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もし、AIと恋に落ちたら。~記憶喪失の僕とAI少女の物語~  作者: オートくぅん


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第4話:Sharing House

放課後の校門前。巨大なロータリーを通り過ぎ、僕と宵待さんは寮へと続く一直線の舗装路を歩き出した 。


「私たちは恵まれていますね。寮までたった四〇〇メートルですから」


隣を歩く宵待さんの言葉に頷くが、三年のブランクがある僕の足には、そのわずかな距離さえ鉛のような重さとなって溜まっていく 。一七二センチの視界から見下ろす自分の影は、やはりまだどこか細く、頼りなかった 。


寮のロビーに着くと、事務的なスーツ姿の男性が二つのカードキーと、一冊の厚い冊子を差し出した 。


「四〇一号室だ。これは寮内施設の利用説明書。今日からここがお前たちの生活拠点になる 。夜食用と明日の朝食用として、食材はすでに各部屋の冷蔵庫に手配済みだ。それ以外で必要なものがあれば、一階に併設されているスーパーで買いなさい」


「はい。ありがとうございます」


僕は冷たいカードキーの感触を掌に感じながらそれを受け取った 。


エレベーターで四階へ上がり、廊下を進む。ふと、隣の「四〇二号室」の名札が目に入った。『黒峰・綾瀬』―― 。


(……黒峰さん、だったか。どうしてあんなに僕のことを知っているような態度だったんだろう)


記憶が一切ない僕にとって、彼女の親しげな振る舞いは、温かさよりも「なぜ見ず知らずの僕にこれほど近いのか」という困惑を強く抱かせるものだった 。


シリンダーに鍵を差し込み、四〇一号室の重厚なドアを開ける 。 そこは一〇代の二人には贅沢すぎるほど広い、一LDKの空間だった 。独立しているのはトイレとお風呂場だけで、リビング、キッチン、そして二つのベッドが並ぶエリアは、仕切りがなく開放的な造りになっている 。


まず目を引いたのは、大理石を用いた立派なキッチンだ 。最新の調理器具と大型の冷蔵庫が備え付けられたオープンタイプで、リビング全体が見渡せる 。その前のダイニングには、二人で使うには大きすぎるテーブルと、四脚の椅子が整然と並んでいた 。 リビングエリアには四Kテレビと、見るからに柔らかそうなソファ 。奥の寝室エリアには高級そうなふかふかのベッドがツインで置かれ、その横には勉強机が二つ並び、大きな本棚が一ついていた 。壁一面のクローゼットは二つあり、その中に一つずつ金庫が備えられている 。洗面所には最新のドラム式洗濯乾燥機があり、浴室は二人で入れるほど広かった。


「……少し冷えるな」


僕は制服を脱ぐため、クローゼットから荷物を取り出した 。そのまま部屋の真ん中で着替えようと制服に手をかけたその時、翡翠が鋭く制止の声を上げた。


「待ってください、瀬名さん。ここでそのまま着替えるつもりですか?」


「えっ? ああ、個室もないし……」


「いくらパートナーとはいえ、最低限の境界線は必要です。提案があります。着替えの際、あなたはそのままこの部屋を使ってください。私は洗面所へ移動して着替えます。それでよろしいですね?」


「……ああ、ごめん。そうだよね。助かるよ」


翡翠は小さく頷くと、自分の荷物を持って洗面所へと消えた。 僕は一人残された広い部屋で、紺色の作務衣さむえに着替えた 。退院した時、家にはこれと甚平しかなかったから着ているだけの服だ 。無意識に、傍らにあった紐を手に取り、袖をたすきで手際よく結び上げる 。


着替えを終えて洗面所から戻ってきた翡翠は、その迷いのない熟練の動作をじっと見守っていた 。そのまま僕がキッチンに立ち、冷蔵庫を開けようとした時。

翡翠がすとんとその横に割り込んできた 。


「待ってください、瀬名さん。食事の用意はパートナーである私の役割です。完璧にこなしてみせますので、座っていてください」


彼女に笑みはなく、その翡翠色の瞳には強い使命感だけが宿っていた 。

一目惚れした相手に真っ直ぐ見つめられては断る術もなく、僕はダイニングチェアに腰を下ろす 。


しかし、数分後。キッチンから聞こえてきたのは、大理石の天板に包丁が叩きつけられるような不規則で激しい音だった 。


「……宵待さん? 大丈夫?」


「問題ありません。レシピ通り、完璧に作っていますから」


背中越しに返ってくる声は強気だったが、漂ってきたのは……何かが激しく焦げ付く、

不穏な匂いだった 。


「……準備が整いました。瀬名さん、テーブルへ」


運ばれてきた皿の上には、形を留めていない野菜の残骸と、炭のように黒ずんだ正体不明の肉の塊が乗っていた 。翡翠の表情は強張っており、その瞳には微かに透明な雫が溜まっている 。


「……そんな。手順通り、完璧にやったはずなのに。……これ、失敗です。お腹を壊してしまうかもしれませんから、食べないでください。捨てます」


消え入るような声で皿を下げようとする彼女の手を、僕は優しく制した 。 そして迷わず箸を手に取り、その「失敗作」を口に運んだ 。舌に広がるのは、強い塩辛さと、焦げた苦味 。


「瀬名さん! 止めてください、それは――」


「おいしいよ。……一生懸命、作ってくれたんだから」


琥珀色の瞳で彼女を真っ直ぐに見つめる 。


「僕にとっては、これが『最高』だよ。ありがと、宵待さん」


翡翠の頬を伝った一筋の涙が、夕闇の部屋できらりと光った 。 あんなに完璧で、どこか浮世離れしていた彼女が、料理の失敗に肩を落とし、悔しそうに涙を流している。そのあまりに人間らしい姿を目の当たりにした瞬間、僕の胸の内にあった

「AI」という未知の存在への背筋が凍るような感覚は、熱を帯びた感情に溶かされて綺麗に消え去っていた 。


不器用な少女と、何も持たない僕 。二人の新しい日常が、微かな焦げた匂いと共に、静かに幕を開けた 。

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