第1章五
『日の巫女への謁見はならぬ。』
先王は言った。
『何故でございますか。父上。』
『決まりであるからじゃ。』
『しかし、私は王。国家の大事を決める立場にあります。しかも、日の巫女は、この度の朝貢に反対だと聞いております。反対する以上、理由を聞かねばなりませぬ。』
『ならぬ。それに、巫女の言葉に理由など無用。ただ従っておれば良いのじゃ。相手は神なのだから。』
『父上は本当に信じておいでなのですか。日の巫女も、登極前はただの人だったのでしょう。先の大乱を治める為に、先々代の王がそれらしい者を探し出して即位させたに過ぎない。あの者に神の力など無い。』
『それ以上は言ってはならぬ。神の加護を失うぞ。』
『いえ、父上、国家の大事にございますれば、いるかどうかもわからぬ神の加護などよりも、時流の乗る事が重要なのです。そもそも、今回の朝貢は、ただの朝貢ではございませぬ。この奴国が倭王である確固たる地位を築くものです。』
『だからこそ、日の巫女は反対しておるのだ。』
『では、父上はどうお考えなのですか。日の巫女は登極して、もはや三十年も経っております。おそらく長くはありますまい。日の巫女が身罷った後、倭国は再び麻の如く乱れよう。その乱を治めるのは奴国をおいて他にありませぬ。だからこそ、他を圧倒する武力が必要なのです。圧倒的であればある程、大乱も治まり易くなるもの。さらに言えば、大乱による国土の疲弊を最小限に抑えなければなりませぬ。国土を疲弊させては、他国の侵入を許す事になります。』
『だが、すでに巫女の神託は下りておる。』
『布告を出しましょう。』
『何と』
『日の巫女は、朝貢及び大陸への出兵に賛成している、と。』
『馬鹿な。そんな事は出来ぬ。神託の改竄ではないか。』
『神託の内容は、巫女と父上しか知りませぬ。』
『儂には出来ぬ。』
『父上は、あくまで反対すると。』
『出来るわけがなかろう。畏れ多くも神託の改竄とは。お主、即刻禅譲せよ。』
『父上、今は私の世にございます。』
『…貴様』
『おい。連れていけ。』
景初二年六月(西暦238年)、倭の女王、大夫難升米等を遣わし郡に詣り、天子に詣りて朝献せんことを求む。太守劉夏、使を遣わし、将って送りて京都に詣らしむ。 その年十二月、詔書して倭の女王に報じていわく、「親魏倭王卑弥呼に制詔す。帯方の太守劉夏、使を遣わし汝の大夫難升米・次使都市牛利を送り、汝献ずる所の男生口四人・女生口六人・班布二匹二丈を奉り以て到る。汝がある所遥かに遠きも、乃ち使を遣わし貢献す。これ汝の忠孝、我れ甚だ汝を哀れむ。今汝を以て親魏倭王となし、金印紫綬を仮し、装封して帯方の太守に付し仮綬せしむ。汝、それ種人を綏撫し、勉めて孝順をなせ。