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十人  作者: アヴェ
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001

この作品には死者が十人ほど登場し、十人ほど暮らしています。

死後の世界とか死者に対してあなたが不吉なイメージを持っているのであれば戻るボタンを押してください。

そんなん物語なんだから全然オッケーとかいう人はどうぞお進みください。


この作品は色々と不確定です。

ご注意ください。

 俺は死んだ。死んだと思う。

 思う、と言うのは、俺にはその実感がまるでない。とても死んだようには思えない。何故なら、今でもこうして、駅前の広場で一人ギターを弾いて歌っているのだから。

 だが俺は知っている。広場を通り過ぎる人間たちが幻想だって事を。この街のざわめきが虚構だって事を。自動車から排出される汚れた空気も存在なんかしないってことを。誰かが創った、幻。だということを。この幻を創っているのが他でもない、俺だってことを。

 死因は単純だ。いつも通りギターを弾いていたところに大型のトラックが突っ込んできた、ただそれだけだ。それだけの事で俺みたいなちっぽけな存在なんてこの世、いや、今となってはあの世、と言えるか。とにかく、俺が元居た世界から消えてしまう。

 多分即死だっただろう。あんなものが突っ込んできたんだから、俺の身体は原型も留めずトラックの下敷きだろう。痛みも苦しみも何もなかった。気がつけば、自分が死んだ瞬間の記憶を持って、ここに居た。

 俺が生きていた世界と全く同じ。いつもの駅前の広場。俺の右後方に地下鉄への入り口があって、俺の目の前には高くそびえるコンクリート・ジャングル。いつも俺の歌を聞いて立ち止まってくれる青年やじじい共、或いは俺の声など全く聴いていない通行人Aから無限大の奴ら。いや、人口に限りがあるのだから、無限だは無いだろうが、無限と言っても差し支えないくらいの人のごみ。

 死んだ後も、俺はそんな世界に居た。

 たださっきも述べたように、この世界は嘘にまみれている。いや、嘘じゃない。俺の記憶が創りだした、いわば、記憶そのものでできている。

 何せ俺が演奏をやめてしまえば、それまでの街の喧騒が嘘だったかのように、そこには誰も居なくなる。あるのは、場所だけ。この、ギターを弾き、歌うだけの、この場所だけ。

 死後の世界がこんなにも平凡で何も無いだなんて思わなかった。聖人君子すら予想などできなかっただろう。どっかの宗教の教えにあるような、いい人間だけが行けるという天国、或いは悪人が堕ちるという地獄といえる世界が、こんな、自分の記憶だけで構成された世界だったなんて、だれが予想しただろう。

 この世界に来た当初、つまり、死んだばかりの頃の俺は、これも夢なのだと思っていた。けれど、いつまで経ってもあの世へ帰れないし、自分が死んだ瞬間を明確に記憶しているのだから、確かなようだと、俺はようやく考えた。

 と、言っても、やはり実感なんて沸かないのだが。あまりにも現実味があるこの場所で、実感などできるものか。

 俺はいつもの日課である一人ストリートライブをやめた。その瞬間に、街の人間はすっかり、まるで元々そこにはなにも無かったかのように居なくなる。これは比喩ではなく、言葉通りそこにはなにも無いのだが。ただの、ギャラリーとしての記憶。それが構成されているだけだ。愛用のギターをケースに入れて肩に担ぎ、本来地下鉄道に繋がる階段を下る。本来、と言ったのは、階段を下りた先には地下鉄など存在しないからである。そこから先は、俺の記憶では構成されていない。何故なら俺は、その地下鉄など利用した事など無いからだ。自分の記憶で構成される範囲は、駅前の広場と、そこから見えるいい加減な景色だけ。じゃあ、階段の先には何があるのかと言うと、なんと部屋がある。その部屋も勿論、俺の記憶から構成されたものじゃない。俺以外の人間の記憶によるものだ。

 そう、この死後の世界で生活しているのは勿論、俺だけじゃない。当たり前だが、ここが死後の世界である以上、俺以外の死者がこの世界で暮らしている。確認しているだけで、たったの十人。十人の住人。つまらねえシャレだと、俺は思ったものだ。

 死後の世界にたったの十人。死後の世界というのはなんとも、狭い世界のようだ。

 つまり、部屋に入ってまず目に入る青年がその一人だ。年は俺と同じ二十三歳。大学を卒業してフリーターなんぞをやっていたと言っていた。

「や。泰介。お疲れ様」

 部屋の真ん中にあるテーブルに本を積み上げて読書をしていたそいつは、俺を見るや否や軽く手を上げ挨拶してきた。

「おう。……いつも飽きねえな、お前は。本ばっか読んでて退屈しねえのか」

「君こそ、いつもギターなんて弾いててよく飽きないな」

 そいつ、麻井恭介はそう言った。

 俺はギターを壁にかけて恭介の向かい側に座る。テーブルに積み上げられていた本がいつの間にかどこかへ消えてしまっていた。

 この部屋は恭介の記憶によって構成されているものだ。恭介の記憶なのに、俺がこうして入れるというのには違和感があるが、どうやら、死後の世界と言うのはだれかがイメージしたものがそこに存在し、存在するだけでそれ以上でもそれ以下でも意味は無いらしい。だから、この部屋が恭介の記憶によって構成され、構成されただけでそこに存在する、だけなのだ。

 簡単に言えば、俺が経験した事を紙にでも書けば、その紙に、俺の経験が存在する。だけ。ということなのだ。

 だから、俺の記憶である駅前の広場にも、この部屋から階段を上れば恭介は行くことができる。まあ、駅前の広場なんて、近所の人間なら誰でもイメージできる代物ではあるのだが。

「こんな世界に居てまでギターを弾く意味は最早ないんだがな。気がつけば弾いているのだから仕方が無い」

 死後の世界でも生活のサイクルというのがあるらしく、俺は気がつけばいつもギターを弾いている。俺の意思に関係なく。いつの間にかギターを弾いていることに気がつき、そこからは自分の意思でやめたり続けたりできるようになる。それまで何かして居たって、時が来ればギターを弾いているのだから迷惑極まりないシステムではある。死後の世界にルールが存在する事も、ここへ来て初めて知った事だ。

 そのルールを俺に教えてくれたのも、今俺の目の前に居る恭介だ。

 俺は恭介と初めて会った時ののことを思い出す。


 俺が死に、こっちの世界にやってきたすぐあとも、俺はどうやらギターを弾いていたようだ。だが、直前の記憶には、俺がトラックに突っ込まれる瞬間の映像が鮮明に残っている。ギターを弾くのをやめると、街の人間たちは居なくなり、その場に残されたのは俺だけだった。

 これは夢か?

 俺はまず、そう疑った。

 右の頬をつねる。痛みはない。これは夢なのだろうか。

 試しに左の頬もつねってみる。やはり痛みはない。

 この時の俺では知る由も無いが、当たり前だ。死人に痛みなど感じるわけが無い。

 俺は呆然と立ち尽くした。あれほど賑やかだった街はどこへ行ったのだろう。あれほど居た人間はどこへ行ったのだろう。どうして俺だけが取り残されているのだろう。

 いつまで経っても覚めることの無い夢の中で立ち尽くす俺に声をかけてきたのは、恭介だった。

「どうやら新しくこっちの世界にやってきたみたいだね」

 見た目は爽やかな好青年という印象。しかし、流石に俺は不審に思い、恭介に聞いた。

「あんた、誰だ」

「俺は麻井恭介。君の反応は最もだけれど、そう噛みつかれては敵わないな」

 別になんとはなしに恭介は答えた。

「ここじゃなんだし、部屋においでよ。そこで、この世界の仕組みについて教えてあげよう」

 俺は目の前に居るこの男の言っていることが全く理解できていなかった。世界の仕組みだなんて、それこそ痛い人間でも見るかのような目で、俺は恭介の事を見ていた。

 恭介がこっちこっち、と、地下鉄への階段を下っていく。俺はどうしていいか分からなかったので、仕方なく恭介の後についていった。

 恭介の記憶によって創られた部屋。初めてその部屋に入ったときは勿論驚いた。地下鉄なのに、普通に部屋があるのが不思議だった。

 いや、このときの俺はまだ、俺が変な夢を見ているだけだと思っていたんだ。

 ひどく現実味のある夢を。

 右の頬をつねっても左の頬をつねっても覚めることの無い夢を。

 死んだって覚めない夢を。

 見ているのだと、俺は思っていた。

「ところで、君の名前はなんていうんだい?」

 だからこうして目の前に居る人間が当たり前のように話しかけてくるのが不思議でたまらなかった。こうもはっきりと、会話をしているのが不思議でたまらなかった。

 夢ならもっと。

 いい加減なはずだろう。

「俺は……富士宮泰介だ」

「泰介か。うん、どうやら年齢も近そうだし、君とはいい話し相手になれそうだ」

 恭介は部屋の中央のテーブルを指差し、俺を座らせた。

「何か飲みたいものとかあるかい?」

「いや、何も」

 恭介が聞いたので俺はそう答える。

「そう? じゃ、俺は紅茶でも飲もうかな」

 言った途端、恭介は手に紅茶の入ったカップを持っていた。そしてそれを口に近づけ、飲んだ。

 なんだ? いつの間に紅茶を淹れたんだ? 

「別に飲み物が必要な体でもないんだけどね」

「どういうことだよ」

びまいち状況を理解しきれない俺が恭介に問う。

「だって俺たち、もう死んでるんだから」

 恭介の答えはあまりにも予想通りであり、俺にとっては衝撃的だった。

「君だっていい加減気付いているだろう? ここには来たばかりだと言っても、鮮明に、自分が死ぬ瞬間を記憶しているし、ここが夢なんかよりも現実味を帯びていることに」

 それは、確かにそうだ。だが、ここが死後の世界だなんて、そうそう信じられるものでもない。

「ここが死後の世界である証拠、みたいなのはあるのか」

「そんなものはあるわけないよ。ただまあ、さっきもやってみせたように、ここではイメージによってなんでもできる。味覚や聴覚、視覚、ありとあらゆる感覚は残っているし、生存に必要な感覚、即ち痛みや人間の三大欲求と呼ばれるものは不要のものとして感じないのだけれど、イメージによってなら、なんでもできる」

 死後の世界だからできることはできる。と、恭介は言った。先ほど恭介が知らない間に紅茶を淹れたのもそれか。

「じゃあ、この部屋は……」

「この部屋はまた別。ここは俺が生前暮らしていた家の一室なんだけど、君にはこの家の記憶なんかないだろ? この部屋は俺の記憶によって作られた住人たち共有のスペースなんだよ」

「あの駅前の広場もか?」

「あそこはおそらく君自身の記憶から生まれたものだろうね。ここには十人の死者が暮らしているが、それぞれの記憶から一箇所ずつの共通スペースが存在するのさ」

 一度作られた共通スペースは誰のイメージでも改変できないルール、らしい。

「……なんだかややこしいな。ここが死者の世界であるかどうかはまだにわかには信じられないが、俺もどうやらここから出られないらしいな」

「当然だよ。死んでるんだから。まあ、いずれにしろ、ここが現実の世界よりも非現実で、夢よりは現実的な世界だって事は理解できたかい?」

 それは矛盾しているようで矛盾していない、すなわち中途半端な世界だと言うことか。

「それで、ここで暮らすに当たって何かルールみたいなのはあるのか?」

「多少はね。別に気にするほどの事でもないけれど、一応教えておこう。一つ。この世界でも『時間』のサイクルが存在する」

「時間?」

「そう。生前の俺たちがしていた、朝起き、夜寝るのサイクルさ。ここでは、時間が来れば、即ち午前零時に俺たちは眠り、午前零時に目覚める」

 言っていることの意味がよく分からなかった。

「つまり、夜の十二時になると、俺たちはそれぞれ決まった場所から一日がスタートするわけさ。俺の場合、この部屋で本を読んでいる。君の場合は、多分、上の広場でギターを弾いているんじゃないかな」

 ……やはり意味が分からなかったが、十二時になれば分かるよ、とだけ恭介は言った。

「二つ目。さっきも言ったけど、ここではイメージでなんでもできる。完全にはイメージできなくても、脳がうっすらと記憶さえしていれば、俺が本を出そうと思えば出せるし、君がギターを出そうと思えば出せる。基本、食べる必要が無くとも、食べたいときは食べたいものを食べられるし、飲みたいものも飲める。想像力というよりは、創造力、かな」

「それはもう分かった。俺がギターを弾いていたときにいた人ごみは、ライブのイメージでそこにいただけの連中か」

「飲み込みが早いね、その通りだ。逆にライブをやっていないときの街のイメージは割りとどうでもいいらしくて、人もまるで居ないんだけどね」

 おかげで歩きやすいよ。と恭介は言う。

「だが、その創造力というのは便利そうだな」

「まあね。ただしこれにもちゃんとルールが存在するんだ。結局は俺たちのイメージ次第だから、イメージできないものは創れないし、世界そのものを歪めてしまいかねないモノを創る事もできない。行ったことの無い場所や、食べた事の無い味も創れないのさ。イメージさえできれば非科学的な現象だって起こせるけど、大抵は生前の記憶に依るものしか作れないんだよね」

 なるほどな。死後の世界も完全に自由って訳でもないのか。

「だいたいそんなもんだね。始めは俺も訳が分からなかったけど、住めば都ってやつさ。ここじゃややこしい人間関係とかないしね。一応十人の住人が暮らしているけれど、気楽なもんだよ」

 退屈だけどね、と恭介はそこで話を終えた。


 正直に言えば、話を聞いたあともここが死後の世界だなんて信じる余裕は俺には無かったが、やはりどう足掻いても現実世界には帰れないようだ。

「やれやれ、だ」

「ん? どうしたんだ泰介」

「いや。この世界は本当になにもないな、と思って」

 当たり前だが。俺は生前も死後の世界なんて存在しないと考えていたのだから、これだけ殺風景な世界が在るというだけで驚きだ。

「まあね。無ければ創ればいいだけだけど。それ以前に、いつまでこの世界にいるのか分からないしなあ」

 この世界に時間が存在するのは分かっているが、その時間は一日の終わりと始まりしか告げないため、あまり意味を持たない気もする。

 いずれにしろ、この世界の事は「死後の世界」というのがここにいる住民たちの共通の認識であるため俺もそれに従わざるを得ない。実際俺には死ぬ瞬間の記憶がハッキリと存在するのだから。

 ところで恭介についても死因を聞いたことがある。人の死因を聞くなんてそれほど気分のいいものではないが恭介の場合、自分から話してくれた。

 が、その答えは答えというにはいい加減で、恭介は自分がなんで死んだのかよく覚えていないらしい。大学を卒業してからはずっとフリーターで、何をするにでもなくふらふらと過ごしていたらいつの間にか死んでいた、ということらしい。が、人に恨みを買うような覚えはないから自殺か自己だろうと恭介は予測している。それでもかなり大雑把過ぎていい加減すぎるため、どう判断していいのか俺にはわからない。

「さてと」

 俺はひとしきり考え込んだ後、ここのところの日課である散歩に行く事にする。恭介はそれを察して行ってらっしゃいと声をかけた。

「今日も舞ちゃんのところに行くのかい?」

 舞ちゃんというのは本名を笠倉舞といい、言わずもがなここの住人で即ち死者だ。

「とりあえずな。会わないとうるさいし。こんな世界ではいい話し相手だ。お前もそう思うだろ?」

「まあね。俺としては、君も十分興味深いんだけど」

「? 意味わかんねえよ」

 気にするな、と恭介は言った。適当な性格をしている恭介のことだからと俺は気にせず俺は地上への階段から反対側に位置する戸を開ける。元々はここは恭介の家だったのだから、ここから先にはまた部屋があって然るべきだが、その戸から先へ続いているのは病院の廊下だった。この病院は、これから俺が向かう病室に居るであろう、俺が恭介の次に会った住人、笠倉舞の記憶によって創られた共有スペースだ。

 俺は廊下の突き当たりにある個室の戸をノックした。

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