003
広場へ到着する頃には結論として、死後の世界の住人全てに会って暇を潰そう、ということになった。
「となれば次は明里ら辺か?」
残りの住人たちの顔を思い浮かべながら俺は笠倉と共に広場のベンチへと腰掛ける。
「うーん。あの二人も結構行動力あるし、どっかで遊んでるかもしれないね」
明里という住人はフルネームを古屋明里といい、小学生である井車コウといつも一緒にいる高校生の死者だ。
「じゃあ、ジュディとマリー」
「アレらは後でで」
即答する笠倉。ふっといてなんだが同意見だ。ジュディとマリーは名前からして外人かと思うかもしれないがれっきとした日本人である。本人たちは生前カップルだったらしいが、それがどうして二人そろってこっちの世界に来てしまったのか、と怪訝に思う俺だったが、曰く、二人の愛はどこへ行っても無限大なんだそうだ。別にそういう心配はしていないのだが、本人たちが気にしていないようなので無視する。
「なら後は悦子か?」
「そういえばあんまり話したことないよね。泰介さんと年近いでしょ?」
悦子は徳利悦子という名の現役の大学生で、俺と恭介の一歳下である。
「まあな。今も大学に居るのかな。いずれにしろ、時間はたっぷりあるんだからしらみ潰しに会いに行けばいいだろう」
「そうだね。うーん、雛ちゃんとも話ができればいいんだけど」
「仕方ないさ。きっとかなりの人見知りだったんだろう。この世界ではいろんなことがイメージで成り立つと言っても、まだコウよりちょっと年が上なくらいだろ? いきなり生前と違う自分にはなれないだろうしな」
雛。深瀬雛。俺や笠倉、恭介や他の住人たちの前に姿だけを見せ、まるで逃げるように去っていく女の子だ。コウの少し上、つまりは大体中学生くらいだろうか。しかしながらコウよりも人見知りらしく、名前以外の一切を教えてくれなかった。この世界においては目立つ黒い洋服を身に着けているため、姿さえ現してくれれば彼女を断定する事は簡単だ。
「でも、たまに私たちのこと見てるよね、あの子。本当はちゃんとお話したかったりするんじゃないかな」
「かもしれないが……あんまり俺たちから寄っていくのも迷惑かもしれないぞ。或いは逆に、俺たちが怖いから見ている、ということもありうる」
そもそも簡単には捕まってくれそうに無い女の子である。雛の姿を見て、その場から一歩でも動こうものならたちまち逃げられてしまうし。
「うーん。何かきっかけになれるようなことでもおきないかな」
「難しいだろうな。こんな世界じゃ」
雛の記憶から作られたと見られる共有スペースは巨大な屋敷だ。あれが雛の家だったのかどうかは分からないが、いずれにしろ、その屋敷に行ったところで、屋敷の構造に詳しくは無い住人に捕まるほど頭も悪くなかろう。
「ま、考えても始まらん。今度姿を見せてくれたときに声をかけてやれよ」
「うん。そうする」
「じゃあまずは、やっぱ明里たちを探すとするか」
俺と笠倉は同時に腰を上げ、明里たちの記憶を元に構成された共有スペースである公園を目指す。公園への入り口は駅前広場から西の方向に位置する。同様に、ジュディとマリーの共有スペースである河川敷も西の方向だ。ただ、河川敷に行くには若干面倒なルートになるが。
広場から少しばかり西に歩く。道路を渡るとビルが二つ並んでいて、その間に細い裏路地がある。公園に行くにはまずこの路地を通る。突き当りが行き止まりで壁があるが、この壁は通り抜け可能である。
「何度来ても変な感じよね。目では見えるのにまるで何も無いかのような感じ」
全くだ。この世界を作った神様が居るなら、どうしてこんな訳の分からん作りにしたんだか教えて欲しい。もっとシンプルにはできなかったのだろうか。
その壁の向こう側には本来存在しないはずの住宅街。その先をちょっと行くと脇目に公園が映る。なんでもない、小さな公園だ。遊具も滑り台とブランコが一台あるだけの、なんの変哲も無い公園だ。
二人の姿はそこにはあった。それをみた笠倉が公園めがけて走っていく。
「やっほー明里ちゃん」
明里は十八歳で笠倉より年上である。にも関わらず、笠倉は友だちの名でも呼ぶかのような気楽さで明里の名を呼ぶ。
「あ?」
「あー! 舞姉ちゃん!」
「やっほーコウくん、元気ー?」
笠倉の姿を見たコウが笠倉に駆け寄る。笠倉はコウにはいたく好かれている。というか、コウは誰にでも懐く。
「泰介兄ちゃん!」
「おう」
コウに呼ばれ、俺も公園に踏み入る。芝生で作られた公園で足元が安定する。ふわりとした感覚が心地よい。
「なんなんだあんたら。なんの用だよ」
「そう突っかかるなよ明里。単なる暇つぶし。こんな世界じゃあそんくらいしかする事ねえからな」
明里のほうはコウと違ってかなりのけんか腰である。といっても実際にけんかを売られた事も売ったことも無いし、こうして毎日コウと一緒にいるのだ、面倒見は結構いい。
古屋明里。十八歳の高校三年生。生きていれば高校最後の年であった筈だが、不良に絡まれていたコウを助けに入ったが打ち所が悪く、頭を強打して気を失い、そのまま心停止してしまった。
井車コウ。十二歳の小学六年生。明里と同じく生きていれば卒業間近だったが、性質の悪い不良に見つかり、殴る蹴るの暴行を受けたらしい。明かりが助けに入ったが、その時すでに、体の小さいコウにとっては致命的な打撲と裂傷の数々だったらしく、明里の後を追うように衰弱死した。
「たんなる暇つぶしぃ? あんたらおかしいよ。こんなつまんねえ世界じゃ暇潰す気にもなれねえってのに」
「なんだ明里。襟山のおっさんは協力的だったぜ。あのおっさんは研究所から出れねえからな。おまえらよりよっぽど退屈だと思うぜ」
「あんなおっさんはいいんだよ。どうせ科学者なんて変人の集まりだろ?」
ひどい言われようだった。一応年長者なのに。年長者としての威厳が全く無いのは認めるが。
「よし明里ちゃん。遊ぼう!」
笠倉が明里の手を取る。
「ちょ、ちょっと。ひっぱんな! 何して遊ぶっつうんだこんなところで」
「うーん。鬼ごっこ? にしては狭いよね。かくれんぼ? 隠れるところなんかないか……」
こんな小さな公園では大抵のごっこ遊びは難しいだろうな。いやだがまてよ。ここはイメージの世界。現実ではできないようなごっこ遊びがもしかしたらできるかもしれない。
「よし。ならかくれんぼにしよう」
「おいおい、あんた大学生だろ」
「いいから聞け。隠れるところが無ければ自分たちで作ればいい。ここはそういう世界だ。自分の家にあったベッドだろうが押入れだろうが物置だろうが、或いは意味の無い岩とか適当にイメージして隠れるところを作るんだ」
共有スペースはどんなイメージでも改変できないのがルール。だが、共有スペースとはすなわちこの公園と、その周囲の住宅街の区画のことであり、そこに新たな物質を生み出す事が可能である事は実証されている。
「おー、いい考えだね泰介さん」
考えなしにいい返事をしてくれる笠倉。一方、一見不良少女である明里は考える素振りをする。二年の差が開いている瞬間だった。
「でもよ、それ、年重ねてるあんたが一番有利なんじゃねえ? あたしらより一杯イメージできるだろ」
うむ。最もな意見である。全く。笠倉にもこれくらいは思いついてくれないと先が思いやられる。俺たちに先が無くともそう考えてしまう。病院で勉強してたんだから頭は悪くないだろうに。
「心配には及ばない。俺は二十三歳。二十三歳といえばもう大人だが、お前たちはまだ十代だ。さらにコウはお前たちよりもさらに下。つまりこれがどういうことか分かるか?」
「いやあ。あんたが一番有利って事だろ?」
違うっつの。
「んー。なんか違いでもあるの?」
「そうだな。コウなら答えを知っているかもしれないな。なあコウ。お前、ゲルニカって絵は知ってるか?」
かの有名なピカソの絵である。俺はあれが醜い戦争を描いたものだと知っているが、小学生のコウにはそこまでの知識があるだろうか。
「うーん。知らないよ」
「じゃあこいつを見てくれ」
俺はノートサイズのゲルニカをイメージし、再現する。細部まではイメージできないが、それは俺が思い出せないレベルの記憶が補ってくれる。
「この絵、なんの絵だか分かるか?」
「なにこれ? 変な絵だね。馬と人が描いてあるね」
「うむ。上出来だ」
俺はゲルニカのイメージを破棄する。
「と、いうわけなんだが、分かったか?」
二人は首をかしげる。……おいおい、これだけヒントを与えて分からないのか。いや、流石に相手高校生だしな。俺はいつのまにか俺の物差しでこいつらを測っていたのかもしれない。それも、これの答えの一つではあるが。
「ふう。いいか。俺はゲルニカがなんの絵だか知ってる。コウは知らない。故に俺はあの絵を醜い世界の現状を描いた絵だと答え、コウは変な絵だとだけ答えた」
「あー、認識の違いってやつ?」
「とも言うかな。或いは単純に知識の違いとも言う。或いは発想の違い、或いは思い込みの差異、かな」
「思い込み……」
「そう。つまりそれが答えだ」
俺はそう結論付け、二人の理解を待った。
「なるほど。あんたには年を重ねて学んできただけの固定観念があってコウにはそれがない。つまり、年を重ねれば重ねるだけ、イメージできる幅はむしろ狭まるってわけか」
どうやら明里は理解してくれたらしい。笠倉も、今の明里の説明でどうやら納得がいったようだ。コウには分からないだろうが、これは別に知らなくても問題にはならない。
「或いはその逆も然りだが……まあ、簡単に言えば柔軟な発想ができるか否かだよ。大人にはできない発想も、子供にはできる。笠倉や明里は高校生で、そのどちらも同じくらいにできる年頃だ。イメージできるものの差異はあれ、そこに有利不利は生まれないはずだ」
むしろ状況によっては年を重ねれば重ねるほど不利になる場合もあるわけだ。このイメージで成り立つ世界にしかできない特殊ルールのかくれんぼ。
「そういうことなら何もかくれんぼに拘らなくてもいいんじゃない? ただ隠れるためにモノをイメージするんじゃなくて、逃げるためにイメージするなら鬼ごっこもありだよ」
「ほう。相手の隙を付く為に死角を作ったっていいな」
「それだったらこんくらいの広さでもどうにかなるな。なんなら場所移動するか?」
「人数は多い方が楽しいかもしれないね。ジュディとマリーの河川敷なら広いよ」
確かにあの河川敷なら結構な広さがあっていいかもしれない。だが明里はその提案を渋った。
「おいおい、あいつらまで誘う気かよ」
「別にいいじゃん。あの二人結構騒がしいの好きそうだし。どうせ退屈してるでしょ」
「ぼくもジュディさんたち楽しいし好きだよー」
笠倉とコウはどうやらジュディとマリーも一緒に遊ぶ事に好意的らしい。俺もどちらかといえばあの二人は苦手とするところだが、ただ遊ぶだけなら問題はあるまい。
「泰介まで同意見かよ。だったらあたしはいかねえぞ! 広い場所だったら大学とか広場とか他にもあるだろ?」
「大学は広すぎるからまだ全体の把握ができてないし、広場は誰も居ないしね」
明里の意見を一蹴する笠倉。
「だったら恭介でも誘えば良い」
明里はそれでも食い下がるが、おそらく恭介は鬼ごっこなど全くやる気はないだろう。暇つぶししかすることがないこんな世界において笠倉の誘いを断ったくらいだ。
「ぐ……」
「ねえちゃん一緒に来てくれないの?」
コウが悲しそうな顔をして明里の袖を引っ張る。明里はそれをみて困った顔をしている。遊びたがりのコウにとってはやはり大人数でやるほうが楽しいのだろうし、それを知ってか知らずか、明里はそんなコウの望みはできるだけ叶えてやりたいと思っているのだろう、
「~~っ! 分かったよ! 行くよ! 行けばいいんだろ!」
結局コウに押し切られる形で明里も参加表明をした。果たして俺たちは全員で、ジュディとマリーが居るであろう河川敷を目指すのだった。そこに件の二人が居るかどうかはともかく。
さて、その河川敷への行き方だが、まずは公園に備え付けられている男女両用の公衆便所の中に入る。中に入るとその先は真っ暗な世界で、公衆電話がひとつだけ備えられている。この空間だけは唯一誰のイメージでもないらしい。公衆電話に備え付けられている電話帳を開き、河川敷への番号を検索する。この番号は毎回変わるらしく、いちいち番号を調べなくてはならない。
「皆いるか?」
「なあ、いい加減河川敷への簡単な行き方見つけようぜ?」
明里が文句を垂れる。仕方あるまい、この世界はすでに承知の通り、俺たちの常識で構成されてはいない。全ての共有スペースが完全に繋がってないわけではなく、むしろ例外なく繋がっているはずなのだが、問題はそこへ行き着くための道を知っているかどうかである。今回のように、河川敷までの行き方を知らなければ本来行き着きようがないのだ。
だが、公園に備え付けられていた公衆便所より来れるこの真っ暗な空間。この空間からなら共有スペースのどこへでもショーットカットできる。いわばワープだ。この空間で場違いに存在する公衆電話で目的地への番号をコールすれば、その番号に対応した場所へとワープできる。この空間のことは住人たちは単に「空間」と呼んでいる。
公園から来れるこの空間を見つけたのは明里たちで、本当はここ以外にもいくつかの空間が存在するらしい。俺たちが把握している空間の在り処は公園前のここと、悦子の大学、それと河川敷の三つだけだ。三つ分かっているだけで推測できるのは、それぞれの共有スペースに一つ空間があるらしいということだけ。ならば判明している空間から別の空間へ移動すれば、とも思うかもしれないが、空間を利用してワープをしても他の空間に繋がっているわけではないためそれはできない。さらに空間を利用して共有スペースを指定はできても、そのスペース内の「どこに」移動するかまでは指定できないので困り者である。それも、移動は一度に一人ずつというルールまであるものだから複数で移動する際はとても面倒である。歩いたほうが幾分か楽であったりする。
今回はこの空間を利用する以外に方法がないが、時間がたっぷりとあるこの世界において歩くという暇つぶしを省いてまで空間を利用する住人は少ない。
「コウ、これの使い方は分かるよな」
「うん。大丈夫だよ」
「じゃ、行くか。河川敷は見渡しが利くから迷わないだろう。とりあえず橋の下で待ち合わせって事で」
河川敷の橋の下といえば一箇所しかない上目立つため合流自体は容易だろう。
「先に行くぜ」
俺は電話帳から河川敷の番号を探し出し、受話器をとってその番号をプッシュした。