第1章四
『何故でございますか。父上』
升は憤っていた。
ここは、奴国の都「大宰府」
奴国の政治、経済の中心地であり、倭国随一の都市である。
意思決定機関である大宰府がある事が名前の由縁である。
奴国は、南北に長い形状をしており、北は玄海と呼ばれる、大陸へと繋がる大海があり、南は大河である千歳川流域まで。この川を境に、南側を狗奴国と接する。
奴国を東西に貫く山地があり、その鳥羽口に位置する為、軍事、物資の拠点でもある。
大宰府は、名実共に倭国随一なのだ。
日中は、多くの商人が行き交うこの街も、今は月の光に照らされて、聞こえるのは、すず虫などの声ばかりであった。
府内にいるのは、奴国王升と、向い合って座る先王。
今は父と二人きり。
先王といっても、存命である。
一昨年、当時齢十七になった升に禅譲したのだ。
禅譲の目的は、要らぬ権力闘争を避ける為であった。
今上王、升には二人の弟がいた。
先王には正妻はいたが、残念ながら子宝に恵まれなかった。
升にしても、他の弟達にしても、妾腹なのだ。
そして、升と次男の歳の差は、一年も違わない。
ただ、違う事が一つだけあった。
それは、生んだ母の地位である。
升の母は、元々日の巫女に仕える侍女であった。
先王は、日の巫女に謁見する為に、必ず必ず彼女を通したという。
自然の成り行きであった。
升はその侍女から生まれた。
しかし、次男、三男を生んだ母は狗奴国の王家出身であった。
先の大乱において、最後まで抵抗したのは狗奴国である。
先々王は、盟約の際の条件として、息子である先王と狗奴国王家の娘の結婚を受け入れたのだ。
当然ながら、次男の方が地位は高い。
ただの象徴である日の巫女の、ただの侍女と、現倭国政権内において、奴国の次に大きな勢力である狗奴国王家の娘。
情勢を見れば、どちらを優先すべきなのか、思案の余地もない。
もし、今上王が先に生まれなければ、間違いなく次男が即位していたであろう。
だが、奴国王に即位したのは今上王である。
だからこそ、後継者指名と共に禅譲したのだった。
先王は今上王の抗議の勢いに目を細めた。