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もし、AIと恋に落ちたら。~記憶喪失の僕とAI少女の物語~  作者: オートくぅん


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第3話:Partner

入学式を終え、案内された『1年特進コース1組』の教室。僕の座席は、左端の窓側、その最前列だった。教壇のすぐ脇だが、一番端なので僕の前を横切って歩く者は誰もいない。人混みに慣れていない僕にとって、この孤立した特等席は唯一の救いのように感じられた。ハーフアップにまとめた髪を指先で整えながら、琥珀色の瞳で、静まり返った校庭を眺めていた。


ふと、右隣の席に柔らかな気配を感じた。 月光を溶かしたような銀色の髪がさらりと視界を横切り、そこに宵待翡翠が座った。間近で見れば、その肌は驚くほど瑞々しく、清潔な石鹸のような香りが微かに鼻をくすぐる。172センチの僕より少しだけ背の低い彼女は、どこまでも洗練された、一人の美しい少女にしか見えなかった。


(……新入生代表の子だ。まさか、隣の席になるなんて)


招待状にあった「AIとの共存」という不穏な言葉が頭の隅を掠めたが、目の前の彼女から伝わってくる確かな存在感の前に、そんな非現実的な想像はすぐに霧散してしまった。


そこへ、凛とした足取りで一人の女性教師が入ってきた。彼女はチョークを手に取ると、黒板に鋭い字でその名を叩きつけた。


氷室ひむろ 瑠璃るり


「私がこのクラスの担任、氷室瑠璃だ。これより、このクラスについて説明する。しっかり聞くように」


軍人のように硬い口調。160センチほどの女性の平均的な背丈ながら、その背筋を伸ばした佇まいからは、数値以上の鋭い圧が放たれている。


「このクラスは、国家プロジェクトによる**『AIと人間の共存実験』**の場だ。今、お前たちが一つの机を共有している隣の者は、これから三年間、お前たちのあらゆる活動を支えるパートナーとなる」


氷室先生は、有無を言わせぬ視線で僕たちを射抜いた。


「教壇から見て右から数えて、奇数列。そこに座っている者が『人間』だ。偶数列が『AI』だ。お前たちは今日からペアとして扱われる。まずは隣同士で挨拶をしろ」


心臓の奥がドクン、と嫌な音を立てた。 僕は奇数列、一番端の席。そして隣に座る彼女は――。 招待状を見た時に感じた、あの警鐘のようなざわつきが、氷の粒となって背筋を駆け抜けた。


宵待さんはゆっくりとこちらを振り向き、まっすぐに僕を見つめた。その瞬間、僕は息を呑んだ。


彼女の瞳は、まさにその名の通り、深く澄んだ「翡翠ひすい」そのものだった。単なる緑色ではない。原始の森の奥深くを映したような深みと、研磨し尽くされた宝石のような透明感が共存している。光の角度によってエメラルドのようにも、深い湖の底のようにも色を変えるその双眸には、吸い込まれるような魔力があった。知性と、どこか人間離れした静謐さを湛えたその瞳に見つめられ、僕は自分の魂まで見透かされているような錯覚に陥る。


「……初めまして、瀬名琥珀さん。今日から、私たちが『ペア』ですね」


透き通るような、凛とした声。彼女の表情に笑みはなく、ただ真剣に、そして静かに僕という存在を映し出していた。僕は震える声で問いかけた。


「……宵待さん。君は本当に、人間じゃないのか?」


僕の失礼な問いかけにも、宵待さんは表情を崩すことなく、淡々と、けれど確かな誇りを感じさせる声で答えた。


「はい。私は最新鋭の自律型個体――AIです」


きっぱりと言い切った後、彼女はふと長い睫毛を伏せ、少しだけ言い淀むように言葉を続けた。


「ですが、瀬名さん。私が考えることや感じる心は、あなたたち人間と何も変わりません。ですから……その、あまり機械だと身構えずに、一人の普通の女の子として接してくれたら、嬉しいです」


ただのプログラムとは思えない、体温を感じるような真摯な願い。一切の揺らぎがないその真っ直ぐな瞳に、僕は圧倒された。得体の知れないAIへの恐怖よりも、目の前にいる彼女の誠実さが胸を打つ。


「……僕は、瀬名琥珀。実は、最近まで3年間ずっと眠っていて、過去の記憶が一切ないんだ」


僕が隠さずに打ち明けると、宵待さんの翡翠色の瞳がわずかに見開かれた。


「一般常識も抜けてるかもしれないし、ペアとして足手まといになるかもしれないけど……よろしくお願いするよ、宵待さん」


「記憶の欠落……なるほど、状況は理解しました。安心してください、瀬名さん。あなたのパートナーとして、私が学校生活のすべてを完璧にサポートしてみせます」


彼女が真剣な眼差しで頼もしく頷いてくれた直後、教壇の氷室先生がパンッと手を叩いた。


「よし、ペアの挨拶は済んだな。次は前後のペア同士で振り返り、四人一組の班になれ。これからの演習は、この四人班を基本単位として動くことも多い。しっかり顔合わせをしておけ」


氷室先生の指示に従い、僕が後ろを振り向こうとした瞬間――真後ろの席から、勢いよく身を乗り出してきた少女がいた。


「琥珀、相変わらず堅苦しいなー! 可愛い子がパートナーで良かったじゃん!」


茶髪をサイドテールに結ったその小柄な少女は、屈託のない笑顔で僕に話しかけてきた。初対面のはずなのに、あまりに親しげな態度と呼び捨てに、僕は戸惑って言葉に詰まる。


「えっと……君は?」


僕が問いかけると、彼女は一瞬だけ、玻璃はり色の瞳をひどく悲しげに揺らした。けれど、次の瞬間には弾けるような笑顔を浮かべ、さっきの翳りなど見間違いだったと思わせるほど無邪気に笑った。


「あたしは黒峰美玻璃くろみね みはりだよ。ま、……これから思い出せばいっか」


「黒峰、さん……?」


彼女は最後、祈るような小さな声で何かを付け足したが、それは僕の耳に届く前に空気の中に溶けて消えた。 一瞬見せたあの瞳の奥の暗さと、今の屈託のない笑顔。そのあまりのギャップに、僕は正体不明のざわつきを胸に覚えた。


すると、宵待さんの真後ろ――僕から見て右後ろの席に座っていた、艶やかな黒髪を三編みにした長身の少女が、おっとりとした空気を纏いながら静かに頭を下げた。


「初めましてぇ。美玻璃ちゃんのパートナーを務めます、綾瀬雲母あやせ きららです。よろしくねぇ、琥珀くん、翡翠ちゃん」


「綾瀬さんですね。よろしくお願いします」


僕が会釈を返すと、隣の宵待さんも


「よろしくお願いします、綾瀬さん、黒峰さん」


と丁寧にお辞儀をした。


「……挨拶は済んだな。では、寮の部屋番号が記載されたプリントを配布する」


氷室先生から配られたプリントには、僕の名前の横に**『401号室』**、そして宵待翡翠の名前が記されていた。


窓際の一番前という僕の聖域に現れた、美しい翡翠色の瞳を持つAIの少女。 不協和音を奏でながら、僕の新しい時計が動き出した。

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