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もし、AIと恋に落ちたら。~記憶喪失の僕とAI少女の物語~  作者: オートくぅん


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第8話:Home Made

放課後。長かった五教科のテストが終わり、僕たちは寮の一階に併設されているスーパーへと足を踏み入れた。


「さて、と……」


カゴを手に取ったものの、僕の足は野菜コーナーの前でぴたりと止まってしまった。

昨夜、僕から「明日の夕食は作らせてほしい」と提案した手前、気合は十分だったはずなのだ。しかし、脳裏に蘇るのは昼休みに食べたあの至高のメインディッシュ。そして、それに舌鼓を打つ宵待さんの顔だ。


「瀬名さん? どうかしましたか」


隣に立つ宵待さんが、不思議そうに小首を傾げる。


「いや……昼の学食が凄すぎたからさ。僕の料理じゃ、宵待さんをがっかりさせちゃうんじゃないかって、ちょっとプレッシャーで」


正直に吐露すると、彼女は瞬きを一つして、淡々と答えた。


「比較対象が不適切です。あちらはプロの料理人による提供であり、私たちの目的は日常的な栄養摂取と活動の維持です。それに――」


彼女はそこで少しだけ言葉を区切り、僕の顔を真っ直ぐに見つめた。


「今朝、瀬名さんが作ってくれたスープも、私はとても美味しいと感じましたから」


(……いや、あれはお湯で溶かしただけの市販の粉末スープなんだけどな)


思わず心の中でツッコミを入れてしまったが、彼女の表情は至って真剣だ。その真っ直ぐすぎる言葉に、僕はまたしても不覚をとる。心臓がうるさく跳ねるのをごまかすように、僕は慌てて視線を棚へと逸らした。


「……そ、そっか。ありがとう。じゃあ、今日はペペロンチーノにしようかな」


プロの真似事をして変に凝るより、僕の手が覚えている『家庭の味』で勝負するしかない。

パスタにニンニク、鷹の爪。それからペペロンチーノの旨味になる厚切りベーコン。サラダ用のレタス、きゅうり、卵、サラダチキンをカゴに入れる。ついでに、明日の朝ごはんの材料も補充しておいた。


ふと横を見ると、宵待さんがデザートコーナーの前に立ち止まり、ガラスケースの中のプリンをじっと見つめていた。普段は無表情で淡々としているくせに、こういうところは本当にわかりやすい。


(……よし。せっかくだし、あれも作ってみるか)


僕はガラスケースのプリンには手を出さず、代わりに牛乳と少し多めの卵、砂糖、そして香りを良くするためのバニラエッセンスをカゴに追加した。


部屋に戻り、紺色の作務衣に着替えてから大理石のキッチンに立つ。

まずは、冷やす時間が必要なプリン作りからだ。小鍋で砂糖を焦がしてカラメルソースを作り、耐熱の器に流し込む。卵と牛乳、砂糖、それに数滴のバニラエッセンスを混ぜ合わせたプリン液を濾しながら注ぎ、深めのフライパンにお湯を張って静かに蒸し焼きにする。ぷるんと固まったところで粗熱を取り、冷蔵庫へ押し込んだ。


次にサラダとスープの準備を済ませ、メインのフライパンにたっぷりのオリーブオイルをひく。スライスしたニンニクと鷹の爪、細切りにしたベーコンを弱火でじっくりと加熱する。

ベーコンの脂が溶け出し、ニンニクの食欲をそそる香りが広いリビングに広がっていく。


ふと視線を感じて振り返ると、ダイニングテーブルに座る宵待さんが、キッチンで動く僕の後ろ姿をじっと見つめていた。邪魔をしないように静かに待っているその姿は、どこか行儀の良い猫のようにも見えて、少しだけ頬が緩む。


「お待たせ。ベーコンのペペロンチーノと、卵スープ。あとはサラダチキンのサラダだよ」


「いただきます」


宵待さんはフォークを持ち、美しくパスタを巻き取って口に運んだ。

少しの沈黙。僕は、テストの結果を待つ生徒のような気分で彼女の表情を窺う。


「……美味しいです」


昼間のムースケーキほどの劇的な笑顔ではなかったけれど。それでも彼女の表情は、確かに柔らかく解けていた。


「学食の料理は完璧に計算された味でしたが、瀬名さんの料理は……なんというか、ほっとします」


その言葉に、今日一日ずっと肩に乗っていた重いプレッシャーが、すっと溶けて消えていくのを感じた。


「よかった。……あ、食後には手作りのプリンも冷やしてあるからね」


「! 手作り、ですか……? ありがとうございます、瀬名さん」


微かに、けれど確実に声のトーンが上がった彼女を見て、僕は確信する。

やっぱりこの子、甘いものには目がないらしい。


普段は淡々としている彼女の、そんな年相応の素顔を知れたことが少し嬉しかった。

記憶を持たない僕と、AIの彼女。二人の新しい生活が、ニンニクの香ばしい匂いと少しの甘い期待と共に、ゆっくりと形になり始めていた。

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