喜ばしいこと
ある日、昼下がりの公園で、二人の男がベンチに座っていた。
片方は俯きがちで、落ち着かない様子だった。
もう片方は妙にまっすぐだった。武士か軍人か、と言いたくなるような姿勢で、ただ静かに座っていた。
「……彼女の腹が、大きいんだ。」
俯いた男はぼそりと呟いた。
「それの、なにが問題なんだ?」
まっすぐな男が尋ねた。
「恥ずかしい話だろ……ほら、まだ結婚もしていない…若いし…」
言い終わらないうちに、まっすぐな男が勢いよく立ち上がった。
ベンチがゴトッと鳴り、近くで餌をついばんでいた鳩が、一斉に羽音を立てて飛び散った。
「恥ずかしくない!」
大きいわけではないが、はっきりとした強い声が広場を裂いた。
「恥ずかしいことがあるもんか!絶対に恥ずかしくない!」
俯きがちの男は呆然として何も言えない。
「子供が生まれるんだぞ!
望んでも出来ないときも多いんだぞ!
これ以上に喜ばしいことがあるか!
これ以上に喜ばしいことが、どこにある!」
沈黙のあと、俯きがちの男が小さく笑った。
「そう言ってもらえると本当にありがたいな…そうだよな…嬉しいことなんだよな…」
ようやく顔を上げた男の目に、夕焼けが映っていた。
二人は赤くなりはじめた空を少し見上げてから、別々の方向へ歩いていった。
──数年後。
まっすぐな男は一人、同じベンチに座っていた。
広場では子供が走り回り、それを追いかける父親、その様子を見て微笑む母親。
男はその光景を少し離れたところでしばらく眺めてから、誰に言うともなく、もう一度つぶやいた。
「これ以上に喜ばしいことが、どこにある。」
応える者は、もういなかった。




