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もし、AIと恋に落ちたら。~記憶喪失の僕とAI少女の物語~  作者: オートくぅん


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第15話:The Long Goodbye

結局、僕は消去法で制服を着ることにした。作務衣や甚平で休日のイオンを歩く勇気は、今の僕にはない。対する宵待さんは、清潔感のあるスプリングコートのような私服に着替えていて、その大人びた雰囲気に少しだけ気圧されてしまった。


僕たちはまず、学校から歩いてすぐの宮城野原駅へと向かった。地下にあるホーム独特のひんやりとした空気の中、仙石線の電車に乗り込む。


「ここからだと、まずは仙台駅まで戻るのが確実ですね」

宵待さんがスマホの画面を見せながら、淡々とルートを説明してくれる。


仙台駅に到着すると、僕たちは東北本線の利府行きに乗り換えた。車窓から見える景色が、市街地のビル群から徐々に住宅街と緑の混ざり合う風景へと変わっていく。

終点の利府駅に降り立ち、整備された道を十五分ほど歩く。やがて、視界の先に圧倒的な存在感を放つ巨大な建物が見えてきた。


「……あれが、イオンモール新利府……。デカすぎないか?」


「東北最大級の商業施設ですから。瀬名さんの服を揃えるには、これ以上の場所はありません」


自動ドアを抜け中に入ると、吹き抜けの開放感と、多くのショップから漂う香りが僕を包み込んだ。


「さて、宵待さん。まずは服のフロアだよね」


僕が歩き出そうとすると、彼女はピタリと足を止め、僕の顔――正確には、僕の『頭』をじっと見つめた。


「……瀬名さん。その髪、どうするつもりですか?」


「えっ、髪? ……いや、その、なんとなく切るタイミングを逃してて。一応、結んではいるんだけど」


「それは『結んでいる』のではなく、ただ『束ねている』だけです。今のあなたは、清潔感という概念から最も遠い場所にいます。まずはあそこです」


彼女が有無を言わさず指差したのは、モール内にあるヘアサロンだった。


「ま、待って宵待さん。これでも結構、愛着が湧いてるんだよ。目が覚めてからずっと一緒にいた髪だし……それに、なんか落ち着くんだ。自分を隠すカーテンみたいでさ」


僕が少しだけ抵抗を見せると、彼女は小さくため息をつき、静かに僕の目を見た。


「……カーテン、ですか。ですが瀬名さん、人間関係の構築において、他者との間に物理的なカーテンを引くのは悪手です。特に『親睦』を図るパートナーとして、私はあなたの表情が常に見える状態を推奨します」


「う……正論すぎる……」


「とはいえ、瀬名さんのパーソナルな感情を完全に無視するのも、最適解とは言えませんね。……妥協案を提示します。極端な短髪にはしません。ですが、清潔感を保てる『肩につく程度の長さ』まで切る。結ぶにしても、無造作ではなく意図的なヘアスタイルとして成立させること。これならどうですか?」


「……肩まで。結ぶのもありなら……うん、わかった。宵待さんの言う通りにするよ」


僕は彼女の理路整然とした、けれど僕の気持ちを少しだけ汲んでくれた提案に頷き、大人しくヘアサロンへと向かった。


鏡の前に座らされ、白いカットクロスに包まれる。美容師さんが僕の長い髪を手に取り、驚きと困惑の混じった表情を浮かべた。


「……あの、肩につくくらいの長さまで切ってください。あと、全体をかなりすいて、扱いやすくしてほしいです」


僕は背後で腕を組んで待機している宵待さんと交わした妥協案を口にした。

美容師さんはプロの顔で頷くと、手際よくハサミを走らせた。腰まであった重みが、鮮やかに切り離されていく感覚。


仕上げに差し掛かったところで、美容師さんが少し悪戯っぽく微笑んだ。


「普段もハーフアップにされてるんですよね? せっかくの男前なんだから、少しアレンジを教えましょうか。いくつかパターンを覚えておくと便利ですよ」


そう言うと、美容師さんは手際よく僕の髪をセットし始めた。


「まずは基本のハーフアップ。ただ結ぶだけじゃなく、こうやってトップの毛束を指で少し引き出してボリュームを持たせると、立体感が出て野暮ったさが消えます。……次は、ワックスを使ったアレンジですね」


美容師さんは少量のワックスを手のひらに伸ばし、僕の毛先に揉み込むように馴染ませた。


「毛先に少し動きをつけて、サイドの髪を片方だけ耳にかけてみてください。顔周りがスッキリして、かなり大人っぽい雰囲気になりますよ。あとは、ハーフアップにせずに前髪の分け目を6:4くらいにして軽く流すスタイルも、かなり印象が変わっておすすめです」


「へえ……結ぶ位置やワックスだけで、こんなに変わるんですね」


「ええ。どれも簡単ですから、今日これから買う服に合わせて試してみてくださいね」


最後に、一番しっくりきた『トップにボリュームを持たせた耳掛けハーフアップ』に整えてもらう。

セットが終わった鏡の中の自分を見て、僕は言葉を失った。


(……これ、本当に僕か?)


適当にまとめていた時とは訳が違う。露出した輪郭は驚くほど整っており、前髪の隙間から覗く切れ長な瞳には、どこか涼しげな色気さえ宿っていた。


会計を済ませてサロンを出ると、待ち構えていた宵待さんが僕の正面に立った。

彼女はいつも通りの冷静さを保とうとしていたが、新しくなった僕を直視した瞬間、わずかにその眉がピクリと動いた。


「……どうかな。美容師さんにセットも教えてもらったんだけど……ワックスとか、ちょっと変な感じがして落ち着かないや」


「…………」


宵待さんは無言のまま、じっと僕の髪や顔周りを観察している。その視線があまりに執拗で、僕は居ても立ってもいられなくなり、視線を泳がせた。


「……変、かな。やっぱり似合ってない?」


「いえ。……ただ、驚いただけです。髪が洗練されたことで、今まで隠れていた輪郭がはっきりと際立って……その、予想以上に、整った顔立ちをしていたので」


彼女は一度スッと視線を外し、それから少しだけ動揺を隠すように、コホンと咳払いを一つした。


「今のヘアスタイルなら、これからどんな服を着ても様になるでしょう。……ほら、行きますよ」


彼女は少し早歩きでメンズフロアの方を指差した。その耳の端が、ほんの少しだけ赤くなっているような気がしたのは、僕の気のせいだろうか。


僕は軽くなった頭を一度振り、足早に進む彼女の背中を追ってエスカレーターを上がった。

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