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幼馴染なので遠慮のない王子殿下との日常

作者: 秘色
掲載日:2026/06/08

「よお、ルステリア。起きてるか? 今日はいい天気だぞ」


 光り輝く金髪に、王家の証である鮮やかな琥珀色の瞳。どこに出しても恥ずかしくない、いやむしろ国宝指定レベルの美貌を持つ我が国の第一王子、カルディアン殿下は──現在、我が公爵邸の二階にある、私の部屋の窓枠に腰掛けていた。


「……カルディ。そこ、地上から何メートルあると思っているの?」


 私はベッドの中から、完全に死んだ目で幼馴染を見上げた。まだ朝の六時である。


「たかが五メートルだろ。庭の木を伝えば余裕さ」

「王族の余裕の基準を、泥棒のスキルに合わせないでくださる? あと、普通に玄関から入ってちょうだい」

「だって、お前の親父殿に見つかると『カルディアン殿下! 我が娘への夜這い(朝だけど)は、たとえ王子であっても万死に値しますぞ!』って剣を抜かれるから面倒なんだよ」

「お父様の反応は一億点満点で正しいわ。というか、早く降りなさい。私、まだ寝巻きなんだけど」


 あきれ果てて布団をはぎ、ベッドから足を下ろす。白のシンプルなネグリジェ姿の私を見て、カルディは驚く風でもなく、ふっと意地の悪い笑みを浮かべた。


「知ってる。……お前、相変わらず寝相が悪いな。髪が鳥の巣みたいになってるぞ」

「なっ……!」


 慌てて頭に手をやると、確かにひどい寝癖がついている。淑女として致命的な姿を見られた羞恥心で顔がカッと熱くなった。私は枕をひっつかみ、全力で王子殿下の顔面に投げつけた。


「デリカシー皆無の筋肉バカ王子! 視力を永久に失いなさい!」

「おっと、ナイスサーブ。だが、そんなふくれた顔も可愛いから無罪」


 カルディは飛んできた枕を片手で軽々とキャッチし、窓からするりと室内に着地した。そして、当然のような顔で私のドレッサーの前に歩み寄り、引き出しからヘアブラシを取り出す。


「ほら、こっち来い。直してやるから」

「……結構です。侍女を呼びます」

「いいから。ほら」


 ぐい、と腕を引かれ、ドレッサーの椅子に座らされる。カルディは慣れた手つきで、私の癖のある栗色の髪をすくい上げ、優しくブラシを通し始めた。


「……本当に、遠慮がないわね」

「幼馴染だからな。お前が三歳の時、泥んこになって泣いてた頃からの付き合いだぞ? 今更だろ」

「それはそれ、これはこれよ。私たちはもう十七歳。一応、世間では婚約者候補筆頭って言われてるんだから、もう少し緊張感を持ってほしいわ」


 鏡越しに視線が交差する。カルディは少しだけブラシを止め、ふっと目を細めて微笑んだ。その、不意に見せる()()()に、心臓がトクンと跳ねる。


「緊張感、ねぇ。……じゃあ、こういうのはどうだ?」


 カルディの顔が、鏡の中で私の耳元まで近づいてくる。低い声が鼓膜を揺らした。


「俺が、ただの幼馴染の距離感で髪を触ってると思うか? ルステリア」

「っ……!」

「お前が他の男に髪一本触られたら、俺がその男を物理的に消し飛ばすくらいには、緊張感持って触ってるんだけどな」


 耳にかかる吐息が熱い。鏡の中のカルディの瞳は、冗談のそれではなく、ひどく独占欲に満ちていた。


 ──ずるい。


 コメディみたいなノリから、急にこういう王子様モードに入るのは、本当に心臓に悪いからやめてほしい。


「……、……ばか」


 私は真っ赤になった顔を隠すように、カルディの手からブラシをひったくった。



 ◇ ◇ ◇



 数時間後。身支度を整え、王宮の庭園で行われる公式なお茶会に出席した私は、優雅に紅茶をすすっていた。


 対面に座るカルディは、仕立ての良い礼服に身を包み、完璧な()()()()()()()()を演じている。周囲の貴族令嬢たちが、遠巻きにカルディを見ては黄色い悲鳴をあげていた。


「ルステリア嬢、今日のドレスも大変によくお似合いだ。まるで春の妖精のようだね」

「恐れ入ります、カルディアン殿下。殿下のその素晴らしいお言葉だけで、胸がいっぱいでございますわ(棒読み)」


 周囲に人がいるため、私たちは完璧な敬語で会話している。だが、テーブルの下では熾烈な戦いが繰り広げられていた。


 ──グリッ!


(いたっ……!?)


 カルディが、私の靴の先を自分の靴で軽く踏んできたのだ。私は笑顔を貼り付けたまま、カルディを睨みつける。


(何するのよ、このバカ王子!)

(いや、お前がさっきからマカロンばっかり食べて、俺と目を合わせないからだろ)


 視線だけでそんな会話を交わす。私は負けじと、カルディの足の甲をヒールで踏み返してやった。


「ふぐっ……!?」


 カルディが一瞬、完璧な美貌を歪める。勝った。私は内心でガッツポーズをしながら、にっこりと微笑んだ。


「殿下、どうかなさいましたか? お顔色が優れないようですが」

「……いや、何でもない。ルステリア嬢の、あまりの愛らしさに胸が痛んだだけだよ」

「まぁ、お上手ですこと」


 そんな私たちのやり取りを、遠くから見ていた令嬢たちが「まぁ、なんて絵になるお二人かしら!」「まるで愛を囁き合っているようだわ!」と身悶えしている。


 ……いや、違います。これ、ただの物理的な小競り合いです。


 しかし、カルディは私の反撃に懲りるどころか、楽しそうに目を細めると、おもむろにフォークで小さなチョコレートケーキをすくい上げた。


「ルステリア。……あーん、しろ」

「……は?」


 あまりの急な展開に、素のトーンで聞き返してしまった。周囲の令嬢たちから「キャーッ!」という悲鳴が上がる。


「ほら、あーん。お前、これが大好物だろ?」

「で、殿下、周囲の目が……」

「関係ない。俺が婚約者候補に菓子を食わせたいだけだ。ほら、口を開けないと、このままお前の唇にジャムをつけるぞ」


 この男は本気だ。断ればさらに面倒なことになる。私は覚悟を決め、顔がトマトのように赤くなるのを感じながら、小さく口を開けた。


「……あ、ん」


 ぱくり、とケーキが口に運ばれる。濃厚な甘さが広がるのと同時に、カルディの親指が、私の口元にほんの少し残ったクリームをそっと拭った。


 そして、その指を──あろうことか、カルディは自分の口元に運び、ペロリと舐めたのだ。


「うん、甘くて美味いな」

「~~~~~~っ!!!」


 脳のキャパシティが限界を迎えた。私はお茶会の席であることを忘れ、立ち上がって叫びそうになった。


「カルディ、あんたって人はーーーっ!」

「ははっ、ごちそうさま、ルステリア」


 悪戯が成功した少年のように笑うカルディを見て、私は「この男の婚約者候補なんて、絶対に辞退してやる!」と心に誓ったのだった──通算九十九回目──。



 ◇ ◇ ◇



 お茶会の喧騒から逃れるように、私は王宮の奥にある古びた図書室にこもっていた。お茶会でのカルディのせいで、心臓のバクバクが未だに収まらない。

 おまけに、周囲の令嬢たちからの嫉妬の視線が痛かった。


「はあ……。あいつ、私のことなんだと思ってるわけ?」


 大きな窓から差し込む夕日が、静かな図書室を茜色に染めている。山積みにした本に突っ伏してため息をついていると、背後から気配がした。

 振り返るより早く、背中からすっぽりと大きな体温に包み込まれる。


「……ここにいたのか。探したぞ、ルスタ」

「カ、カルディ!? 離して、誰かに見られたら……」

「見られないように、騎士たちを遠ざけてきた。だから、いいだろ」


 カルディは私の肩に顎を乗せ、後ろから抱きしめる腕に少し力を込めた。いつもはふざけてばかりなのに、その腕は驚くほど男らしくて力強い。


「お茶会、嫌だったか? 令嬢たちがうるさかったろ。ごめんな」


 耳元で、少ししおれたような声が聞こえた。普段の俺様っぷりはどこへやら、今のカルディは捨てられた大型犬のようだ。

 そのギャップに、私の怒りは一瞬で霧散してしまう。


 ──本当に、ずるい男。


「嫌、じゃなかったわよ。ただ……恥ずかしかっただけ。あんな大勢の前で、あんなことするなんて」

「あんなことって?」

「ケーキを食べさせたり、指を舐めたり……っ! 思い出させないで!」


 私がもがくと、カルディはクスクスと笑いながら、私をくるりと反転させて、本棚の壁へと私を追い詰めた。いわゆる壁ドンというやつだ。


「だって、お前が他の男と楽しそうに話してるの、イライラしたんだよ」

「え? 私、お茶会であなた以外の男の人と話してないわよ?」

「隣のテーブルの、アミール伯爵令息がお前をチラチラ見てただろ。あいつ、お前のドレス姿を見て『可愛い』って呟いてたんだ。だから見せつけてやった」


 カルディの琥珀色の瞳が、夕日を浴びて怪しくきらめく。


「……そんなの、ただの言いがかりじゃない。カルディは心配しすぎよ」

「心配するだろ。お前は自分がどれだけ無防備で、男を惹きつけるか分かってない。幼馴染なんて便利な肩書き、俺だって早く捨てたいんだ」


 カルディの手が、私の頬に触れる。親指が私の唇を優しくなぞった。


「ルステリア。俺は、お前を他の誰にも渡す気はない。公爵令嬢としてじゃなく、ただのルスタとして、俺の隣にいろ」

「カルディ……」


 いつになく真剣な表情。まっすぐな眼差し。

 心臓がうるさいくらいに高鳴る。私はもう、カルディから目を逸らすことができなかった。


「……本当に、遠慮がないのね。私の気持ちも聞かずに、そんなこと言って」

「お前の気持ち? 聞かなくても分かるさ」


 カルディはニヤリと笑うと、私の顔をさらに覗き込んできた。


「だって、お前の顔、今めちゃくちゃ赤い。心臓の音も、ここまで聞こえそうなくらいバクバク言ってるぞ」

「な、ななな……!」

「それに、嫌ならとっくに俺の股間でも蹴り上げて逃げてるだろ? お前ならそれくらいやる」


 ……前言撤回。やっぱりこの男は、一言余計な台詞を言わなきゃ気が済まないらしい。


「——そうね。じゃあ、お望み通りにしてあげるわ!」

「ぶふぉっ……!? お、おい、待て、本当に蹴るな! 冗談、冗談だから! 待って、ルスタ、顔がマジだ、おいやめ──」


 ドン、という鈍い音と共に、王宮の図書室に王子の悲鳴が響き渡った。



 ◇ ◇ ◇



 翌朝。


「よお、ルスタ。昨日はよくもやってくれたな。おかげで内腿がまだ青アザになってるぞ」


 昨日と全く同じ時間、全く同じ窓から、金髪の王子殿下が不法侵入してきた。


「あら、生きてたのね。お祝いに、今度は窓から突き落としてあげましょうか?」

「勘弁してくれ。それより、ほら、これ。お前の大好物の、街のパン屋のアップルパイ。お詫びに買ってきた」

「……」


 差し出された紙袋からは、焼き立ての甘い香りが漂っている。私はジト目でカルディを見つめ、それからふっと息を吐いて、紙袋を受け取った。


「……今回だけは、アップルパイに免じて許してあげるわ」

「お、チョロいなルスタ」

「もう一発蹴られたい?」

「嘘です、ごめんなさい」


 私たちは顔を見合わせて、同時に吹き出した。

 遠慮がなくて、デリカシーがなくて、でも、誰よりも私を真っ直ぐに愛してくれる私の王子様。


 私たちの、騒がしくて少しだけ甘い日常は、これからもきっと、ずっと続いていくのだろう。



 おしまい



最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


少しでも楽しんでいただけたなら★やいいねで応援していただけると嬉しいです。


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