フェスで会ったとき…
また思考が断ち切られた。曲が,疾走感あふれるメタルサウンドに逆戻りする。高音を多用した起伏の激しいメロディー。わたしは,それにしがみつくように,声を張った。
気づくと,フロアは笑顔であふれてた。モッシュピットと化したなかで,みんな思い思いに暴れてる。「合唱」で抑えられてたのが,爆発したみたいに。
ギャップを利用したのは,伯父さんも同じだった。悔しいけど,その手の中でお客さんが踊り始めてる。「BOYZ」が作ったサークルに,次々と巻き込まれてく。
理由。そう。「東京に出る理由」。タキモトさんは,わたしのライブについて,そう言った。大人になると,いろいろ理由が必要になるのかもしれない。
今,目の前で,世間的に見たら,「いい年した」人たちが暴れてる。歌を届ける。その想いでは,「パンドラちゃん」に勝てない。でも,「暴れる理由」としてなら,十分勝負できる。
わたしは,人差し指を立てて,右手を突き上げる。そして,背伸びして,力いっぱい振り回した。「ミコチャン」たちも,わたしを中心にして走り始める。打ち合わせになかったけど,伝わるものがあったのかもしれない。それに応えるように,駆け回る人の輪も,膨張していく。
そう。みんな理由がほしいんだ。会社,学校,家庭…退屈な日常から抜け出すための。わたしだって,ほしがってる。アイドルをやる理由。応援される理由…
歌のパートが終わった。わたしは,後ろ向きに歩き出す。広げた両手で壁を確かめて,深呼吸をした。パイプオルガンのアウトロがフェードアウトし始める。隊長たちが,フロア後方から戻ってくるのが見えた。
わたしは,全力で走り出した。目指すのは,ステージ最前に置かれた台だ。フェスでアイドルが使うこともある小さなお立ち台みたいなヤツ。でも,ちょっと違うのは,バネが仕込まれてることだった。小型トランポリンって言ったらいいか。それを踏み台にして,長距離のダイブを…
え!?しまった!後悔に襲われる。運動神経最悪なのに,余裕かましてた罰だ。踏切の足が合わない。まずい。左足で台に乗るはずだったのに。つじつま合わせで,なんとか右足が台をとらえた。だけど…
違う!角度が!予定とは,全然違う!横目で見たのは,慌てた隊長たちの顔だった。
レトロなアニメで見たことがある。頭をぶつけたとき,闇の中で火花が散るシーン。あれって,本当なんだ。他人事みたいな考えが浮かぶ。頭を押さえて,顔を上げたら…
「合唱おじさん」がわたしの下敷きになってた。思わず声がもれた。おじさんの鼻が曲がって,血が溢れ出してる。歓声が,壁越しのベースの音みたいに,くぐもって聞こえた。
読んでいただき,ありがとうございます。
このサイトに投稿し始めて約8年。初めてこの欄に書き込みます。
しばらく放置してた時期もありましたが,月1のペースで更新できるようになりました。
よろしければ,「ガール・ミーツ・おっさん」なアイドルストーリーにもうしばらくお付き合いください。




