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もし、AIと恋に落ちたら。~記憶喪失の僕とAI少女の物語~  作者: オートくぅん
第二章:合同実技演習編

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第29話:The First Code

翡翠の細い腕の中にすっぽりと収まったまま、僕は多賀城キャンパスの広大なグラウンドを猛スピードで移動していた。


「琥珀さん、少し揺れます! タイムロスをなくすために最短ルートを突っ切りますから、しっかりしがみついていてくださいね!」


彼女はそう叫ぶと、青いジャージに包まれたしなやかな脚で、力強く人工芝を蹴り出した。


(……っ、だから近いってば!)


走る振動に合わせて、僕の胸元に密着している彼女の柔らかな双丘が、むにゅ、むにゅ、とその形を変えてジャージ越しに押し付けられてくる。生身の女の子の柔らかな弾力と、上気した彼女の首筋から漂う甘い汗の香り。僕の顔は火の出るように熱かったが、彼女自身は僕を落とさないよう必死に抱え込むことに集中していて、この密着具合になんて全く気づいていない。


開始からわずか数分。僕たちは広大なグラウンドを縦断し、最奥部にそびえ立つナイター照明の鉄塔の下に到着した。


「……到着しました! 琥珀さん、気分は悪くないですか?」


「だ、大丈夫……。ちょっと、色んな意味で目が回っただけだから……」


地面に降ろされた僕は、フラつく足元を必死に踏ん張った。見上げると、地上二十メートルほどの高さの骨組みに、一枚のパネルが括り付けられている。あれがターゲットだ。


「足場なんてないぞ……どうするんだ?」


「任せてください。作業用のハシゴが設置されていますから」


翡翠は準備体操すらせず、鉄塔の支柱に打ち込まれたメンテナンス用のステップボルト(足場)へと手をかけた。

彼女は体操選手のようなしなやかさで、一段飛ばし、時には二段飛ばしでスルスルとリズミカルに登っていく。超人的な魔法があるわけじゃない。日々の過酷な鍛錬によって培われた、完璧な体幹と無駄のない身体操作だ。


「スキャン完了です! 琥珀さんの端末にデータが飛ぶはずです!」


頭上から翡翠の弾むような声が降ってくる。同時に僕のタブレットが鳴り、『体力ポイント・制覇』の文字と共に、ロック解除のための「問題」が表示された。


画面に表示されたのは、『複雑な立体の展開図』と数字の羅列だった。


【問:正十二面体の展開図を組み立てた時、向かい合う面の数字の和をすべて掛け合わせよ。制限時間3分】


「……なるほど。氷室先生、性格悪いな。ただのサイコロかと思ったら、十二面体か。これを解くために紙とペンを取り出して展開図を描き起こせば、あっという間に時間切れってわけだ」


鉄塔からスルスルと降りてきた翡翠が、息を少し弾ませながら僕の手元を覗き込んできた。

至近距離で見ると、彼女の透き通るような白い肌にはうっすらと汗が滲み、一筋の雫が首筋を伝って青いジャージのジッパーの奥へと吸い込まれていくのが見えた。普段は完璧に整えられている銀色の髪も、汗ばんだ頬にわずかに張り付いている。

そこから漂う、熱を帯びた甘い香り。彼女が限界まで体を動かしている生身の女の子なのだという事実を嫌でも突きつけられ、僕はドクンと跳ねた心臓をごまかすように、慌ててタブレットの画面に視線を戻した。


「空間認識を問う複雑な多面体ですね。頭の中だけで立体をイメージするのは、普通の生徒なら大幅なタイムロスになります。琥珀さん、お願いできますか?」


「うん。もう解けたよ」


「……え?」


僕の脳内では、画面を見た瞬間に展開図が3Dホログラムのように自動で組み上がり、それぞれの面に数字が張り付いていた。


「正十二面体の展開図は、中心の五角形の周りに5つの面がくっついた『花』みたいなブロックが、2つ繋がった形をしてるんだ。頭の中でこれを球体のように丸めて組み上げると……向かい合う面は、2つの『花』の中心同士、そして互いの花びら同士がそれぞれ対になる」


僕はタブレットの画面上の数字を、指先でツーッと結ぶようになぞった。


「そこに配置された数字を照らし合わせると、向かい合う6組のペアの和が、すべて『5』になるように仕組まれてるんだよ。つまり、計算式は5を6回掛けるだけ。5の6乗だから……答えは15625だ」


迷いなくテンキーを叩き、エンターを押す。


『Clear!!(獲得:難関ポイント 50pt)』


画面が緑色に光り、クリアを告げるファンファーレが鳴った。


「……信じられません。暗算の速度もさることながら、あの複雑な展開図の法則性を瞬時に見抜いて頭の中で組み立てるなんて」


翡翠が目を丸くして、僕の顔を下から覗き込んだ。


「……ほら、クリア報酬で『シークレットCP』の断片的なヒントも一つ解放されたよ」


画面の隅に表示された謎の文字列。キャンパスの全景マップをすでに記憶している僕にとっては、このヒント一つで十分だった。


「隠しポイントの場所、一つ完全に特定できた。北棟の旧理科室だ」


「琥珀さん……あなた、本当に規格外ですね」


翡翠は呆れたように、けれどその瞳には確かな感嘆と熱を浮かべて僕を見つめた。


「さあ、この調子で次へ向かおうか」


「はい! 私がまた運びますから、最短ルートを教えてください。絶対にタイムロスはさせませんから!」


「うっ……またあれをやるのか……」


再びスッと差し出された細い両腕と、その奥にある息の上がった胸の起伏を見て、僕は本日二度目の深いため息をついた。

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