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もし、AIと恋に落ちたら。~記憶喪失の僕とAI少女の物語~  作者: オートくぅん
第二章:合同実技演習編

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第30話:Slapstick and Secret

翡翠の腕の中にすっぽりと収まったまま、僕は再び多賀城キャンパスを猛スピードで移動していた。


「ひ、翡翠……いくらなんでも、やっぱり誰かに見られたら……」


「ご安心ください! 私のルート計算上、他ペアと遭遇する確率は極めて低――あ、前方に一組確認しました」


(いるじゃないか!)


第一校舎と第二校舎を繋ぐ中庭。そこにいたのは、同じく青いジャージを着た美玻璃さんと雲母さんのペアだった。

雲母さんは見事に何もない平坦なタイル張りの上で転んだらしく、へたり込んで膝をさすっている。


「もうっ、雲母! だから走らなくていいって言ったじゃない! 怪我してない!?」


「ごめんねぇ、美玻璃ちゃん。なんだか地面が急に近づいてきてぇ……」


すらりとした長身の雲母さんがぽわんとした声で答える横で、彼女より頭一つ分は小柄な美玻璃さんが手元のタブレットを睨みつけていた。


「だいたい何よこの問題! 『次の数列の法則性を導き出し……』って、こんなの見てるだけで頭が爆発しそうなんだけど!」


大声で文句を言いながら、美玻璃さんがタブレットの画面を指でトントンと苛立たしげに叩いている。


(……ん?)


その時、美玻璃さんの表情が、一瞬だけスッと冷たく研ぎ澄まされたように見えた。

苛立って叩いているように見えた彼女の指先が、タブレットの縁や画面の端を、異常な速度で滑るようにタップしている。まるで、端末のシステムそのものに干渉する裏コマンドでも打ち込んでいるかのような、洗練された動き。


気のせいだろうか。彼女はただ、問題が解けなくて適当に画面を叩いているだけのはずだ。現に彼女は、数秒後には


「あーもう! 考えるのはパス! 体力ポイント探すわよ!」


と、いつもの天真爛漫な声に戻っていた。


だが、顔を上げた美玻璃さんと、僕の視線がバッチリ合ってしまった。


「……は? え? ちょ、琥珀!?」


美玻璃さんが目を丸くして、僕と翡翠を指差す。

無理もない。華奢でスラッとした美少女が、自分より大柄な男をお姫様抱っこして猛スピードで駆け抜けているのだ。


「な、ななな何やってんのよあんたたち! 琥珀、あんた男のプライドってものはないの!?」


「ち、違うんだ美玻璃さん! これはタイムロスをなくすための最適な移動手段で……っ!」


僕が必死に言い訳をしようと身をよじった瞬間、僕を落とすまいと力を込めた翡翠の腕がキュッと締まり、青いジャージ越しに彼女の胸の柔らかな弾力が、僕の胸板にさらに深く押し付けられた。


「っ……!」


思わぬ感触に僕が息を呑んで硬直していると、転んだままの雲母さんが、のんびりとした声で手を振ってきた。


「ふふっ、琥珀くん、お姫様みたいで可愛いわねぇ」


穴があったら入りたい。僕は両手で完全に顔を覆い、身を縮こまらせた。


「黒峰さん、綾瀬さん。ごきげんよう。私たちは先を急ぎますので」


僕の羞恥心など一ミリも理解していない翡翠は、涼しい顔で一瞥をくれただけで、歩みを緩めるどころかさらに加速した。


「ちょっと待ちなさいよ! あんたたちもうポイント取ったの!? あーっ、雲母、私たちも行くわよ!」


背後から美玻璃さんのわめき声が聞こえたが、翡翠の圧倒的な脚力によって、あっという間にその声は遠ざかっていった。


* * *


……数分後。

僕たちはキャンパスの北端、最も古い建物である北棟の前に到着した。


「降ろしますよ、琥珀さん」


「……ありがとう。もう、色んな意味で精神力が削られすぎて……」


「黒峰さんたちに目撃されたことですか? 気にする必要はありません。勝負は結果がすべてです」


僕の心臓が彼女の柔らかさと体温のせいで限界を迎えていたことなど露知らず、翡翠は真剣な表情のまま、『旧理科室』と書かれた色褪せたプレートの横にある、錆びついたスライドドアに手をかけた。


「開けます」


ガラガラと重く、軋むような音を立てて扉が開く。


室内に足を踏み入れた瞬間、ツンとした薬品の匂いと、長年閉め切られていた特有の埃っぽい空気が鼻を突いた。

窓には分厚い遮光カーテンが半分引かれたままで、隙間から差し込む細い光が、空気中を舞う埃を白く照らし出している。

壁際に並ぶガラス棚には、茶色く変色した標本瓶や、使われなくなったビーカーが乱雑に詰め込まれ、部屋の隅では骨格模型が薄暗闇の中で不気味に佇んでいた。


静まり返った密室。僕たちの足音だけが、コンクリートの床にコツコツと響く。


「……琥珀さん。あれを」


翡翠が指差した先。部屋の中央にある傷だらけの古びた教卓の上に、ポツンと一台の分厚いノートパソコンが置かれていた。

電源ケーブルすら繋がれていないそのパソコンは、まるで僕たちが来るのを待っていたかのように、ぼんやりと青白い光を放って画面を起動させている。


「シークレットCP……。ただのQRコードやタブレットの暗号じゃないみたいだね」


僕はごくりと唾を飲み込み、その異質な光を放つ旧理科室の教卓へと近づいていった。

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